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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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一旦休憩

 フェアニクス大聖堂を出ると、赤い太陽が沈みつつあった。

 それでも、大通りの人気はまだ絶える様子がない。

「ひとまずメインの観光地はほぼ終了、と」

 僕は昨日の内に取っておいたメモにチェックを入れた。

「残りはもうなかったかや」

 ケイの問いに、少し考える。

「近くに国立博物館があるはずだ。ここは行っておきたいな」

 簡単な地図は昨日ケイがホテルで借りたPCで調べ、これまたメモに書き記しておいたモノだ。

「ふむ。足りぬ情報の補完には、これ以上ない場所じゃの」

「でまあ、博物館は駅を挟んだ反対側だ。宿を取ってから行った方が効率的だと思うんだけど」

 僕は向かう先、市立公園の向こうにある駅ビルをペンで指し示した。

「そうじゃのう。ところであの、チョロッと出ておる古い建物はもしかして城ではないのかの」

「あー……」

 ケイが指差したのは、横長の駅ビルの右に少しだけ見えている古そうな建物だった。

 多分、城だ。

 が調べようにも道具がない。

 周囲を見渡し、幸いなことにここが公園の手前だった事を思い出した。

 つまり、大きな看板を探せば良いのだ。

 すぐに、目当てのモノが見つかった。

「地図がある」

 この周辺の、案内板だ。

 中心に市立公園、僕達が今入った、フェアニクス大聖堂を始めとした寺社施設群も描かれていて、駅ビルを挟んだ向う側も紹介してあった。

 もっとも、絵はあって文字は読めない僕である。

 ケイは苦笑いを浮かべていた。

「読めと言うことじゃの」

「ガイドブックがあればとも思うけど、本屋自体がないんだよなぁ」

 ホントもう、ビックリするぐらいないのだ。あれか、麦国よろしく電子書籍が流行っているのか?

「本屋があっても、さらに太照語の書を探さねばならぬしの……まあ、ここまで困らなかったのじゃ。残りもこのまま通してよかろ」

「翻訳よろしく頼む」

「うむ」

 ケイは案内板を見上げた。

 待つことしばし。

「……あれはやはり古城じゃの。ユフ・フィッツロンの時代の、王族の住まいじゃ」

 僕とケイは顔を見合わせた。距離的には、そう遠くもなさそうだ。

「行っとくか」

「ついでじゃしの」

「……王族相手に、えらい言い様だな、僕ら」

「仕方あるまいて。実際、あまり重要ではなさそうなのじゃ」


 駅の向こうに向かう前に、宿を取ることになった。

 駅の近くというのは、ホテルもピンからキリまであり――僕達が選んだのは昨日と同じ、ハリストホテルである。

 何せ値段が同じ、造りも同じ安心の系列ホテルだ。

 値段もお手頃、変に冒険するよりはという事で一致した。別にホテルからお金をもらって宣伝をしている訳ではない。念の為。

 ただ、不満がなくもなかった。

 それは何かというと。

「何じゃ?」

 ケイはダブルのベッドに寝そべりながら、僕の方を向いた。繰り返す。()()()()()()()だ。

「どうして同室なのかなぁっ!!」

 ホテルの造りはほぼ同じだが、まさか部屋まで同じダブルになるとは思わなかった。と言うか、コイツにフロントと交渉を任せたのが間違いだった。何度目になるか分からないけど、ホント蒸語の勉強って大切だったよねと痛感している。

「薄い壁じゃ。響くぞよ。安心のハリストホテルじゃ」

「すごい。昨日の背景の使い回しだ」

「テレビのセットなら、手抜きのそしりも受けぬ所であったの」

「で、何で同室。しかもダブル」

「こっちの方が安かったのじゃ。大体、昨日も貞操は無事だったのじゃ。何か起こるという訳でもあるまい?」

「……こういうのって、普通性別逆じゃないかなあ」

 確かに手を出すつもりはないけど、ここまで信用されてるんだか男と見なされてないんだか分からないと、さすがに微妙な気分になってしまう。

「つまり妾がお主を夜這いすると」

「すんなっ!! 多分それ、僕が被害者でも事件になったら加害者扱いになるんだからな!! 大体今朝、人を抱き枕にしてた奴が言うとシャレにならないんだよ!!」

「しかしこう、ベッドがあると一休みしたくなるのう」

「寝られると困るぞ」

「うむ、案ずるでないぞ。晩ごはんがまだじゃ」

 ガバリ、とケイは元気よく起き上がると、跳ねるようにベッドから飛び下りた。

「……食欲が、睡眠欲より優先される訳ね」

「地的好奇心もちゃんとあるのじゃ」

「……マジで寝こけられない内に、出るか」


 ホテルのフロントで古物商の場所を聞き出し、古着を売った。

 ジョン・タイターからもらった服は、僕の帽子がガストノーセンの軍用払い下げ品、労働者用のジャンパーがやや丈の長い茶色コートになった。

 ケイの白いポンチョコートといい、少し服装を変えただけで、ずいぶんと印象は変わるモノだ。

「荷物がないのは楽でよいのう」

「だな。また少し、懐が温かくなったし」

 古い服を売ったお金で、金銭面での旅の不安は(もちろん贅沢しなければという大前提はあるが)ほぼなくなったと言ってもいい。

 それにしても、こんないい服、本当にもらってよかったんだろうか。その辺が、少し心配になった。

 なお、涎まみれだったケイの赤コートは売らず、ホテルに置いてある。

「ちょっと急いだ方がいいかな」

 日はほぼ沈み、夜の闇が近付きつつあった。

「うむ、暗くなってきよった。国立博物館の閉まる時間が遅くてよかったの」

「夜の八時までだから、それでもあんまり余裕ないけどな……って、お前が早足になると……」

 僕の前を急ぐケイが、石畳の隙間に足を引っかけ、転び掛けた。

「にょわっ!?」

 かろうじて、踏ん張ったが危ない所だった。

「……うん、予想通りだ」


 イフ城は、本当に駅の近くにあり、歩いて五分もかからない。

 次第に、その黒いシルエットが大きくなりつつあった。

「それにしても、ここまでの博物館とかもそうだけど、ほとんど無料なのは助かるな」

 フロントで確かめた所、古城も国立博物館も無料である。

 ……というかお金が掛かるようなら、古城は諦めていただろう。

「太照とはえらい差じゃの」

 言うまでもなく、太照の文化系施設は大抵有料だ。

 だからといって、太照が悪くてガストノーセンが正しい、というモノでもないだろう。

「うーん、国柄というか政策の違いというか、そういうのがあるんじゃないのかな。詳しくは知らないけど、お金払う価値があるなら太照の博物館にだって入るだろ」

「お主は、そういう場所に行くのかや?」

「一人博物館、一人美術館、一人水族館なら経験がある」

「……妾は特にどうとも思わぬが、一般的にはそれ、ボッチの中でも相当な強者の部類ではないのかの」

 こう見えて、ボッチ段持ちである。多分二段ぐらい。

「引き籠もりのお前は知らないかも知れないけど、一人ファーストフードや一人ラーメンですら無理という人は、実在するんだぞ」

「む? 出前を取ればよかろ?」

「出前を取るにも、一定額以上がいるんだよこのお金持ち!」

「ファ、ファーストフードぐらい一人で行けるのじゃ! ただし、注文する時は足下にダンボールを用意せよ!」

「それはそれで切ないなあ……」

 力説するような事でもないと思う。

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