マホト川
古めかしい吊り橋を渡り、僕達はイフの古城に入った。
既に外が暗いせいで、中はずいぶんと明るく感じる。高い天井にシャンデリアがあり、壁や柱の彫刻、床の紋章等ずいぶんと凝っている。
左右には幾つもの扉があって、開放されている。ただ、中への立ち入りは禁じられていた。扉の向こうは絵画が飾られていたり、シンプルな休憩所だったり、倉庫だったりと様々だ。
正面には幅の広い階段が伸びており、謁見の間はこの奥にあるらしかった。
撮影は禁止。入場者達はチラホラ見受けられ、カップルが小声で話しながら歩いたり、家族連れで親に手を引かれている子が、太照人の僕らを城内そっちのけで物珍しげに見てたりした。
「明かりを消せば、オバケでも出そうじゃのう」
「すごく失礼な例えだけど、確かに洋風オバケ屋敷みたいだな」
想像すると、ホラー系イベントの雰囲気としてはバッチリだ。
ただ、ケイは眉をしかめた。
「む、妾は入った事がないのじゃ。よく分からぬ」
そりゃ引き籠もりは遊園地には、あまり行かないだろう。
「うーん、まあほら、そこの王様の絵から血が滲み出したり、勝手に頭上のシャンデリアが揺れ出したり、地面から無数の呻き声が聞こえたりとかさ」
んんん? とケイが難しい顔をしながら首を傾げる。
「……絵が汚れたり、声がして何が怖いのじゃ? 頭上が危ないのは確かに怖いの」
「口で説明するよりも、実際に体験した方が多分分かると思う」
僕の説明が下手と言うより、単純にこういうのは肌で感じてなんぼのモノなのだろう。
「そうじゃの。いまいちピンと来ぬ。今度、連れてゆくのじゃ」
そしてケイは足を進め、はたとそれが止まった。
「はて、お主一人遊園地は経験しておらぬのではなかったか?」
「全部が全部、一人で行動してないよ!? 子供の頃、爺ちゃん婆ちゃんらと行ったんだよ!?」
「親じゃない辺りに、切なさを感じるのう……」
「そこは流してくれ……」
いやまあ、ホントビックリするぐらい、その頃の思い出って爺ちゃん達としかないんですけどね!
「まんま当時のモノとは思わぬが、戦に向く城ではなさそうじゃの」
グルッとホールを見渡し、ケイは改めて感想を述べる。
「確か、城には二種類あるんだっけか。いわゆる城砦タイプと宮殿タイプ。ここは後者だな」
「あまり人が住めるような空間ではないようじゃがのう」
華やかではあるが、その分居住性を犠牲にしている。ケイはそう言いたいのだろう。が、さすがにここだけ見て、その判断は早計だと思う。
「この辺は演劇で言う所の舞台だろ。住居とかは言ってみれば裏舞台。RPGでも王様の寝室とかは奥の奥だし」
ゲームと一緒にするのもどうかと思うけど、ここに住んでいる以上、生活空間は必須だ。どこかにあると思って間違いはない。
……と入り口にあったパンフレットを確認すると、やはりちゃんとあった。読めなくても、ベッドやナイフフォークのマークで、大体何を表わすのかは分かるのだ。
「言われてみれば、そうじゃのう。して、その寝室は覗けるのかの」
「そうみたいだぞ。あと厨房とか倉庫も。……思うに、そういうのに興味示すってのもどうなんだろうな、僕達」
一応、宝物庫とかもあるんだけど、正直あまり興味は沸かない。
「確かディーンの本宅もここだったはずじゃの。そこは押さえておくのじゃ。カメラの容量はまだちゃんと残っておろうの?」
「大丈夫。まだ何とか」
という訳で、やや早足で、僕達は古城を回る事にした。
順路に従い、かなり急いで城内を見て回った僕達は、最後に展望台に到着した。
高い位置にあるそこからは、イフ市内が一望出来た。
もっとも。
「ひとまずここで、見所は終了……かな……」
僕は、息が切れて、それどころじゃなかった。
壁にもたれて、へたり込む。いや、うん、マナー違反なのは分かってる。だけどちょっとだけ、休ませて欲しい。
「……すんごい駆け足だったのじゃ」
一方、ケイも多少息は荒いモノの、僕よりも消耗が少ない。
「いや、まったく……思ったよりも、回る場所多かったな。さすが、お城。甘く見てた……」
もうちょっと時間があればなあ、と少し残念だった。
まあ写真は撮ったし、憶えている範囲は後でメモ帳に記しておこうと思う。
で、僕よりもケイのダメージが少ない理由だが。
「……ひとまず、ここまで背負ったんだし、お礼として……翻訳してくれると、助かるかな……」
僕は、展望台の端にある横長の看板を指差した。
多分、アレが解説だ。
さすがにケイも余計な茶々を入れず、それに目を通した。
僕は立ち上がり、ケイの横に立った。
「あそこに、おっきな川が見えるじゃろう」
ケイが指差したのは、市の北側、大体東北東から西南西を横切る河川だった。
薄闇の中、船や鉄橋の明かりが輝き始めている。
「ああ……てかここに自販機求めるのは、酷ってモンなんだろうな……」
そして僕は、喉が渇いてしょうがなかった。
そんな僕の愚痴に構わず、ケイは説明を続ける。
「ユフ・フィッツロンがこのイフに逃れた当時、あの川を挟んで向こうにオーガストラ軍が陣を張っておったのじゃ」
「ちょうど、この城と向き合う形だな」
歩いて渡るのは不可能な、広い川だ。
当時、あれを渡れる橋もなかっただろう。
となると、船での水上戦だったという事だろうか。
……そこで僕は、はたと気づいた事があった。
「あれ、でもすぐ後ろにフェアニクス大聖堂があって……この城の立ち位置は、どうなるんだ?」
オーガストラ軍が北、この古城、そしてすぐ後ろには寺社施設群すなわちフェアニクス大聖堂である。
「王族は前の戦でオーガストラ軍に負けておる。ニワ・カイチが封印されている間の話じゃの。魔導学院とディーンが組んだ大魔術をもってしても、倒せなんだ。そしてそのディーンは、この時教え子だったハイドラと共にオーガストラ軍におった」
「オーガストラ軍とザナドゥ教団に挟まれてるな」
当然王族は、圧倒的不利だ。
「そしてイフ王族は、オーガストラ軍側についた。ザナドゥ教団は魔導学院の生徒を犠牲にした、あの惨劇を許さなんだのじゃ。やったのはディーンじゃが、その上から指示したのは王族だったからの。彼らは王族を城から追い出した。そうなると財産を持ち出した彼らが行くべき場所は一つであろ?」
そして城から逃れた王族は、オーガストラ軍に下った。
しかし、ザナドゥ教団はいまだ健在。
「戦端自体は開かれてなかったけど、ドルトンボルの内部工作とかある意味では、始まってた……ってトコで、ユフ・フィッツロン達の来訪になった訳か」
「そう。そしてあのマホト河と呼ばれる河川において、ザナドゥ聖騎士団とオーガストラ軍の戦いが行われたのじゃ。ユフ・フィッツロンも聖騎士団側についた」
……ここから先は、通常のロールプレイングゲームじゃなくて、MMOの大規模戦争かリアルタイムストラテジーってトコか。
「ではゆくかの。博物館は、あの川沿いにある大きな建物じゃ。こんな遠くからよりも、直に見た方がよかろ」
「ああ、話を聞いている内に、大分回復した」
大きく息を吐き、僕は答えた。
さて、これから国立博物館だ。