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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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スーククッキー

 イフ駅のすぐ傍にある市立公園には、枝のような角を二本頭から生やし、背中から尻尾まで続くたてがみも立派な草食動物スークが放し飼いになっている。

 その数は、数えるのも馬鹿馬鹿しい……が、大人しい性質らしく皆、人に構わず芝生を食んでいた。

 そして大興奮なのが、公園の遊歩道を歩く僕の隣にいる娘だった。ただし、スーク相手ではない。

「ススム、屋台じゃ! クッキーを売っておるぞ!」

 しきりに、袖を引っ張ってくる。

 本当に、食べ物に関してはぶれない奴である。

 請われ、そちらに視線をやるとなるほど、クッキーを売っている屋台がある。たまにお年寄りが買っているようだ。

「……蒸語読めない僕でも分かるぞ。あれ、スーク用であって人間が食っちゃ行けないやつだ」

「草食動物が食えて、人間が食えぬ道理はない!」

「時々すっごく頭の悪い発言をするよね、お前!?」

 とはいえ、まさか本当に食べさせる訳にもいかない。一人なら放っておく所だけど、旅は道連れ、ここでお腹でも壊されては、先の道程が大いに困った事になるのである。

 僕は屋台ではなく、その傍にあった売店を指差した。

 品揃えは、こちらの方が多く、人間用のお菓子もちゃんと売っていた。

「……そっちの、グミみたいなの買っていいから、クッキー食べるのはやめなさい」

「承知した」

「僕はクッキーを買う」

 もちろん、僕が食べるためではない。念の為。


 スーククッキーなる、そのまんまな商品を買うと、匂いにでも釣られたのか、親子連れのスークがとことこと近付いてきた。

 ふんふん、と僕の身体を嗅ぐそいつらに、僕はクッキーを一枚差し出す。

 子供のスークが半分囓り、余った分を芝生に放るとその分は親スークが食べ始める。

「やってみると、なかなか可愛いモンだな」

 スークの背中を撫でるとずいぶんと毛並みが良い。これは飼育係でもいるのだろうか。たてがみも、想像以上に柔らかかった。手触りとしてはモップに近い。

「む」

 カラフルな彩りのグミを食べていたケイが、小さく声を漏らした。

 が、僕の方はクッキーに釣られてきたスーク達の対応で大わらわだ。構う余裕がない。

「次々とやってくるな。すぐになくなりそうだ」

 少なくとも僕の前に三頭、スークが迫り、左右の気配も感じる。

 僕は僕で、袋からクッキーを出すので、精一杯だ。

 出した傍からスークがそれを囓っていく。幸い、手を噛まれる事はなかったが、手の欠片を舐めてくるのでやたらとくすぐったい。これは後で、水道で手を洗う必要があるな。

 なんて考えていると、裾をギュウッと引っ張られた。

 スークではなく、ケイである。

「わ、妾もしたいのじゃ! グミを少しやるから、妾にもさせるのじゃ!」

「はいはい。気をつけろよ。コイツら、結構押しが強いぞ」

 スーククッキーの袋とグミの袋をチェンジする。

「うむ。というか、お主の時より此奴等強気で……ちょ、押すな、押すでない」

 あっという間にスーク達は僕から離れ、後ろにいたケイに殺到した。

 凄まじい勢い、と言う程じゃないけど、数がすごい。

 多分五頭はいて、そしてケイは大変小柄である。スークに隠れてほとんど、身体が見えなくなっていた。

「おいおいおい、ヤバイぞそろそろ逃げろ」

「うむ……って、にゃわっ!?」

 ズルッという音と共に、ケイの靴が片方飛んだ。さらにクッキーの袋も宙を舞った。中身が散らばり、自然落下していく。

「ここでこけるか、おい!?」

「あたたたた……」

 スークの群れの中から、ケイの声が聞こえてきた。

 あ、ヤバイ。

 という事に気づいたのは、この時だった。

 だってクッキーが空中で散らばり、その真下に倒れたケイがいたのだから――どうなるかは自明の理だ。

 悲鳴が聞こえたのは、その直後だった。

「にゃーーーーーっ!?」

「あああああ、ケイが食われちまう!?」

 わさわさわさ、とさらに近付いてきたスークを追い払うが、焼け石に水だった。

 数分後。

 クッキーが完全になくなってスーク達が去った後、残されたのは、全身を獣の涎まみれになり痙攣するケイの姿だった。


 こういう被害は結構(笑えるレベルで)多いらしく、売店員は快く水道を貸してくれた――有料で。

「ううううう、酷い目にあったのじゃあ……ええい、近寄るでないわー!!」

 なになにーと近付いてきた子スークを、洗った頭をバスタオルで拭きながらがおぅとケイが威嚇する。

「……いきなり着替えが役に立ったな。あの人、予言者か何かか」

 ジョン・タイターからもらった古着の中でも、ちょうどケイにピッタリのコートがあったのでそれを使わせてもらった。

 これまでが赤だったのに対し、今は白のポンチョコートだ。それと頭をすっぽりと覆うこれまた白い毛皮の帽子。後ろには尻尾もある。

「……ただ、古い方の服が売り物じゃなくなっちゃったけど」

 洗濯する時間ももったいないけど、売る事を考えるとどこかで何とかする必要があるだろう。

 そんな事を考えながら、涎でベトベトになった帽子やコートをビニール袋にまとめる僕であった。


 気を取り直して、僕達は公園を進む。

 並木道の向こうに、石造りの塔や寺院が見えてきた。この先に、寺社施設の密集した区域があるのだ。

「クッキーなくなっちゃったな」

「そのような心配はせんでよいわ! 此奴等はもうたらふく食ったのじゃ!」

 ぷんすかという単語が似合う立腹具合で、ケイは僕達に首を傾げるスークを指差した。

「そりゃもっともだ。ところで向こうに、スークの試乗コーナーらしき建物があるんだけど、どうする?」

 一際大きな建物には、いくつかの家族連れらしい人達が集まっていた。

 そして大きなスークの背に鞍がつけられ、子供がまたがっている。

「いらんのじゃ!!」

 ケイはにべもない。

「……ま、充分乗っかられたしな」

「押し倒されたのじゃ! 婦女暴行で訴えられるレベルなのじゃ!」

「うーん、それ動物に適用出来るのかな」

 多分無理な気がする。

「ここは退散するのじゃ。(スーク)が追ってくるのでの」

「もはや敵認定か」

 足早に進むケイの後を追って、僕は寺社施設群を目指した。

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