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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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トモロカ鍋

 技術開発部室を出た僕達は、副神殿を出た。

「じゃあ次は寄宿舎に行ってみようか」

 と言って、ジョン・タイターが少し離れた先にある、無骨な岩の建物を指差した。

「……寄宿舎?」

 これまでの神殿と言うよりも、むしろ城砦と呼んだ方がよさそうな建築物だった。

 あれが、寄宿舎らしい。

「学院の敷地内にあるんですか?」

「敷地外からだと、それはそれで面倒臭そうだと思わねーか?」

「それはまあ。自転車とかもなさそうな時代ですし」

 それぞれの建物の間隔がずいぶんと離れているのもあって、移動時間だけでも大変そうだ。

 そもそも、ここに来るまでにも民家のようなモノはほとんど見なかったし。

「通学時間ゼロとか、羨ましいよなー。まあ、それでも遅刻する奴は出るんだけど」

「まるで経験談のようじゃのう」

「はっはっはー、何を言ってんだよただの一般論じゃねーか」

 ケイの指摘に、ジョン・タイターはパタパタと手を振った。


 城砦っぽいという印象は間違えていなかったようで、内部もそれっぽかった。

 ……いや、実際に城砦に入るとか、前のグレイツロープ城ぐらいしか経験ないけど、神殿と比べて装飾は少なく、質実剛健といった造りである。

 そして何より、冷える。

 でも日当たりがいいせいで、多分これでもまだ温かい方なのだろう。

 僕は幅の広い石階段を登りながら、思わず身体を震わせていた。

「……前にも同じ感想抱いたけど、石造りだと冬、きつそうだなぁ」

 ポツリポツリ、と僕達以外にも観光客が見える中、僕はそんな感想を漏らしていた。

「まあ、寒いのは厚着をすればよいのじゃ。夏の方が辛いのじゃ」

「でもこの辺りは夏も涼しいらしいよ」

「納得いかぬのじゃ!」

「……ケイは確か引き籠もりだから、夏も冬もエアコンつけっぱなしじゃないの?」

「それはそれ、これはこれなのじゃ!」

 エアコン付けっ放しは、否定しないらしい。

 そんな僕達に構わず、ジョン・タイターは二階、開かれっぱなしになっていた部屋の前で、足を止めた。

「で、ここがニワ・カイチの部屋」

 扉は開いた状態のまま、金具で留められている。

 そして入り口にはロープが張られていたので、僕達は手前で覗き込む事となった。

 ランプを模した灯のお陰で、視界的には問題ない。

 奥には木製の窓があり、隙間から日の光が漏れている。

 やたら大きな二段ベッドが左手に一つ。

 右手には机が二つ並んでいた。

 奥の机の脇には何故か、剣だの槍だのが立て掛けられており、机の上の棚にも幾つもの巻物が積まれている。

 一方、手前の机にも筆記具やら羊皮紙と思われる紙が机に広げられ、棚にも巻物が積まれているが、奥のそれに比べるといかにも乏しかった。

「二人部屋じゃの」

「僕も、てっきり個室だと思ってた。仮にも異界から来た勇者様でしょ?」

「あー、んー……まあ、そうなんだが」

 ジョン・タイターは腕組みしながら唸った。

「説明には書いていないが、元々は個室だったんだよ。ただ、成績があまりに凡庸なんで、学院一の生徒と一緒にさせたっていう」

 そして当時の、学院一の生徒といえば言うまでもない、後の玄牛魔神ハイドラである。

「……ああ、あの武具の数々は、そういう事」

 しかも、勉強熱心そうだ。いや、それともあの量が彼にとっての普通だったのかもしれない。

「そういう事だ。うっかり女も連れ込めねーって、両方嘆いた不幸な人事だった」

「平等に二人とも連れ込めば、よかったのではないのかの?」

「……!!」

「何でそこで、『その手があったか』みたいな顔になるんですか!?」

 ケイはさらに踏み込もうとしたが、入り口に張られたロープに阻まれてしまう。

「ふむ、立ち入り禁止か」

「さすがにそりゃアウトだな。一応言っとくが、監視カメラ付きだぜ。しかも踏み込めば、センサーが反応して、詰め所の警備員が飛び出してくる」

 振り返ると、天井近くになるほど、光るレンズがあった。

「試したんですか」

「いや? ただ、さっき見た財団に知り合いがいてな。ここの警備に協力してるんだよ」

「あー、そういえば考古学関係にも資金出してるんでしたっけ、ソルバース財団」

「そう。警備の装置は安心の太照製。確か賀集技術とか言ったかね」

「それは」

 嫌な予感がして、ケイを見た。

「ほほほほほう」

 とても楽しそうな笑みを浮かべていた。

 そして、監視カメラやセンサーの位置を確認し始める。

「おい、やめろ」

「いや、これは妾に対する挑戦と」

「挑戦してないからやめろ。破れても破れなくても困るからやめろ」

 必死に制止して、ようやく諦めてもらう事が出来た。

 改めて室内を見渡すと、道理でベッドが大きいはずだ。

 前にラクストックで見たハイドラの絵画を見るに、実際身体は大きかったのだろう。

 ニワ・カイチの机や棚にある巻物はハイドラのそれを比較すると、どうしても勉強量的に足りないようだが、ジョン・タイター曰くハイドラが異常であって、ニワ・カイチは普通の量なのだという。

