ユフ王の生誕祭
この国が、現在のガストノーセンに名前を変えたのは千五百年前、オーガストラ神聖帝国を滅ぼしたユフ・フィッツロンが国王の座についてからである。
つまり、彼女はこの国の初代国王と言う事になる。
その建国祭というのはまた別にあるのだが、ユフ王の誕生日、鳳凰の月十日とその前後に、このヒルマウントでは祭が行なわれる。
その生誕祭の場が、今僕達がいる市内という訳だ。
紹介される代表的なモノが、目の前のパレードであり市民は古代の様々な衣装やモンスターに扮して、踊り祝う。
特に多いのは、紙の面とビニール衣装で作った安上がりな小鬼だ。
それらモンスターや帝国軍兵士に扮した彼らは、通り掛かった勇者達の一行に斬られる。これは、己の中にある魔を断たれる事で、心を浄化してもらうという意味があるらしい。
自然、斬る係である勇者ユフに扮した者達は人気があり、特に公式に登録されている彼らには人だかりが出来ている……というのが、ケイが聞いた話だった。
なるほど、そういう事なら斬られる側である悪役、モンスターや帝国兵の扮装が多いのも、頷ける。
余談だが、グレイツロープの人間はやたら斬られる演技が上手いと、定評があるのだとか。
「で」
「うむ」
「何故に、僕らまでこんな格好をしているんだろう……」
ケイと知り合って数分後、僕達はお祭り群衆に巻き込まれた。
彼らは仲間を増やす事を楽しんでいたらしく、手当たり次第に紙の面とビニールの衣装を配ったりかぶせたりと、愉快なテロを行なっていたらしく、とても目立つ外国人である僕達は、その格好の標的だったようだ。
「よいではないか。これも旅の醍醐味という奴ではないのかの?」
赤いビニール衣装をマントのように広げて、ケイがクルリと回る。
鬼と言っても太照の角の生えたそれではなく、耳の長い邪悪な小人、という印象だ。
お面はゴムと、吊り上がった目と半月状の口に穴を開けたシンプルなモノ、衣装は多分これ、大きなポリ袋の底に首、左右に両腕用の穴を開けただけなんじゃないだろうか。要するにそれに頭を突っこめば、小鬼の完成だ。
ケイの赤とか僕の青のゴミ袋が一般的……というのもちょっと考えにくいので、お祭り用に販売されているのかもしれない。
「では、勇者達を探しにゆこう。襲って斬られるのだ」
さすがに視界と呼吸に難があるので、僕もケイもお面は頭の脇に引っかける。
「自殺志願者みたいだ。ま、せっかくタダでもらったんだしね。ありがたく使わせてもらうとするか」
「うむ」
そして歩き始める……が、ふと切実な問題が、頭をもたげた。
「……ところでしょっぱくも現実的な話を一つ、いいかな」
こういうイベントの時に野暮だとは思っていても、事は一応一刻を争うので、切り出さないわけにも行かない。
「む、何じゃ?」
「旅費の件だよ。持ち合わせが少ないけど、君はどれだけ持ってる?」
「ふ、そんな事か。心配ご無用、妾にはカードがある!」
チャキーンと、光輝く札のように漆黒のカードを掲げるケイ。
何だか高級そうなカードだったが、僕には基本的な疑問が浮かんでいた。
「カードを使ったら、普通に足がつくんじゃないか? いや、それでもいいって考えてるんなら別だけど」
「うむ?」
「いや、そんな不思議そうな顔をするなよ。当たり前だろ?」
「だ、駄目なのかや?」
「それを僕に聞いてどうする。実家の方が警察に届けたら普通にそれ、アウトだよな?」
「そういうモノなのかや!?」
「そういうモノだよ! っていうかそんな仕組みすら、知らなかったのか!?」
「では困るではないか! それはつまり、そこらの屋台で飲み食いすら出来ぬと言う事ではないか!?」
また、何かおかしな事を言い出した。
「落ち着け。常識で考えろ。そこらの屋台が、カードの読み取り機を持ってると思ってんのか?」
「え?」
「え、じゃなくて……」
心底、不思議そうな顔をしているケイに、むしろ僕の方が呆然としてしまった。
「え?」
「で、ではではでは妾は今、一文無しではないか!?」
