魔女は数値を弄ぶ
「つまり味方にとっては勝利の女神だった訳だ。……でもそれなら何で、これまでの国が滅ぼされるんだよ。おかしくないか?」
「いや、おかしくないじゃろ。逆に言えば軍を応援せねば負ける、という事ではないか。強い軍は驕るぞ。自分達は強いと信じるぞ。女の声などなくても勝てると思うぞよ?」
「……それは、まあ、あるかもしれない」
ないがしろにされて皇妃がボイコットしたら。
まあ、あくまで推測の一つだ。
単純に体調を崩したとかも、あるかもしれない。……引っ越し感覚で、敵を勝たせ別の国に住む事にした、とかもあるかもしれない。
ゲームで言えば、SLGで自国を育てすぎて敵がいなくなった状態。何をやっても作業にしかならないので、弱い国で仕切り直しとか。いや、まさかね。
「でまあ、伝説の魔女の記録じゃが、文、声などそれなりに残っておっての。自身が使う魔術に関しても、説明がされておる。真偽はともかく筋は通っておるようじゃ」
「ただの応援じゃなくて?」
「うむ。曰く、万物は数字で現わす事が出来るとな。実に興味深い」
「数字……?」
何だか、いきなりオカルトじみてきた。
……ジンクスとか勝利の女神とかそもそも魔女なんて単語はオカルトそのモノじゃないのか、というツッコミはしないで頂きたい。
ケイの説明は続く。
「例えば人ならば年齢、寿命、体力、知力……運まで見える。どうしてそれが他の人には見えないのか皇妃はむしろ不思議だったと言うておる」
……という記録が残っている、と。
「特に内心は、常に人の表情から読めるのでやりやすい……と、皇妃から聞いた宮廷魔術師の記録にはあるのじゃ。機嫌の良し悪し、怒りの度合い、自分に対する警戒心、信頼度。そういったモノが見えるのならば……」
「国の支配階級にそんなのいたら、とんでもないな」
「洗脳、扇動、脅迫、自白思いのままじゃ。相手が何を望み何を拒むのか、筒抜けじゃからのう」
ケイは絵の下の、かなり長い文章に目を通していく。
「そして人が集い軍となれば、そうすると軍の数字が見え始めた……ともあるの。すなわち群衆という単位での数値じゃ」
それって、もしかして建物の耐久値とか料理の旨さとかも、数字で見えたんだろうか。
何て、妙な事を考えてしまった。
いやでも万物と言うからには、あらゆるモノ、という事だ。
ただ、その数字が見えるのなら。
それは指導者や、その連れ合いとしてとてつもない強みになる。
「……つまり、相手の数字が強ければ、戦うのを避ければいい。それなら、勝てない戦いはしなくて済む。いや、そんな力があるなら、それ以前の外交の時点で戦争しなくて済むじゃないか」
だけど、最悪は僕の想像を超えていた。
「いや、書いてあるのはもっと質が悪いのじゃ。見えるだけならそれは能力。魔術というのはの、見えているその数字を操作する、というモノなのじゃ」
「それ、パラメーター操作じゃん!? ある意味最悪のチートじゃないか!?」
そうだ、最初から言っていたじゃないか。
味方は強く、敵は弱く。
数字で示されているそれを弄り、己の意のままに軍を操る。
レベル99、ステータスMAXの最強軍隊の構築。
武力とか軍略とか、そんなレベルじゃない。
1人だけ違う次元で戦を見ている、正に魔女だ。実在していれば無敵の存在だ。
「しかし数値を扱うというのならば色々応用が利くの。当時に座標という概念があったのかどうかは不明じゃが、位置を操れたならば瞬間移動や空中浮遊も可能になるのじゃ」
1500年も前に座標なんて概念があったとは思えない。
けれど、もしも位置情報なんて数値が見えるのなら、知識ではなく経験でそれをどうにか出来たかも知れない。
ふむ、とケイは小さく息を吐いた。
「というか、およそ超能力と呼べるモノはほとんど実現出来るのではなかろうか。念動力はやはり座標の操作じゃし、発火能力は熱操作で済むのじゃ」
よくもまあ、そんなポンポンと思いつくモンだ、と僕は感心した。
けど、出来ないモノもあるんじゃないだろうか。
例えば、と僕は口を挟んでみる。
「透視とかどうなんだよ? 壁の向こうなんて、そもそも壁に阻まれてその数字そのモノが見えないじゃないか」
「否、可能じゃよ。壁が問題なのであろ? 壁が壁であるのは透明でないからじゃ。つまり光の加減じゃよ。そこを調節してしまえば、壁など無いも同然なのじゃ」
「そ、そういうモノなの?」
「そういうモノじゃよ。現代のゲームやアニメでも光学迷彩などというモノがあるであろ? ……や、現実にも存在しておるのじゃが、あれだって元を似たようなモノ、辿り辿ればコンピュータで光の加減を数値で操作しておるのじゃ」
「予知能力は?」
「妾達は時というモノをどういう尺度で測っておるのじゃ?」
ケイは、部屋の壁に取り付けられた、時計を指差した。
「時間など数字そのモノではないか。……ただ、基本常に流動的である故、他の応用に比べて把握するのは難しいかもしれぬがの。それよりも、こうした自分中心な使い方よりも、やはり政治軍事経済といった、群衆に影響を与えられるという点が素晴らしいの。そういう意味では皇妃の立ち位置というのは理想的じゃし、この魔術の存在を肯定したとして、そも、人々を見渡せる場所に着目した点が皇妃の非凡と言えよう」
「楽しそうだな、おい」
ケイの目が生き生きとしていた。
くくく、と肩を揺らして笑いながら、皇妃の絵画を見据えている。
「無論じゃ。実在したのかどうかはともかく、インスピレーションは刺激されまくりなのじゃ」
「そういう意味では、お前の旅の目的に適ってるなぁ」
「うむ、よいのよいの。世界を数字に転換……今の技術でどこまで到る事が出来るか、試してみるのも悪くない」
「……お前の場合、何だか本当に実現しちゃいそうで怖いんだけど、頼むから作っても秘密にしておいてくれ。世界規模で混乱が起こりそうだ」
「うむ、心に留めておこう。留めておくだけじゃが」
「アテにならねー……」
まあ、その時はコイツのお父さんが止めてくれる事を期待しよう。
思考を過去、1500年前に戻す。
要するに、ある意味最強クラスの魔女が、オーガストラ軍には存在していたって事だ。そりゃ破竹の勢いでオーガストラが領土を広げる訳だ。負ける理由が見当たらない。
「つか、手に負えなくないかこれ? 無敵じゃないか。どうやって勝つんだよ」
「ふーむ、まあ、この魔術、妾達は知る事が出来たし、何より知識が発達しておるから有利じゃが、当時の人間ならば恐怖そのモノよのう」
「……まるで、現代の知識があるなら勝てるみたいな言い方だな」
僕のツッコミに、ケイはニヤッと笑って見返してきた。