旗当て伝説
大きな川、マホト川沿いの歩道を早足で駆け、イフ国立博物館を目指す。
薄闇の中、そろそろ街灯が明かりを点け始めていた。
そんな最中、僕はふとそれに目をつけた。
「おっと、待った」
前を進むケイのポンチョコートの襟首を引っ掴む。
「えふっ」
けったいな声を上げ、ケイが後ろに倒れかかった。
が、かろうじて堪え、怒りに満ちた表情で振り返ってきた。
「ええい、普通に止めぬか!? うっかり後頭部を打って死んだらどうするのじゃ」
「よし、仇は討ってやる」
「いらぬわ! 地面に恨みなどない!」
怒鳴って落ち着いたのか、ケイは小さく息を吐いた。
「して、一体何事かや」
「いやあれ、石碑じゃないか?」
僕が指差したのは、川に落ちないように設置された柵……の一部、出っ張った部分だ。
浅い段差があり、それを上るとベンチが用意されていた。どうやらこの辺りはジョギングコースや散歩道も兼ねてて、休憩所としてこういう場所があるようだった。
そして、ベンチとベンチの間に絵と文が刻まれた黒光りする石碑があった。
「む、言われてみればそうじゃの……」
ケイが段差を登り、石碑を確認する。
そして、こっちを振り返った。
「……ふむ、正解じゃ、ススムよ。ここにマホト川での戦いに関して、記録が刻まれておる」
「お、そりゃよかった。僕の勘も捨てたモンじゃないね」
となると、これは読んでおいた方がいいだろう。何、そんなに時間は取らない……と思う。
「うむ。あ、そこの出っ張りで足を引っかけよ。こけてくれれば、妾の溜飲が下がる」
「お前を喜ばせるためだけに、わざわざネタを仕込むつもりはない!」
ケイの期待に応えず、僕は無事段差を登り、ケイの横に立った。
「ま、よかろ。して、城での続きじゃの」
ケイの良い点は、僕が読めないからといって、こういう所で嘘は言わない点である。
「オーガストラ軍とそれに下ったイフの王族があっちに軍勢を敷いたんだっけ」
僕は川向こうを指差した。
……川を挟んでこの距離だと人も豆粒もいい所だ。
「左様。加えて六禍選の玄牛魔神ハイドラ、その師である深緑隠者クロニクル・ディーン……おや」
石碑を読んでいたケイが、言葉を切った。
「どうした?」
「もう1人、重要そうな人物がおるのじゃ」
「誰だよ」
「オーガストラの皇妃、ノインティルじゃ」
超重要人物だった。
「皇妃!? 何でそんな戦場にいるんだよ!?」
「戦意向上の為ではなかろかの。そういうのには、美しい女性はうってつけであろ」
「美しいとか書いてあるのか?」
「書いてはおらぬが、皇妃というからには大体、美しいのではないのかの? 単純に偏見じゃが」
「……うーん、否定出来ない」
実際、どうなんだろうと僕は思う。政略結婚とかの類だと、そういう方面で顔の不自由な人とかいたらしいけど……。
と、この時の僕は疑問に思ったが、後に調べた所、皇妃ノインティルは絶世の美女だったそうである。
そりゃ、戦意も上がると言うものだ。
敵側の説明が終わり、今度は川のこっち側だ。
「そしてこちら側にザナドゥ聖騎士団じゃな。ユフ・フィッツロンとその一行も加わっておる。狼頭将軍ハドゥン・クルーガー、魔法使いニワ・カイチじゃの。騎士ではないが、パロコもおったようじゃ」
「この土地でのオールスター戦だな」
「うむ。ただ間に川があり、向こうは船を用意しておった」
「そりゃそうだろ。橋は……絵を見た感じ、なさそうだし」
歩いて渡るのは、絶対に不可能だ。
石碑に刻まれている絵にも、橋はない。
「そして向こうはザナドゥ聖騎士団を挑発しおった。この、旗じゃ」
ケイが指差したのは、旗を掲げる兵士の図だった。
「これが、どうかしたのか?」
「届くモノなら射貫いてみよと、振ったと下の説明は記しておる」
僕は、改めて川を見た。
船を浮かべたとして、少なくともこちらに近いという事は有り得ないだろう。
最低での半分以上向こう……だとしても。
ちょうど、川の向こうからこちらにやってくる渡し船らしき船の影が見える。
僕は目を凝らしてみた。
あれに当てられるか……?
