トモロカ鍋
技術開発部室を出た僕達は、副神殿を出た。
「じゃあ次は寄宿舎に行ってみようか」
と言って、ジョン・タイターが少し離れた先にある、無骨な岩の建物を指差した。
「……寄宿舎?」
これまでの神殿と言うよりも、むしろ城砦と呼んだ方がよさそうな建築物だった。
あれが、寄宿舎らしい。
「学院の敷地内にあるんですか?」
「敷地外からだと、それはそれで面倒臭そうだと思わねーか?」
「それはまあ。自転車とかもなさそうな時代ですし」
それぞれの建物の間隔がずいぶんと離れているのもあって、移動時間だけでも大変そうだ。
そもそも、ここに来るまでにも民家のようなモノはほとんど見なかったし。
「通学時間ゼロとか、羨ましいよなー。まあ、それでも遅刻する奴は出るんだけど」
「まるで経験談のようじゃのう」
「はっはっはー、何を言ってんだよただの一般論じゃねーか」
ケイの指摘に、ジョン・タイターはパタパタと手を振った。
城砦っぽいという印象は間違えていなかったようで、内部もそれっぽかった。
……いや、実際に城砦に入るとか、前のグレイツロープ城ぐらいしか経験ないけど、神殿と比べて装飾は少なく、質実剛健といった造りである。
そして何より、冷える。
でも日当たりがいいせいで、多分これでもまだ温かい方なのだろう。
僕は幅の広い石階段を登りながら、思わず身体を震わせていた。
「……前にも同じ感想抱いたけど、石造りだと冬、きつそうだなぁ」
ポツリポツリ、と僕達以外にも観光客が見える中、僕はそんな感想を漏らしていた。
「まあ、寒いのは厚着をすればよいのじゃ。夏の方が辛いのじゃ」
「でもこの辺りは夏も涼しいらしいよ」
「納得いかぬのじゃ!」
「……ケイは確か引き籠もりだから、夏も冬もエアコンつけっぱなしじゃないの?」
「それはそれ、これはこれなのじゃ!」
エアコン付けっ放しは、否定しないらしい。
そんな僕達に構わず、ジョン・タイターは二階、開かれっぱなしになっていた部屋の前で、足を止めた。
「で、ここがニワ・カイチの部屋」
扉は開いた状態のまま、金具で留められている。
そして入り口にはロープが張られていたので、僕達は手前で覗き込む事となった。
ランプを模した灯のお陰で、視界的には問題ない。
奥には木製の窓があり、隙間から日の光が漏れている。
やたら大きな二段ベッドが左手に一つ。
右手には机が二つ並んでいた。
奥の机の脇には何故か、剣だの槍だのが立て掛けられており、机の上の棚にも幾つもの巻物が積まれている。
一方、手前の机にも筆記具やら羊皮紙と思われる紙が机に広げられ、棚にも巻物が積まれているが、奥のそれに比べるといかにも乏しかった。
「二人部屋じゃの」
「僕も、てっきり個室だと思ってた。仮にも異界から来た勇者様でしょ?」
「あー、んー……まあ、そうなんだが」
ジョン・タイターは腕組みしながら唸った。
「説明には書いていないが、元々は個室だったんだよ。ただ、成績があまりに凡庸なんで、学院一の生徒と一緒にさせたっていう」
そして当時の、学院一の生徒といえば言うまでもない、後の玄牛魔神ハイドラである。
「……ああ、あの武具の数々は、そういう事」
しかも、勉強熱心そうだ。いや、それともあの量が彼にとっての普通だったのかもしれない。
「そういう事だ。うっかり女も連れ込めねーって、両方嘆いた不幸な人事だった」
「平等に二人とも連れ込めば、よかったのではないのかの?」
「……!!」
「何でそこで、『その手があったか』みたいな顔になるんですか!?」
ケイはさらに踏み込もうとしたが、入り口に張られたロープに阻まれてしまう。
「ふむ、立ち入り禁止か」
「さすがにそりゃアウトだな。一応言っとくが、監視カメラ付きだぜ。しかも踏み込めば、センサーが反応して、詰め所の警備員が飛び出してくる」
振り返ると、天井近くになるほど、光るレンズがあった。
「試したんですか」
「いや? ただ、さっき見た財団に知り合いがいてな。ここの警備に協力してるんだよ」
「あー、そういえば考古学関係にも資金出してるんでしたっけ、ソルバース財団」
「そう。警備の装置は安心の太照製。確か賀集技術とか言ったかね」
「それは」
嫌な予感がして、ケイを見た。
「ほほほほほう」
とても楽しそうな笑みを浮かべていた。
そして、監視カメラやセンサーの位置を確認し始める。
「おい、やめろ」
「いや、これは妾に対する挑戦と」
「挑戦してないからやめろ。破れても破れなくても困るからやめろ」
必死に制止して、ようやく諦めてもらう事が出来た。
改めて室内を見渡すと、道理でベッドが大きいはずだ。
前にラクストックで見たハイドラの絵画を見るに、実際身体は大きかったのだろう。
