再びイフ駅前
レンタルサイクルショップに着いたのは、もう十五時前の事だった。
自転車を返却し……市内行きのバスが来るには、今回は幸いなことに十分待つ程度で済みそうだ。
「世話になったの」
「……本当に、お世話になりっぱなしでした」
僕は、ジョン・タイターに頭を下げた。
「うむ!」
一方ケイは胸を張った。僕に。
「なんでお前、僕に対してドヤ顔なんだよ!?」
「ま、翻訳ないとお前さんはきっついよな。お世話になっているのは確かだろ」
「そりゃそうですけど!?」
ジョン・タイターに、大変痛いところを突かれてしまった。
「けど、ジョン・タイターさんはずっと僕達に付きっきりでよかったんですか? 自分達の用事とか」
すると、彼はヒラヒラと手を振った。
「あー、いいのいいの。ちゃんと真面目に仕事してるのも確かめたし、俺の務めも果たせたっつーか」
「え、仕事してたんですか?」
「一応な。やっとかないと困る事は、ひとまずこなせたってトコだ」
「んん?」
そんな重要な場面なんて、あっただろうか。
なかったと思うが……。
悩んでいると、僕の腰をケイの小さな手が叩いた。
「深く考えるでない。妾達の知らぬ所で、何かしておったのだろう。礼をしたいところじゃが、妾達に持ち合わせがほとんどないのが残念じゃ」
しょっぱい話である。
が、ジョン・タイターは何やら思いついたらしく、レンタルサイクルショップのロッカーに預けていた、荷物のリュックを漁りだした。
「あー……そういう事なら一つ、頼まれてくれるかね。大した事じゃねーんだ。シティム、行くんだろ? 予定では二日後だったか」
「え、あ、はい」
「よし、それじゃ向こうは、お祭りになっている。建国祭だ。まあ、ユフ王の生誕祭からそのまま繋がってる感じなんだが、市内広場でちょうどイベントがあるんだ。午前の十時頃かね。そこに、ウチの兄貴が来る事になってるんだよ」
「はぁ」
話の要領が掴めないまま、とりあえず僕はメモをしておいた。
「でまあ、その兄貴にこの手紙の入った荷物を渡して欲しい。俺にそっくりだし、派手に登場するって言ってたから、一発で分かると思う。合流には、この旗を振れば分かってもらえるだろう」
と、ジョン・タイターは小さなリュックを預けてきた。
開口部に挿されていた旗を広げると、何やら紋章が縫われている。
大きな星を背景に、舞い散る桜。
「……どっかで見たようなマークですね」
ただ、どこでだったのかとっさには思い出せない。
「さっき、寄宿舎の部屋で見たのじゃ。ニワ・カイチの制服の胸についておった校章じゃ」
「それか」
あの時点では特に意識していなかったが、記憶には残っていたらしい。
「名前は、ジョン・スミスっつってな。ニワ・カイチの格好をしてくるって言ってた。まあ、よろしく頼む」
……ジョン・タイターの兄がジョン・スミスって普通、後ろの方が名字なんじゃないだろうか。
とか突っ込んでも多分、細かいことを気にするなと言われるのが関の山だから、もはや突っ込まない事にした。
代わりに別の疑問を口にした。
「でも、こんな簡単に僕らに渡して、いいんですか? うっかり持ち逃げとかそういう事は……」
「お前らは、しないよ。その点は保証する」
妙に、自信ありげだった。
「誰の保証ですか……」
「誰のと言うより何のと言うべきだな。ま、持ち逃げとかされたら、そりゃ俺に人を見る目がなかっただけの話だし。大体、持ち逃げしようって奴が、メモ取ったりはしねーだろ」
……僕は、ペンとメモ帳をしまった。
「ああ、それから、売ろうと思ってたんだけどコイツもやろう」
と言ってリュックから取り出したのは、麻袋だった。
中にはいくつかの布地。触っている内に、何となく分かった。
「……古着?」
「ここで着替えるなよ」
「こんな場所で着替えませんよ!? いやでもこんなの、もらう訳には」
「お使いの礼だ」
気前がよすぎる。
「……あの、そもそもこのお使い自体が、確か案内の対価だったんじゃ……?」
「細かい事はよいのじゃ。せっかくなのでもらっておくとよい」
ひょい、とケイが横から麻袋を奪った。
「そうそう人の好意は素直に受けておくモノだぜ」
「うーん」
本当にいいのだろうか、悩む。
ただまあ、服は正直、そろそろ替えたいところではあるのだ。ブックメイカーの事を考えると、僕達は一応追われているはずだ。
だから、こういう着替えは渡りに船なのだが……。
「してこれじゃが、すぐに着らねばならぬか」
……コイツを見てると、僕の悩みがアホみたいに思えてくる。
「いや、宿に戻ってからだな。野宿なら手洗いとかになるだろうが」
「野宿なんて、さすがにしませんよ!?」
「ま、選択肢の一つではあるの。幸い、資金は何とかあるのだし、実際にはやらぬが。じゃがま、恩に着ておくのじゃ」
そう言って、ケイは再び僕に麻袋を預けた。
「って僕に預けるのかよ!?」
小リュックに麻袋。ちなみに初期装備ショルダーバッグがある事も、忘れてはならない。
「妾も持つぞ」
ケイは、パタパタと旗を振った。
「旗だけー!?」
少しは他のモノを持つ努力もして欲しいと思うのは、誤りだろうか。
「というか妾が持っても多分、困るぞ。数分でバテて、人型のお荷物が増えるだけじゃ」
言われてみれば、それもそうだ。
さらに余計な荷物が増えるのは、僕としても望む所じゃない。
「……分かった。持っとく。どうせ大した大きさじゃないし」
「うむ」
確か、コインロッカーはないはずだ。
けれど手荷物預かり所はグレイツロープの駅で何度か見た事があるから、イフ駅に期待しよう。
もしくは宿が決まるまで我慢するか、さっさと古物商を探して古い衣服を売り払うか。
……その辺は、向こうに付いてから考えよう。
と、車のエンジン音が響いてきた。
どうやら、バスが近付きつつあるようだ。
「ま、こんなトコか。道中、気をつけて行けよ」
「あ、はい」
ジョン・タイターから差し出された手を、僕は握り替えした。
「任せるのじゃ! バッチリ、ススムを導いてやるのじゃ!」
「……あながち間違いじゃないのが、情けないよなぁ」
こうして、僕達はトモロカ遺跡を離れ、ジョン・タイターと別れた。
バスを降りると、人の多さに驚いてしまう。
空気も違う。熱と埃っぽさ。つくづく、さっきまでいた所は澄んでいたんだなぁと実感する。
「文明の匂いがするのじゃ」
ケイは、しみじみと安堵の吐息を漏らしていた。
「トモロカの人達に謝れ」
「じゃが、人も車も建物の数も圧倒的に違うのじゃ。この耳に響く雑踏の音が、向こうにはあったかや」
「……それを言われると、否定出来ないけどさ」
ただ、少なくともケイはこっちの方が安心するようだった。