 他に気づいた点と言えば、明らかな金属物の数々だ。

「……どう見ても、オーディオ端末としか思えない機械が机にあるんですけど」

 小さな四角い金属物からケーブルが伸び、それが二股に分かれている。

「それ以外の目的には、ちょっと使えそうにねーな」

 表面が光沢を持っている、掌サイズの石板状のモノもあった。

「あれ、携帯電話じゃないんですか?」

「いや、スマートフォンだろ」

「どっちでも大差ないですよ!?」

「妾達の制服に、よく似ておるの。あれは学院のモノかや」

 ケイの指摘に、僕は部屋を見る角度を変えてみた。

 ニワ・カイチの背後、つまり左手前にはクローゼットが有り、いくつかの服が掛けられていた。

 ローブやコートの中でも、薄い青色のブレザーは特に色鮮やかに目立っていた。

 ケイの問いに、ジョン・タイターは首を振った。

「違うな。魔導学院はあっちのローブが制服。あっちに掛かってるのは、元の世界のモノらしい」

 ふむ、とケイは頷き、再び机に目をやった。

「最後に、あのビー玉に似た玉は、技術部でもらった水晶球……ではないよの?」

 言われてみれば、机の奥に小さく虹色に輝く玉があった。

「いわゆる宝玉だな。召喚された時に、いつの間にか持っていたって話だ」

「ふむぅ……」

 説明不足と感じたのか、ケイは難しい顔をする。

 ジョン・タイターは釈明するように、小さく手を振った。

「そっちに関しちゃ、イフ国立博物館の方がいいな。あっちにはもうちょっと詳しく説明がされてるはずだ」

「む、憶えておくのじゃ」


 部屋の閲覧が終わり、寄宿舎の一般生徒の部屋も覗かせてもらった。

 ジョン・タイターの言葉に嘘はなく、なるほどハイドラはとても勉強熱心だったらしい。

 と、そこで急にケイが鼻を嗅いだ。

「ご飯の匂いがするのじゃ!!」

 そして駆け出した。

 言われてみると、何やら香ばしい良い匂いが、僕の鼻もくすぐっていた。

「もはや限界か」

「限界じゃ! さっきの軽食ではとてもではないが、もたぬわ」

 そして足早に、匂いの方角へと向かっていく。

 どうやら匂いの元は一階のようだ。

「……つくづく、昨日稼げてよかったなあと思う僕である」

「妾の成果じゃ」

「はいはい。そこは素直に認めますよ」

 何て軽口を叩いていると、広い場所に出た。

 長い木製テーブル同士をさらに繋げた、ロングテーブル。

 大人数が食事を取れる部屋の奥にはカウンターが有り、働いている何人かの年配の女性と湯気が見えた。

 席に座って食事を取っている客も数十人、見受けられた。……結構入ってるな。

「ここは当時の寄宿舎のメシを実際に体験出来る場所だ。ま、金は払ってもらう事になるがね」

 カウンターの奥には木の板が横向きに並んで張られ、どうやらそれがメニューのようだった。

 そしてケイはそれを素早く見渡し、一点を指差した。

「鍋じゃ! トモロカ鍋!」

 ケイが叫ぶと、威勢のいい声と共に鉄製の鍋が出て来た。

 中は鳥らしき肉や野菜が、白いスープでグツグツと煮えている。

「出るの早いな!?」

 待ち時間、五秒である。

「寄宿舎の生徒は多かったからな。スピード勝負だ」

「ちゃんと味染み込んでるのかなぁ……」

 ちょっと心配になる。

「何気にグルメじゃの、お主。おお、米の飯じゃ。皿で出てるのが少々微妙じゃがこの際我慢なのじゃ」

「いいから、席に座って食え。あ、僕も同じ鍋で」

 鍋と一緒にご飯も食べられるのなら、文句はない。

 トモロカ鍋を注文すると、掛け声と共にやはりすぐに料理が出て来た。

「……ホント、早いな」

 ジョン・タイターも同じ物を注文し、僕達は席に着いた。

 さっそく、鍋……というか、スープを掬って飲んでみた。

 白濁のスープは鶏ガラ系かと思ったが、いや、それもおそらく混じってはいるけれど……微かに甘い。

「んん、このまろやかな感じは牛乳か……?」

「お、分かるか」

「普通に分かりますよ。なあ、ケイ」

 ジョン・タイターと話ながらケイをの方を向くと。

「はふっ、ほふっ、うま、旨いのじゃ」

「……駄目だ、食うのに夢中で聞いちゃいない」

 しばらく、僕達は黙々と、鍋を食べ続けた。無駄話をする余裕もないほど、旨かったというのもある。

 寄宿舎全体がやや冷えていたというのもあり、身体の芯から温まる感じが、料理の味を何倍にもしていたのかもしれない。

「米は少し残すのじゃぞ。鍋の中身をさらった後、余った汁に入れるのじゃ」

「分かってるなぁ、おい」

 ジョン・タイターもケイに倣う。

 ……僕もやってみたけど、なるほど確かに米と汁の組み合わせは抜群に合っていた。

「当然じゃ。味の染みた汁を残すようなもったいない真似は、せぬ」

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