ニワ・カイチの机や棚にある巻物はハイドラのそれを比較すると、どうしても勉強量的に足りないようだが、ジョン・タイター曰くハイドラが異常であって、ニワ・カイチは普通の量なのだという。
他に気づいた点と言えば、明らかな金属物の数々だ。
「……どう見ても、オーディオ端末としか思えない機械が机にあるんですけど」
小さな四角い金属物からケーブルが伸び、それが二股に分かれている。
「それ以外の目的には、ちょっと使えそうにねーな」
表面が光沢を持っている、掌サイズの石板状のモノもあった。
「あれ、携帯電話じゃないんですか?」
「いや、スマートフォンだろ」
「どっちでも大差ないですよ!?」
「妾達の制服に、よく似ておるの。あれは学院のモノかや」
ケイの指摘に、僕は部屋を見る角度を変えてみた。
ニワ・カイチの背後、つまり左手前にはクローゼットが有り、いくつかの服が掛けられていた。
ローブやコートの中でも、薄い青色のブレザーは特に色鮮やかに目立っていた。
ケイの問いに、ジョン・タイターは首を振った。
「違うな。魔導学院はあっちのローブが制服。あっちに掛かってるのは、元の世界のモノらしい」
ふむ、とケイは頷き、再び机に目をやった。
「最後に、あのビー玉に似た玉は、技術部でもらった水晶球……ではないよの?」
言われてみれば、机の奥に小さく虹色に輝く玉があった。
「いわゆる宝玉だな。召喚された時に、いつの間にか持っていたって話だ」
「ふむぅ……」
説明不足と感じたのか、ケイは難しい顔をする。
ジョン・タイターは釈明するように、小さく手を振った。
「そっちに関しちゃ、イフ国立博物館の方がいいな。あっちにはもうちょっと詳しく説明がされてるはずだ」
「む、憶えておくのじゃ」
部屋の閲覧が終わり、寄宿舎の一般生徒の部屋も覗かせてもらった。
ジョン・タイターの言葉に嘘はなく、なるほどハイドラはとても勉強熱心だったらしい。
と、そこで急にケイが鼻を嗅いだ。
「ご飯の匂いがするのじゃ!!」
そして駆け出した。
言われてみると、何やら香ばしい良い匂いが、僕の鼻もくすぐっていた。
「もはや限界か」
「限界じゃ! さっきの軽食ではとてもではないが、もたぬわ」
そして足早に、匂いの方角へと向かっていく。
どうやら匂いの元は一階のようだ。
「……つくづく、昨日稼げてよかったなあと思う僕である」
「妾の成果じゃ」
「はいはい。そこは素直に認めますよ」
何て軽口を叩いていると、広い場所に出た。
長い木製テーブル同士をさらに繋げた、ロングテーブル。
大人数が食事を取れる部屋の奥にはカウンターが有り、働いている何人かの年配の女性と湯気が見えた。
席に座って食事を取っている客も数十人、見受けられた。……結構入ってるな。
「ここは当時の寄宿舎のメシを実際に体験出来る場所だ。ま、金は払ってもらう事になるがね」
カウンターの奥には木の板が横向きに並んで張られ、どうやらそれがメニューのようだった。
そしてケイはそれを素早く見渡し、一点を指差した。
「鍋じゃ! トモロカ鍋!」
ケイが叫ぶと、威勢のいい声と共に鉄製の鍋が出て来た。
中は鳥らしき肉や野菜が、白いスープでグツグツと煮えている。
「出るの早いな!?」
待ち時間、五秒である。
「寄宿舎の生徒は多かったからな。スピード勝負だ」
「ちゃんと味染み込んでるのかなぁ……」
ちょっと心配になる。
「何気にグルメじゃの、お主。おお、米の飯じゃ。皿で出てるのが少々微妙じゃがこの際我慢なのじゃ」
「いいから、席に座って食え。あ、僕も同じ鍋で」
鍋と一緒にご飯も食べられるのなら、文句はない。
トモロカ鍋を注文すると、掛け声と共にやはりすぐに料理が出て来た。
「……ホント、早いな」
ジョン・タイターも同じ物を注文し、僕達は席に着いた。
さっそく、鍋……というか、スープを掬って飲んでみた。
白濁のスープは鶏ガラ系かと思ったが、いや、それもおそらく混じってはいるけれど……微かに甘い。
「んん、このまろやかな感じは牛乳か……?」
「お、分かるか」
「普通に分かりますよ。なあ、ケイ」
ジョン・タイターと話ながらケイをの方を向くと。
「はふっ、ほふっ、うま、旨いのじゃ」
「……駄目だ、食うのに夢中で聞いちゃいない」
しばらく、僕達は黙々と、鍋を食べ続けた。無駄話をする余裕もないほど、旨かったというのもある。
寄宿舎全体がやや冷えていたというのもあり、身体の芯から温まる感じが、料理の味を何倍にもしていたのかもしれない。
「米は少し残すのじゃぞ。鍋の中身をさらった後、余った汁に入れるのじゃ」
「分かってるなぁ、おい」
ジョン・タイターもケイに倣う。
……僕もやってみたけど、なるほど確かに米と汁の組み合わせは抜群に合っていた。
「当然じゃ。味の染みた汁を残すようなもったいない真似は、せぬ」