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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第一章 始まりの地・ヒルマウント
8/155

古物商にて、制服等を売り古着と旅費を得る

「おおおおお……!!」

 古物商に入った途端、ケイが歓声を上げた。

「……ホームセンターに初めて入った男子か、君は」

「浪漫溢れるのう!! トースターの隣に鮭を咥えた熊の置物と折りたたみ傘とか、この脈絡のなさが素晴らしい」

 ……熊の置物とか、ここ、ガストノーセンだよな? 太照極北部じゃないよな?

 小鬼の衣装を脱ぎながら、そんな事を考えた。

 ただ、店内面積は広いけど、確かに雑然とした印象を受ける。

 内装自体は白を基調とした清潔な感じで、無機質な蛍光灯の他、壁のランプが黄金色の灯火を添えている。何かの香が焚かれているのか独特の臭いがしていた。

 奥の方に、布で出来た簡素な試着室が二つ。

 ……何というか、もっと高級そうに出来るけど、客が来なくなるからこんな風にしてんだよ、的な雰囲気だ。多分、この周辺の住人が割と気軽に、不要なモノを持ってきたりするんじゃないだろうか。

 庶民的というか、そういう意味では僕も安心出来た。

「あんまりはしゃぐなよ。壊したら弁償させられる。大体、これからの予算が掛かってるんだから、通訳をしっかりしてもらわないと」

「分かっているのじゃ!」

 という訳で、ガラスのカウンターに座っていた、ハンチング帽にベスト姿の初老の店長さんと話をする事にした。個人的に、僕やケイの扮装よりも、よっぽど小鬼っぽい人だなと思った。


