フェアニクス大聖堂
フェアニクス大聖堂は、施設群の中でも奥まった所にあった。
幅の広い石造りの通路の先にある、正面から見ると凹に見える石造りの建物だ。
へこんだ部分の頂点に大きな時計が設置されている。この時計は後から嵌め込まれたモノで、そもそも建てられたのはユフ王の時代よりさらに五百年近く前だと言うから恐れ入る。
広い両開きの出入り口からは、信者らしき人達や参拝客を飲み込み、吐き出していた。
「さすが、ここのメイン観光地。人の出入りも激しいのう……」
「休日とか、どうなるんだろうねこれは」
えらい事になりそうな気がする。
入るとすぐに、通路の幅が広くなり、いわゆる大広間に行き当たる。
最奥の壁に沿って作られた人工池の中央には大きな乙女の像が有り、これが救世の娘ユトーバンだ。どういう娘だったのかは、ヒルマウントの教会の部分に書き記してある。
像の足下では、信者達が手を組んで祈りを捧げている。
「僕達も、お祈りしておくか」
「手を鳴らしてはならぬぞ」
「するかっ。メチャクチャ叱られるわ」
さすがに、こうしたツッコミも小声にならざるを得ない。
何せ、空気が厳粛なのだ。迂闊に声も荒げられない。
広間の端に寄り、僕は部屋を見渡した。
ドーム状の空間で、天井には森が描かれている。こういうのって普通、黄金の雲とか天界じゃないのかなと思うのだが、後で調べた所、これはユトーバンの故郷を現わしていたのだという。
そして奥の壁に祀られている彫像は、ゆったりとしたローブを羽織った女の子が、信者達と同じく手を組んでいる姿である。さすがに跪いてはいない。
「こう言ってはなんだけど、普通の子っぽいよな。別に侮辱じゃないぞ」
「誰に対して気を遣っておるのか知らぬが、神々しいまでのカリスマと言うよりは庶民的な感じがする点には同意じゃの」
像の足下は半円状の池になっているが、左右の植え込みから樹が伸びている。
果実が生っているが、あれは桃だろうか。
そういえば、ヒルマウントの露店で最初に食べたのも、確か桃だったな。
「……あれは食えぬか」
「ツッコミ所が多すぎる……」
罰当たりだし、そもそもあの樹はレプリカだ。当然桃も、食べられるはずがない。
木の枝には、色の鮮やかな鳥(の模型)も羽を休めている。
「あの鳥は何じゃ。図鑑には載っておらぬぞ」
「桃源鳥……だったかな。正式名称は知らないけど、図鑑に載ってないって事は架空の鳥か、元の何らかの鳥をモデルにした創作だって事だろ」
「ふむ」
ちなみに僕のソースは、ゲームのモンスターである。
「しかして、ここの観光はもう終わりかや。あっけないの」
確かに、入って真っ直ぐ、像にお祈りを捧げて終了、という意味ならここで終了する。
けれど、まだ続きがあるのだ。
「いや、ここまでは元来の信者用。先がある」
「ほ?」
「僕達が来たのは、ユフ王由来の建物だからだよ。続きはこの先にあるし……一応、巡回コースの看板だろ、あれ」
僕はホールの右にある看板を指差した。
一応僕だって、矢印と『順路』ぐらいの単語ぐらいは読めるのだ。
「むむ、言われてみれば確かに」
「一応言っておくけど、静かにするんだぞ」
「それぐらい分かっておる。妾は空気を読む女じゃ」
むん、と胸を張るケイを無視して、僕は足を進めた。
「よし行こう」
「もはやツッコミすらせぬか!?」
「自覚があるようで、大変結構」
通路を抜け、左に折れるとすぐに右手は中庭になっていた。
上から見るとこの建物は、ロの字になっているようだ。
ただし、太さでは入り口側の方が圧倒的に勝っている。大広間の壁の後ろ、つまり聖女像の裏にも、どうやら裏舞台があったらしい。……まあ、聖女の背中が薄いのでは、宗教的にも問題があると判断したのだろう。ここはスタッフオンリーで、入る事は出来なかった。