「……いや、無理だろ。向こうだって、同じ距離なら無理だ。的の大きさがどうとか以前に、矢が届かない」
「じゃのう。じゃから、これは伝承じゃ」
「おい、まさか」
何事も起こらないのならば、伝承は存在しない。
つまり。
「撃ち抜きよったのじゃ。この石碑は、ここから撃った、当てた、その記念碑らしい」
ケイも、川に視線をやった。
「現実的に考えれば、届きはせぬ。事実を想像するとアレじゃの。船の距離が実際もっと近かったとか……そもそも、矢を放ったのが弓ではなかったとか」
なるほど、矢を撃つ道具が違うならばそれは、可能かもしれない。
大前提として届く必要がある。
ならば。
「……ボウガン?」
「ありえるの。飛距離は圧倒的じゃ。あとは神懸かった幸運があれば、旗に当てるぐらいは可能かもしれぬ」
「そんな、弓の撃ち手がいるとはなぁ」
「あ、言うておらなんだ。撃ったのはニワ・カイチじゃ」
「弓手じゃねえじゃん魔法使いじゃん!?」
魔法使いがスナイパーだったとか、そんな伏線今までどこにあったっていうんだ。
と思ったけど、そういえばないでもなかった。
「つかじゃあ、あれだよな。オーバーテクノロジーとは言え、銃使ってたんだよな。矢じゃなくて弾丸って線もあった訳だ」
そう、放ったモノ自体が、そもそも違っていれば有り得たかも知れない。
「そうじゃの……んんー……うむ、お主の説が当たりかもしれぬ。ここから撃ったという記述はあるが、それが矢という描写はない」
ケイが石碑をザッと通読して、確認してくれた。
「まあ、銃でも大変だと思うけどな。ライフル銃か何か用意してたのか……いやでも、封印から解かれて、そんな準備をする暇とかあったかどうか」
「確か複製が寄宿舎にあったが、あれは通常の銃だったの」
「うん」
銀の弾丸を撃つ、とはあったが形としては、超遠距離用ではなく、いわゆる拳銃だった。
「お主なら、どうじゃ? 露店での腕前から考えて、射的は得意じゃろ」
……よく憶えてるなあ、と感心する。
ちなみに初日の露店での話である。
「そんなレベルじゃ……ゲームには、色々とゲームのルールがあるんだよ。それがあれば、まあ不可能じゃないかな」
ゲームはゲームだ。
あれは、タダの素人を達人に変える、ゲーム内のシステムが存在するのだ。
「例えば、どんなルールかの」
「例えば、的である旗に向けてのズーム機能、ターゲットサークルの出現、そしてあそこまで威力が落ちず届く飛距離の魔法の弾丸」
「それがあれば、可能なのかや」
「それと、当然、撃ち手の腕前だな」
それはもう、大前提の話だ。
「なるほどのう。興味深い話じゃ」
うむうむ、とケイは頷いた。
「ともあれ、伝承は残っておるのじゃ。何とかしたのじゃろうの」
「ま、そりゃあ……そうなるわな」
……ま、実際可能かどうかって話をここで僕達がしてもしょうがない。
何せ、当てたという過去の記録は残っているのだ。
それを否定する事は、出来ない。
「石碑はここまでじゃ。では、そろそろ参ろうかの。いい加減急がねば、博物館が閉館してしまう」
……思ったよりも寄り道をしてしまった。