「マジで!? まったく現金持ち合わせていないのか!?」
「ない!」
半べそを掻きながら、ケイが答える。
「先行き不安だったが、既にお先真っ暗すぎるだろ、おい……」
「ススムよ。お主は、どれほど持っておるのじゃ?」
「……まあ、よくて一日分ってとこかな」
一応、国を出る前に銀行で両替はしておいた。
といっても、この一日分も、僕一人分。ケイの分まで世話をするとなると、これがさらに半分になってしまう。
「では、お主も困るではないか」
「困るよ。だから、金策は練る。といっても大した事は出来ないけど、君がいると多少は交渉が楽だ」
「どういう事じゃ」
「えーと……」
周りを見渡す。
大通りから横に逸れた、やや広めの煉瓦敷きの街道だ。当たり前だけど洋式の建築は太照のそれとは違う異国の雰囲気があって、いい感じがする。あと、妙に違和感を感じると思ったら、電柱がないせいか。
この辺は祭の扮装をしている人間もいるが、普段着やスーツの人が多いようだ。
建物の軒先には鉄プレートの看板が下げられていて、ジョッキのは酒場だろう。他にブティック、お菓子屋、チケット屋とあり……目的のそれは、服・矢印・金袋で出来ていた。
「……うん、あった。あそこだと思う。何て書いてある?」
「古物商。む、お主壺や掛け軸に興味があるのかや」
「そりゃ骨董商だ。古物商っていうのは中古品の業者だよ。つまり、手持ちのものを売るって事。ただ、売るのに身分証明とかいるのか、そもそも太照でもこの手の店に入った事なんてないんだよなぁ」
ケイに説明しながら、店に向かう。
「だ、大丈夫なのかや?」
「入ってみないと分からないだろ。それに、向こうとのやり取りには君の通訳がいるから、よろしくな」
「お主、妾がおらなんだら、どうするつもりだったのじゃ?」
「そりゃ、ボディランゲージと知ってる限りの蒸語を駆使して、何とかするしかなかっただろうね」
一応、他にどっかの店で皿洗い、なんて案も考えたけど、そっちの方が更に難易度が高そうだ。
「……色々とすごいの、お主」
「単に開き直っているだけだ。これも、成功するとは限らないぞ。売るとしても、手持ちのモノなんて限られてるし」
と、店の前に立った時、鈴の音と共に扉が開いた。
「のわっ!?」
出て来た人と、店の中をガラス越しに覗き込もうとしたケイがぶつかった。バサバサバサ、と手に持っていた書物が地面に散らばる。
「余所見してると危ないだろ。すみません」
「いや、いい」
おや? と本を拾いながら思った。この人、太照の人か?
しかし問うタイミングを逃してしまった。
フードを目深に被ったローブの魔術師スタイル……これは、ユフ王と共に戦った英雄の一人、ニワ・カイチの扮装だ。
運よくも、斬る側の人間に出会えた訳だ。
拾った本を脇に抱えた彼は、僕らの服装に気づくとニヤリと笑った。
そして、手を掲げるとそれをケイに向けた。
「ぐわあっ!」
赤小鬼のお面を装着したケイが、胸を押さえて仰け反る。どうやら魔術師の見えない力に貫かれた……みたいな設定らしい。
魔術師の手が、僕の方に向けられた。
「う、うわあ……! ……で、い、いいのかな?」
僕も青小鬼なのでお面を装着し、やられたポーズを取った。
うん、と魔術師は納得したらしく、そのまま僕らに会釈をして、店を出て行った。
これで一応の儀式は、済ます事が出来た事になるのかな。
「……のう、ススムよ」
魔術師の背を見送りながら、ケイがポツリと呟いた。
「何だよ」
「スポーツ年鑑、というのはあれか、スポーツの歴史などが記されているのかの?」
どうやら、彼が落とした本のタイトルを見たらしい。
「……ルールとかじゃなくて、色んなスポーツの戦績とかじゃないのか? それがどうしたんだよ」
「いや、するとやっぱりおかしいの。今の彼が持っていたスポーツ年鑑は、再来年の分まで掲載されている事になる」
「再来年……って、二年後? そりゃ多分、タイトルか年代の読み違えだろ」
「であろうかの。蒸語は難しい」
何ておかしな話をしながら、僕達は店に入った。