 いちいちケイを介した台詞を書くと非常に時間が掛かるので、ここから店長さんの言葉はケイの通訳である。


「今日は千客万来だな。ご用件は?」

「モノを売りたいんですが」

「商品は?」

「まずは腕時計」

 僕は、腕の時計を外した。

「ふむ」

「ここって、服とかも売ってるんですね」

 壁の一角に積まれた衣服に視線をやる。他、値札のついた大きなダンボール、ワゴンにも靴下や手袋があるようだ。

 そもそも試着室がある辺り、その需要がある事を示していた。

「ああ、つい今し方、大量の古着やらボロ靴やらを持ってきた奴がいてね。むしろ持てあますぐらいさ。安くしとくよ」

 さっきのローブの人の事だろうか。

「じゃあ、この制服も買い取ってもらえます?」

 僕は、自分の制服を指差した。

「何じゃと?」

 これは予想外だったのか、パチクリ、とケイが瞬きする。

「どうせこの服使い道ないだろ。それなら売り払って安い服を買う。差額が旅費になる……まあ、売れればだけどさ」

 背に腹は代えられないっていうのもあるけど、正直手持ちの品でそれなりに売れそうな物なんて、あまりないって事情もあった。

「珍しい服だな」

 店長さんは、興味を持ってくれたようだ。

「遠い異国の制服です」

「……面白い。査定させてもらおう」

「あと靴も……今、あるって言ってましたね」

「あるよ」

 今履いているのも履き慣れた運動靴だけど、品質確かな太照国内産だ。

「そっちは価格次第かな。他は財布と、ボールペン手帳」

「ほう、タイショーの文房具か」

 当然だけど、財布の中身は抜いておく。

「それと……携帯電話」

 懐から、端末を取り出しカウンターに乗せる。

「お主それは流石に困るのではないか!?」

「いや、だってこの国じゃ使えないし。まずはこの状況を乗り切るのが優先だろ。大体、こんなのなくても人間生きていけるよ」

「しかしそういうのは普通、アドレスとか入っておるのではないか?」

「家の番号以外は入ってないんだ。メールは、する相手がいない」

 うん、言ってて悲しくなってきた。

「……すまぬ。今のは妾が悪かった」

 さすがにケイも、気まずそうだった。

「新品同然か。いいね」

 ええ、そうですとも。持ってるだけでほとんど使ってませんでしたとも。

「ふむ、しかしそうなると妾もそれなりのモノを売らねばならぬな。お主におんぶに抱っこというわけにもいかぬ」

 そう言って、ケイも申請し始めた。

 僕と同じように制服、カードを抜いたカードホルダー、腕時計、靴に白衣。

 そしてケイは眼鏡を外した。

「この眼鏡も売ってしまうか」

「いや、それはまずいだろ。慣れてるモノじゃないと厳しいんじゃないか?」

「問題ない。そもそも妾は裸眼でもいけるのじゃ」

「何だ、伊達なのか?」

「いや、これは眼鏡型の端末での」

 ツルのどこかを押したのか、眼鏡のレンズにうっすらと文字列が表示され始めた。

「それはなおさら売っちゃ駄目だろ!?」

「む、何故じゃ?」

「いやいやいや、眼鏡型端末ってこれつまりコンピュータなんだよな?」

「うむ。遠近望遠可能、マップ表示に動画静止画の撮影、録音……まあ、携帯電話で出来る事は大抵出来るのじゃが」

「……商品化、されてないよな、それ」

 太照では見た事ないし、ネットのガジェット系情報でもこんな、普通に眼鏡に見える端末はまだ、お目に掛かった事はない。

「うむ、妾のオリジナルじゃからの」

「オ、オリジナルって……いや、それにしてもよくもまあ、空港の税関通ったな……」

 後で改めて、コイツの素性を聞く必要があるな、と僕は思った。

「で、いくらになるかの」

「売るの!? それ僕が携帯売るので驚いてた君が、売っちゃうの!?」

「なくても、生きては行けるじゃろ」

「そ、そりゃそうだけどさ」

「売るなら買うよ」

 当然、僕は店長さんに念押ししておいた。

「価格次第です」

 ……放っておくとコイツ、言い値で受け入れちゃいそうだ。


 件の眼鏡などの査定をしてもらっている間に、見積もりの範囲内で古着を漁った。

「新品の下着もあるのじゃな」

「多分ダブって買ったとか、そういう封も切られてないのも売られてるんじゃないかな」

 そして出来上がったのが、以下の格好である。

 僕の装備はハンチング帽、分厚い丸眼鏡、上は長袖シャツに作業用ジャンパー、下は作業用ズボン、労働者用の作業靴、大きめのショルダーバッグ。

 それに財布、革製の手帳に万年筆、懐中時計。

 一方ケイはというと、黒髪をまとめて緑のニット帽三つ編みつきに収納した。……いやもう、櫛も自分で入れた事がなかったらしく、その辺が大変だった。

 服は白のセーターに黒のハーフパンツ、ウエストポーチ、白のニーソックス、子供用の運動靴、そして上に、赤のポンチョコートを羽織らせた。

 財布、手帳と万年筆も同じく購入。

 太照ならまだ少し暑い格好だけど、この辺りはこれぐらいがちょうどいい。暑ければ脱げばいいのだ。

「うむ。お気に入りの白衣は正直残念じゃが、これはこれで色さえ気にしなければ、気分的には変わらぬの」

「中流よりちょっと上ぐらいっぽくなっちゃったな」

「そうじゃの。一方お主はいかにも出稼ぎに出て来た、若い労働者風じゃが」

「地味に見えるんなら、狙い通りだ。とにかく目立つのだけは避けたかったからね」

 鏡に映る自分は、相変わらず小柄で撫で肩な、何かいかにも金せびれますよって感じなのが不満と言えば不満だけど、体格はもうどうしようもないと諦めている。

 組み合わせ的にはアレかな、労働者の兄と、その妹的な。実際には同じ年齢なんだけど。

 査定が済むと、やたら激しい音が鳴るプリンターが吐き出した紙を、店長さんは差し出してきた。

 そして電卓で計算を開始する。

「そんじゃ買ってもらった分と差し引きして……こんなモノかな。文房具と例の眼鏡がよかった」

 支払いが終わり、残った差額を僕達は受け取った。五日間の旅をするには……まあ、交通費や宿泊先を工夫すれば、行けるだろうという予算だ。眼鏡端末はもうちょっと引っ張れると思ったのだが、自称作った本人が大した価格にはならないと言うので、本人が納得する価格で落ち着いた。

「円満な取引が出来て、妾もよかったのじゃ」

「お二人とも、よい旅を」

 大きく口元を弓状に作った店長と僕達は握手をし、出口に向かう。

 そこでふと、ケイが僕を見上げてきた。

「旅とは言っておらなんだはずじゃがの」

「外国人二人が物売りに来たんだから、そういう解釈されてもおかしくないだろ」

「ふむ、そういうモノかの」

 そして、扉についた鈴の音に見送られ、店の外に出た。

 大通りの方からの、華やかな音楽や喧噪が何だかやけに懐かしい。

「さてまあ、僕としてはこの後、ユフ王の生家に行きたいんだけど」

「妾も反対はせぬぞ。ああでも、その前に先程の露天じゃ。桃が美味そうだったのじゃ」

「おっけ、バスの時間次第かな」

 僕達はまずバス停に向かう事にした。

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