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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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再びイフ駅前

 レンタルサイクルショップに着いたのは、もう十五時前の事だった。

 自転車を返却し……市内行きのバスが来るには、今回は幸いなことに十分待つ程度で済みそうだ。

「世話になったの」

「……本当に、お世話になりっぱなしでした」

 僕は、ジョン・タイターに頭を下げた。

「うむ!」

 一方ケイは胸を張った。僕に。

「なんでお前、僕に対してドヤ顔なんだよ!?」

「ま、翻訳ないとお前さんはきっついよな。お世話になっているのは確かだろ」

「そりゃそうですけど!?」

 ジョン・タイターに、大変痛いところを突かれてしまった。

「けど、ジョン・タイターさんはずっと僕達に付きっきりでよかったんですか? 自分達の用事とか」

 すると、彼はヒラヒラと手を振った。

「あー、いいのいいの。ちゃんと真面目に仕事してるのも確かめたし、俺の務めも果たせたっつーか」

「え、仕事してたんですか?」

「一応な。やっとかないと困る事は、ひとまずこなせたってトコだ」

「んん?」

 そんな重要な場面なんて、あっただろうか。

 なかったと思うが……。

 悩んでいると、僕の腰をケイの小さな手が叩いた。

「深く考えるでない。妾達の知らぬ所で、何かしておったのだろう。礼をしたいところじゃが、妾達に持ち合わせがほとんどないのが残念じゃ」

 しょっぱい話である。

 が、ジョン・タイターは何やら思いついたらしく、レンタルサイクルショップのロッカーに預けていた、荷物のリュックを漁りだした。

「あー……そういう事なら一つ、頼まれてくれるかね。大した事じゃねーんだ。シティム、行くんだろ? 予定では二日後だったか」

「え、あ、はい」

「よし、それじゃ向こうは、お祭りになっている。建国祭だ。まあ、ユフ王の生誕祭からそのまま繋がってる感じなんだが、市内広場でちょうどイベントがあるんだ。午前の十時頃かね。そこに、ウチの兄貴が来る事になってるんだよ」

「はぁ」

 話の要領が掴めないまま、とりあえず僕はメモをしておいた。

「でまあ、その兄貴にこの手紙の入った荷物を渡して欲しい。俺にそっくりだし、派手に登場するって言ってたから、一発で分かると思う。合流には、この旗を振れば分かってもらえるだろう」

 と、ジョン・タイターは小さなリュックを預けてきた。

 開口部に挿されていた旗を広げると、何やら紋章が縫われている。

 大きな星を背景に、舞い散る桜。

「……どっかで見たようなマークですね」

 ただ、どこでだったのかとっさには思い出せない。

「さっき、寄宿舎の部屋で見たのじゃ。ニワ・カイチの制服の胸についておった校章じゃ」

「それか」

 あの時点では特に意識していなかったが、記憶には残っていたらしい。

「名前は、ジョン・スミスっつってな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まあ、よろしく頼む」

 ……ジョン・タイターの兄がジョン・スミスって普通、後ろの方が名字なんじゃないだろうか。

 とか突っ込んでも多分、細かいことを気にするなと言われるのが関の山だから、もはや突っ込まない事にした。

 代わりに別の疑問を口にした。

「でも、こんな簡単に僕らに渡して、いいんですか? うっかり持ち逃げとかそういう事は……」

「お前らは、しないよ。その点は保証する」

 妙に、自信ありげだった。

「誰の保証ですか……」

「誰のと言うより何のと言うべきだな。ま、持ち逃げとかされたら、そりゃ俺に人を見る目がなかっただけの話だし。大体、持ち逃げしようって奴が、メモ取ったりはしねーだろ」

 ……僕は、ペンとメモ帳をしまった。

「ああ、それから、売ろうと思ってたんだけどコイツもやろう」

 と言ってリュックから取り出したのは、麻袋だった。

 中にはいくつかの布地。触っている内に、何となく分かった。

「……古着?」

「ここで着替えるなよ」

「こんな場所で着替えませんよ!? いやでもこんなの、もらう訳には」

「お使いの礼だ」

 気前がよすぎる。

「……あの、そもそもこのお使い自体が、確か案内の対価だったんじゃ……?」

「細かい事はよいのじゃ。せっかくなのでもらっておくとよい」

 ひょい、とケイが横から麻袋を奪った。

「そうそう人の好意は素直に受けておくモノだぜ」

「うーん」

 本当にいいのだろうか、悩む。

 ただまあ、服は正直、そろそろ替えたいところではあるのだ。ブックメイカーの事を考えると、僕達は一応追われているはずだ。

 だから、こういう着替えは渡りに船なのだが……。

「してこれじゃが、すぐに着らねばならぬか」

 ……コイツを見てると、僕の悩みがアホみたいに思えてくる。

「いや、宿に戻ってからだな。野宿なら手洗いとかになるだろうが」

「野宿なんて、さすがにしませんよ!?」

「ま、選択肢の一つではあるの。幸い、資金は何とかあるのだし、実際にはやらぬが。じゃがま、恩に着ておくのじゃ」

 そう言って、ケイは再び僕に麻袋を預けた。

「って僕に預けるのかよ!?」

 小リュックに麻袋。ちなみに初期装備ショルダーバッグがある事も、忘れてはならない。

「妾も持つぞ」

 ケイは、パタパタと旗を振った。

「旗だけー!?」

 少しは他のモノを持つ努力もして欲しいと思うのは、誤りだろうか。

「というか妾が持っても多分、困るぞ。数分でバテて、人型のお荷物が増えるだけじゃ」

 言われてみれば、それもそうだ。

 さらに余計な荷物が増えるのは、僕としても望む所じゃない。

「……分かった。持っとく。どうせ大した大きさじゃないし」

「うむ」

 確か、コインロッカーはないはずだ。

 けれど手荷物預かり所はグレイツロープの駅で何度か見た事があるから、イフ駅に期待しよう。

 もしくは宿が決まるまで我慢するか、さっさと古物商を探して古い衣服を売り払うか。

 ……その辺は、向こうに付いてから考えよう。

 と、車のエンジン音が響いてきた。

 どうやら、バスが近付きつつあるようだ。

「ま、こんなトコか。道中、気をつけて行けよ」

「あ、はい」

 ジョン・タイターから差し出された手を、僕は握り替えした。

「任せるのじゃ! バッチリ、ススムを導いてやるのじゃ!」

「……あながち間違いじゃないのが、情けないよなぁ」

 こうして、僕達はトモロカ遺跡を離れ、ジョン・タイターと別れた。



 バスを降りると、人の多さに驚いてしまう。

 空気も違う。熱と埃っぽさ。つくづく、さっきまでいた所は澄んでいたんだなぁと実感する。

「文明の匂いがするのじゃ」

 ケイは、しみじみと安堵の吐息を漏らしていた。

「トモロカの人達に謝れ」

「じゃが、人も車も建物の数も圧倒的に違うのじゃ。この耳に響く雑踏の音が、向こうにはあったかや」

「……それを言われると、否定出来ないけどさ」

 ただ、少なくともケイはこっちの方が安心するようだった。

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