表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
71/155

魔導学院研究施設

 副神殿に入ると、急にケイが鼻を嗅いだ。

「わずかに薬品の臭いが残っておるの」

「マジか」

「マジで!?」

 僕どころかジョン・タイターも驚いていた。

「うむ。悠久の時を経てなお消えぬとは、相当に染み込んでおるのじゃのぅ……」

「犬かお前は……」

 呆れるのは、もう何度目になるだろうか。

「麻薬捜査犬とかになれるかの」

「なりたいの、それ? そういう職業に就きたいの?」

「選択肢が多いに越したことはないではないか」

 すると、ジョン・タイターは黒髪をボリボリと掻いた。

「あー……それじゃま、案内しようか。順路はあるけど、例によって全部詳しく説明してたら日が暮れちまう。重要ポイントとして、どれがいい?」

「無論、ニワ・カイチ関連」

 ケイは即答、僕も異論はなかった。

「……となると、ディーンの研究室かな。あと副保健室」

「副保健室とは何じゃ? 普通のとは違うのかや」

「保健室は本殿の方にあって、それは病気や怪我した生徒のためのモノだ。こっちにある副保健室は、主に身体や魔力の測定用」

「ああ、データの蓄積に用いる部屋なのじゃな」

「そういう事だ」

 頭の回転が速い奴がいると楽だなあ、と思う僕だった。


 そして案内されたのは、白い石で構成された部屋だった。

 石で作られた机やベッドなどが残されている。

 ジョン・タイターは部屋の一面の手前にある、三つの石碑を指差した。

 そのすぐ後ろ、壁には額縁が飾られている。

「で、ここにはニワ・カイチの師である深緑隠者ディーン・クロニクル、玄牛魔神ハイドラやニワ・カイチのデータが展示されている。最後の測定の時のモノだな」

「……よ、読めない」

 額縁に入っているのは、古い紙だった。

 横書きの文面は、現代の蒸語ですらなかった。

 箇条書きで少し間を置いて記されているのは、おそらく数字なんだろうけど、それも分からない。

「展示されてるってだけで、現代人が読めるとは言ってねえもんなぁ」

 ジョン・タイターが笑う横で、ふむふむと頷いているのはケイである。

「まあ、数字の書き込み具合で大体分かるぞ。言語学的に、数字というのは大体桁が大きいほど、形が複雑になるモノじゃ」

 ピシッと、ジョン・タイターの笑顔が固まった。

「ほほう、これは大したモノじゃのう。ハイドラとやら、ニワ・カイチの数倍は魔力が上じゃ」

 ジョン・タイターは引きつった表情を、僕に向けてきた。

「……何気にスゴクね、アイツ?」

「今更ですか、それ」

 一方、ケイの呟きは続いていた。

「それでもニワ・カイチが基本数値では平均を保っている点も、興味深いの。なまじ劣っていないだけに、追い出しも出来なかったという訳じゃ」

 その指摘に、ジョン・タイターも同意する。

「うん、そうなんだよな。例がゼロという訳じゃないけど、魔力の数値ってのは人間の身長や体重と同じで、上がることはあっても下がることはほとんどない。そして、一旦魔導学院には入れる数値を得れば、基本数値面で落とされることはない」

「成績は別、と」

「まーな。それじゃディーンの研究室に行ってみるか」

 三つの石碑に手を合わせ、僕達は次の部屋に移動することにした。


 案内された深緑隠者ディーン・クロニクルの研究室に、僕とケイは絶句した。

「すんごい植物まみれ……」

「……何が何やら分からぬの」

 部屋は茶色い根と緑の蔦に包まれていた。植物園かここは。しかし、見るべき植物も特になさそうだけれど。

 部屋全体がそんななので、多分大抵の人はすぐに通り過ぎてしまうと思う。だって面白くないんだもの。

「ま、資料的な価値としては、この異常生長した植物なんだが、それに関しちゃ植物学の分野だし、何百年も前から進められている。他の、歴史的な価値は古いって以外、正直ないな」

