イフ国立博物館
何とか閉館時間に間に合った。
……と言いたい所だけど、すごく微妙な時間だ。時間的に余裕があるようで、じっくりと眺める程は残っていない。
「かと言って、効率よく見て回る、ってのも何だかなぁって気もするよね」
さすが国立博物館。
高級感はこれまでの建物の中でもかなりランクが高い。
輝くようなベースの白と黄金みたいな黄色の内装は、まるで高級ホテルのロビーみたいだった。
「うむ。となると……やはりメインの場所を重点的に回るのが筋というモノよのう。こう大きな博物館では、様々な時代の資料が眠っておるじゃろう。残念じゃが、その辺は諦めて目指すべき時代の遺産を見るべきではないかの」
「全面的に賛成だね……で、どの辺にある?」
受付にあったパンフレットを開く。
全部で四階まで、地下も一階ある。しかもその一つ一つがやたら広い。
「うむ。地図ではこことあるから、左じゃの」
ケイはパンフレットの一点を指差し、躊躇なく歩き出した。
「……右だ」
僕は、ケイの反対側を指差した。
ケイが、そのままUターンをして右に歩き始める。
「うむ、もちろん知っておったのじゃ。なかなかやるの」
「お前今普通に間違えてただろ!? その、頬を流れる汗は一体何だ!?」
「博物館内で騒ぐでない。よし、向こうなのじゃ」
誤魔化すためか、ケイは幅の広い通路を駆け足で進み始めた。
「館内で走るのも、駄目だろ、おい!?」
オーガストラ神聖帝国全盛期、すなわちユフ王治政の直前のフロアに到着した。
時間が時間のためか、入場者は少ないようだ……が、それでも部屋には見える範囲でも数人いるようだった。
部屋はパーティーションで区切られ、古い巻物や宝石といった小さなモノから、甲冑や壺のような大きなモノまでガラスケースに収められて陳列物が並んでいる。
そんな中を、僕達は歩いていた。
「教会関連の資料と、やはりニワ・カイチ関連の遺品が多いの」
「生きてるか死んでるか、一応不明なんだから遺品っていうのも語弊があると思うな」
「ふぅむ、その辺は難しいのう」
ゆっくりと眺めている内に、大きな川を挟んで戦う二つの軍船の絵で、思わず足が止まった。
四畳はありそうな壮観な巨大画の下には、長い説明文が綴られている。
「後は……マホト川の決戦か。さっき見たのよりも詳しいか?」
「当然じゃの。オーガストラ軍についても、書かれておる。が、将軍の名前など出しても、ピンと来ないであろ」
ケイも僕に並んで
「うん。ま、六禍選ってのなら、さすがに何度も出たから分かるけど」
「連中は基本、後方じゃったようだの。監督役というべきか。妾達が知った名では、ディーンが前に出てニワ・カイチと戦ったようじゃが……結末は後回しでよかろ」
「え、何で?」
「時系列に沿って話した方がよいと思うのじゃ。川での的当てはいわば余興じゃが、戦いの幕開けでもあった」
「うん、まあ順番に話してくれるっていうのなら、反対はない」
変に時間が飛んだり、重複になっても面倒だし、僕は頷いた。
「ところでオーガストラ軍じゃがの。これがめっぽう強かったようじゃ」
「そりゃ弱かったら、帝国は大きくなってないだろ……」
何を当たり前の事を、と突っ込んでしまう。
「それもあるが、大きな理由は皇妃の鼓舞にあったという」
「……皇妃が応援に来たなら、張りきらない方がどうかしてると思うぞ。そもそもそれで負けてたら、皇妃の存在で強くなったとか資料に残らない」
「うむ。で、こっちの別枠じゃ」
とケイが指差したのは、横にあった全身画だった。
二十代半ばほどの、すごい美人である。
白いローブに身を包み、手には宝石で装飾された杖を持っている。
まるで聖女といった装いだ。
ケイの話では、これが皇妃ノインティルだ。
その絵の下にも、やはり文が綴られていた。
「皇妃の説明?」
「というか伝説じゃの。皇妃はかつて別の国の王妃だったそうな。じゃが、新興じゃったオーガストラに攻め入られ、滅んでしもうた。そして王妃は皇帝の妃にされたと書いておる」
「なんだかなあって気もするけど、よっぽどの美人だったせいかな」
この絵を見れば、納得である。
が、ケイは絵自体には興味ないようだった。
「興味深い点が、二つあるのじゃ」
指を2本立てた。
「何だよ」
「この皇妃ノインティル、前の国でも同じ事があったそうなのじゃ」
「同じ事……?」
というと……つまり。
「……前に住んでた国が滅ぼされて、って奴?」
「うむ。そもそも生没年が不明じゃ。当時何歳かも分かっておらぬが……国というのはそうコロコロ滅びるモノでもないじゃろう」
「でも、伝承には残ってる」
そう言ってから、自分でもちょっと首を傾げた。
どうやら僕の疑問を、ケイも察してくれたようだった。
「それらしき女性が、というレベルじゃがの。もしこれが同一人物なら、そもそも何歳生きておるのか。そしてよっぽど運が悪かったのか……」
ケイはそこで一旦言葉を句切った。
「……もしくは、どれだけの国を滅ぼしてきたのか」
「おいおい、まるで皇妃があちこちの国を滅ぼしてきたみたいじゃないか」
「じゃから、そう言うておるのじゃ。こちらの国の物語にもあるそうじゃぞ。皇妃が不死身の魔女であるという伝説じゃ」
「不死身の魔女……」
「まあ、そう言われてもおかしくはなかろ。それに、最終的にはオーガストラ神聖帝国も敗北したのじゃ。負けた後、貶められる事はよくある事じゃ」
言われてみれば、そういう事もあるのかもしれない。
「ちなみにもう一つ、そうした年齢不詳傾国の美女であるという事以外に、彼女には魔女と呼ばれる由縁があっての。まさしく不思議な術を使えたそうじゃ。すなわち、味方を強くし、敵を弱くする術じゃ」
そこで、ケイは区切り、難しい顔をした。
「もっともこれは、こうした軍の応援に皇妃は積極的だったからそういう伝承が生じた可能性がある、ともあるの。悪くいえば人が戦うのを生で見るのが大好き、という見方も出来るとあるが」
「確かに、悪くとればそうだな」
「実際の所は妾達には分からぬよ。単に推測するだけじゃ」
そりゃそうだ。
特に悪気なく見れば、つまりこの皇妃の応援が味方の士気を高めるのは間違いないだろうし、存在自体が勝つためのジンクスとも考えられる。