そして僕とケイは中庭に沿って続く、二車線はありそうな通路を歩いていた。
右手はベッドがある事から、教徒達の寝床らしい。もっとも、現役で使っているのかどうかは不明だけれど。
左手の中庭には森が茂り、こちらは大広間のそれとは違いレプリカではなさそうだ。さすがに桃源鳥などはいないが、自然と鳥が集っている。
「……じゃが、こう静かじゃと大声を上げて驚かせたくなるの」
観光客は皆、静かだ。
写真撮影も禁止されており、ゆっくりと歩みを進めるしかない。
「絶対やるなよ。それやったら、例えここから先の旅が困難になっても、僕は見捨てるからな」
「分かっておる分かっておる」
そして、僕達は奥の建物に到着した。
建物の広さは大体、私塾の校舎を二つ重ねたぐらいだろうか。手前側が通路となっており、最奥に部屋が続いている。
中央部分がやや太くなっており、入るとそこは会議室のようだった。
コンサートホールのようなそこの中央に円卓が有り、天井は吹き抜けになっている。部屋はすり鉢状で、各階に席が連なっている。
……数百人は普通に入りそうだ。
「教会も力を持っておるのじゃなぁ」
「ユフ一行が魔導学院を出て、ここを訪れた時点での勢力を整理しておくと、オーガストラ軍によって弱った王族と、ここザナドゥ教会が大きな力を占めていた。追われていたユフ達は、この教会に庇護を求めた」
その王族の力となっていた魔導学院はなくなり、ディーンも去り、そうなると教会の力が相対的に強まった。
「確か、ニワ・カイチの助けた小坊主も、似たような展開じゃったの」
「ま、それだけ教会の力は大きかったって事だろうな。そしてそのザナドゥ教の中でも、トップ達の集った場所がここ、フェアニクス大聖堂という訳だ。僕達がいるのは、信者達が祈りを捧げる場所の裏側、幹部達が勤めていた裏舞台に当たる」
「よくもまあ、無事だったモノじゃの」
なんて話も、当然小声である。何せ大変声が通る空間なのだ。
観光客達の囁き越えですら、このホールではよく響いていた。
「イフ一国、オーガストラ神聖帝国でもどうにも手こずる相手だったって事じゃないかな。何せ、帝国内ですらザナドゥ教会はあっただろう。下手に叩くと、内側からやられちゃうし」
「そういう意味では、人々が教会に庇護を求めたのは必然じゃのう」
「そして助けられた人達が、教会に恩義を感じ、協力する。すると教会の力が増す」
「よく出来ておるのう」
うむうむ、と頷くケイだが、大体宗教ってそういうモンじゃないかなあと僕は思う。
「でまあ、勇者ユフと狼頭将軍クルーガー、他に行くアテのなかったニワ・カイチはここを訪れる。で、受け入れられた……のかな」
話としては、そういう事になるが若干、疑問があった。
それはどうやら、ケイも同じのようだった。
「ずいぶんとあっさりしておるのう」
「……うーん、まあそこだよな。一応追われているはずなのに。もしかすると、結構揉めたのかも」
すると、ケイは何かに気づいたようで、僕の脇を抜けた。
振り返ると、そこには大きな看板があり、古い絵と共に横文字の説明文があった。絵は左で一人の僧が手を組み、右に三人の男女が同じように手を組んでいるという内容だった。
「ふむ、ここがその許しを得たホールで……うむ、説明を読むと納得じゃ」
「どういう事だよ?」
「当時最年少の司教がユフ一行を保証したのじゃ。名前をパロコという」
その名前には、覚えがあった。
「……アレか。修行中のニワ・カイチが助けた小坊主」
正確には、彼が保証したのはニワ・カイチという事らしい。何せ命の恩人だ。
「そういう事じゃ。後にこのガストノーセンが出来てからは、法律作りにも協力した、えらい僧となっておるの」
「情けは人のためならずって話の典型だな」