 だろうなあ、と僕も思う。

「残された、研究資料なども残っては……おらぬわなあ」

 特に期待してもいなかったのか、ケイの嘆息も短い。

「立場的には、魔導学院からオーガストラ神聖帝国に寝返った人間だからな。その辺はそつなくやったって事だろう」

 そう言うと、ジョン・タイターはそのまま廊下を進み始めた。

「あれ、どこ行くんです?」

 いや、進む事は進むんだけど、何やら目的地がある確信に満ちた歩みっぽい。

「ニワ・カイチと言えばもう一つあってな」


 そこはさっきのディーン・クロニクルの部屋とは打って変わって、整理された部屋だった。

 壁の一面には本棚があり、巻物が積まれている。

 また、別の壁には様々な道具類が吊られていた。

 中央には複数人が使うための長いテーブル。

 別の一角には炉が設置されている。

 まるで、秘密基地だ。

 そして余裕のあるスペースに、真新しいテーブルとガラスのケース、現代の蒸語で説明があった。

「展示室?」

「――に改造した、元技術開発部だな」

 僕の言葉を、ジョン・タイターが修正した。

「道具類の製作工房。ああ、なるほどそういう事かや」

 何だか一人でケイは納得していた。

「え、何どういう事」

「ニワ・カイチは魔力は、ここでの人並みにあったのじゃ。ただ、使う術がなかった。故にそれを補助するための道具を用意したのじゃな」

 僕も考えてみて、納得した。

 それなら魔術師でなくても、魔術が使える。つまりマジックアイテムで自分の力を補助していたという事か。

「そういう事。魔導学院の目的は基本学問であり、知識の習得だ。後年、オーガストラ神聖帝国との戦いのため、その力は戦闘用のモノが主だったが、それにしたって道具類の技術開発とは畑が違う。そういう意味では最初、異分野同士の交流という事になったんだが、これが予想外の好感触だった。ニワ・カイチには異界の知識があったからな。それも、技術分野では、当時のこの世界のそれを大きく凌駕していた」

「ああ、異世界ファンタジーの世界に携帯電話やテレビを持ち込むようなモノか」

「どっちも、電話局や放送局が必要じゃのう……」

 ケイの指摘に、普通に凹む僕だった。何でこう、たとえて気にもっと役に立つモノを挙げられないんだ。

「ま、オーディオ端末や腕時計だけでも、説明すればその時代の人間には驚天動地じゃろうのう」

 呟き、ケイは展示品を眺めていく。

 しばらくして、その足が止まった。

「…………」

 その様子がおかしい。

 ヒクッと口元が、引きつっている。

「どうした?」

 僕はケイに追いつき、聞いてみた。

「いや。この展示品が……その……ジョン・タイターや?」

「うん?」

 ジョン・タイターは、何だかニヤニヤしていた。

「説明によると、ニワ・カイチとの共同開発とあるが、本当かの?」

「書いてある通りじゃないのか?」

「む、う……」

 そして、僕も()()()を見た。

 ケイが翻訳してくれたが、説明を読むまでもなかった。

 僕は、いや、()()()()()()()()()()()()()()……!!

「これは……」


 地を揺るがすという札。

 銀の弾丸を放つ原始的な銃。

 同じく聖水を放つ銃。こちらは空気圧式で、銀の弾を放つそれよりもいくらか簡易的な物だ。

 不特定形の使い魔。いわゆるスライム。

 指でつまめるほど超小型の水晶球。

 地面に叩き付けることで様々な獣の声を出す炸裂式の玉の数々。

 憑依に用いるという、鬼や古代神オモティノスの仮面……。


「駄菓子屋さん?」

 僕の問いに、ジョン・タイターは肩を竦めた。

「実家が、そうだったのかもな」

「……これは、当時どころか現代のガストノーセンの人間でも、ちと理解出来ん代物じゃのう。太照の人間ならば一発じゃが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