スーククッキー
イフ駅のすぐ傍にある市立公園には、枝のような角を二本頭から生やし、背中から尻尾まで続くたてがみも立派な草食動物スークが放し飼いになっている。
その数は、数えるのも馬鹿馬鹿しい……が、大人しい性質らしく皆、人に構わず芝生を食んでいた。
そして大興奮なのが、公園の遊歩道を歩く僕の隣にいる娘だった。ただし、スーク相手ではない。
「ススム、屋台じゃ! クッキーを売っておるぞ!」
しきりに、袖を引っ張ってくる。
本当に、食べ物に関してはぶれない奴である。
請われ、そちらに視線をやるとなるほど、クッキーを売っている屋台がある。たまにお年寄りが買っているようだ。
「……蒸語読めない僕でも分かるぞ。あれ、スーク用であって人間が食っちゃ行けないやつだ」
「草食動物が食えて、人間が食えぬ道理はない!」
「時々すっごく頭の悪い発言をするよね、お前!?」
とはいえ、まさか本当に食べさせる訳にもいかない。一人なら放っておく所だけど、旅は道連れ、ここでお腹でも壊されては、先の道程が大いに困った事になるのである。
僕は屋台ではなく、その傍にあった売店を指差した。
品揃えは、こちらの方が多く、人間用のお菓子もちゃんと売っていた。
「……そっちの、グミみたいなの買っていいから、クッキー食べるのはやめなさい」
「承知した」
「僕はクッキーを買う」
もちろん、僕が食べるためではない。念の為。
スーククッキーなる、そのまんまな商品を買うと、匂いにでも釣られたのか、親子連れのスークがとことこと近付いてきた。
ふんふん、と僕の身体を嗅ぐそいつらに、僕はクッキーを一枚差し出す。
子供のスークが半分囓り、余った分を芝生に放るとその分は親スークが食べ始める。
「やってみると、なかなか可愛いモンだな」
スークの背中を撫でるとずいぶんと毛並みが良い。これは飼育係でもいるのだろうか。たてがみも、想像以上に柔らかかった。手触りとしてはモップに近い。
「む」
カラフルな彩りのグミを食べていたケイが、小さく声を漏らした。
が、僕の方はクッキーに釣られてきたスーク達の対応で大わらわだ。構う余裕がない。
「次々とやってくるな。すぐになくなりそうだ」
少なくとも僕の前に三頭、スークが迫り、左右の気配も感じる。
僕は僕で、袋からクッキーを出すので、精一杯だ。
出した傍からスークがそれを囓っていく。幸い、手を噛まれる事はなかったが、手の欠片を舐めてくるのでやたらとくすぐったい。これは後で、水道で手を洗う必要があるな。
なんて考えていると、裾をギュウッと引っ張られた。
スークではなく、ケイである。
「わ、妾もしたいのじゃ! グミを少しやるから、妾にもさせるのじゃ!」
「はいはい。気をつけろよ。コイツら、結構押しが強いぞ」
スーククッキーの袋とグミの袋をチェンジする。
「うむ。というか、お主の時より此奴等強気で……ちょ、押すな、押すでない」
あっという間にスーク達は僕から離れ、後ろにいたケイに殺到した。
凄まじい勢い、と言う程じゃないけど、数がすごい。
多分五頭はいて、そしてケイは大変小柄である。スークに隠れてほとんど、身体が見えなくなっていた。
「おいおいおい、ヤバイぞそろそろ逃げろ」
「うむ……って、にゃわっ!?」
ズルッという音と共に、ケイの靴が片方飛んだ。さらにクッキーの袋も宙を舞った。中身が散らばり、自然落下していく。
「ここでこけるか、おい!?」
「あたたたた……」
スークの群れの中から、ケイの声が聞こえてきた。
あ、ヤバイ。
という事に気づいたのは、この時だった。
だってクッキーが空中で散らばり、その真下に倒れたケイがいたのだから――どうなるかは自明の理だ。
悲鳴が聞こえたのは、その直後だった。
「にゃーーーーーっ!?」
「あああああ、ケイが食われちまう!?」
わさわさわさ、とさらに近付いてきたスークを追い払うが、焼け石に水だった。
数分後。
クッキーが完全になくなってスーク達が去った後、残されたのは、全身を獣の涎まみれになり痙攣するケイの姿だった。
こういう被害は結構(笑えるレベルで)多いらしく、売店員は快く水道を貸してくれた――有料で。
「ううううう、酷い目にあったのじゃあ……ええい、近寄るでないわー!!」
なになにーと近付いてきた子スークを、洗った頭をバスタオルで拭きながらがおぅとケイが威嚇する。
「……いきなり着替えが役に立ったな。あの人、予言者か何かか」
ジョン・タイターからもらった古着の中でも、ちょうどケイにピッタリのコートがあったのでそれを使わせてもらった。
これまでが赤だったのに対し、今は白のポンチョコートだ。それと頭をすっぽりと覆うこれまた白い毛皮の帽子。後ろには尻尾もある。
「……ただ、古い方の服が売り物じゃなくなっちゃったけど」
洗濯する時間ももったいないけど、売る事を考えるとどこかで何とかする必要があるだろう。
そんな事を考えながら、涎でベトベトになった帽子やコートをビニール袋にまとめる僕であった。
気を取り直して、僕達は公園を進む。
並木道の向こうに、石造りの塔や寺院が見えてきた。この先に、寺社施設の密集した区域があるのだ。
「クッキーなくなっちゃったな」
「そのような心配はせんでよいわ! 此奴等はもうたらふく食ったのじゃ!」
ぷんすかという単語が似合う立腹具合で、ケイは僕達に首を傾げるスークを指差した。
「そりゃもっともだ。ところで向こうに、スークの試乗コーナーらしき建物があるんだけど、どうする?」
一際大きな建物には、いくつかの家族連れらしい人達が集まっていた。
そして大きなスークの背に鞍がつけられ、子供がまたがっている。
「いらんのじゃ!!」
ケイはにべもない。
「……ま、充分乗っかられたしな」
「押し倒されたのじゃ! 婦女暴行で訴えられるレベルなのじゃ!」
「うーん、それ動物に適用出来るのかな」
多分無理な気がする。
「ここは退散するのじゃ。敵が追ってくるのでの」
「もはや敵認定か」
足早に進むケイの後を追って、僕は寺社施設群を目指した。