狼頭将軍VSダービー
魔導学院の中を歩く。
無料パンフレットによると(もちろんケイが翻訳してくれた)、当時は魔法の灯りなどが照らしていたらしい。
が、現代にそんなものはない。
なので、灯りに模した電球が壁に設置されてる。
と言っても点々としたそれは距離があり、昼間でも薄暗い部分が所々にあった。
……こんな環境で勉強してたら、目が悪くなるんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
学院内は象牙色の柱が目立ち、僕達を見守っているのか見張っているのかよく分からない、翼の生えた悪魔じみた石像が、柱の上から僕等を見下ろしていた。
「まるで古代の神殿ですね」
僕の感想に、ジョン・タイターは首を振った。
「まるでじゃなくて、そのまんまだ」
広い廊下に、ジョン・タイターの声はよく響く。
「はい?」
「この建物は、魔導学院の為に建てられたモノじゃない。もっと古く、いわゆる古代魔法文明時代に、神殿として建立されたモノなんだよ。それを、1500年前には学院に転用したんだ。だから、魔術の練習の為の広い敷地がある。外の環状列石群だって、その古代魔法文明時代の代物なんだぜ?」
「へえ、てっきりあのディーンって人が全部用意したモノかと思いましたけど」
「その辺はどうだろうなあ。あのオッサン……じゃない、ディーン・クロニクルは経歴不詳でな。一説にはその、古代魔法文明の生き残りっていう噂もある」
するとケイが疑問を呈した。
「人間が、そんなに長生きできるモノかの?」
「アレが人間だなんて、誰が決めたんだ?」
アレ、というのはもちろん、クロニクル・ディーンの事だ。
うんまあ、たしかに人間離れした感じもしないでもない。
それはケイも同じだったようだ。
「……ああ、なるほど。人間だから寿命の限界があるのではなく、限界がないから人間ではないという話になるのじゃな」
化物じみているというか、吸血鬼っぽいというか。
それよりも、僕としてはこの建物に関していささか気になる点があった。
「それにしたって、神殿って言うのならもうちょっとこう、装飾があってもよさそうなモノなのに」
柱の上の化物の彫像、柱自体に刻まれた紋様。
あるとすればそれぐらいだ。
これが神殿だとするなら、象徴となる何かがあってもおかしくないと思う。
それとも、偶像崇拝を禁止するような宗教だったのだろうか。有り得ない話じゃない。
すると、後ろを歩いていたジョン・タイターが答えてくれた。
「ああ、神像だの神具だのは、魔導学院設立の資金として売っ払ったらしいぞ」
自分でもビックリするぐらいのスピードで振り返ってしまった。
「罰当たりだ!?」
一方、ケイは全然動じていなかった。
「じゃが、信心深いならともかく、滅んだ国の文明ではないか。それに別に置いとくだけにしておくよりは、高く買って大事にしてくれる人間に託した方が、それら道具類も幸せではないかの」
「いやまあ、そういう考え方も出来るけどさ……」
何か冒険活劇に出てくる盗掘家みたいな理屈っぽいなあ。
僕は呆れていたけど、ジョン・タイターはむしろ感心したようだった。
「……おぉ、まるで当時の人間のごとく、合理的だな、おい」
「む、ビンゴじゃったか」
「そのまんま全部って訳でもないがね。魔力がこもった代物とかなら、放っておかなかっただろうし」
そりゃ魔導学院だもんな。そんなのは、大事に保管していたか、研究対象にしていただろう。
しばらく歩くと、中庭に出た。
学院内が薄暗かったせいで、青空と太陽に思わず目が眩んでしまう。
「む……身体が溶けてしまうのじゃ……」
「お前が吸血鬼か」
「引き篭もりじゃ!」
えへん、と意味もなくケイは胸を張った。
「そういえばそうだったな」
この好奇心の塊みたいな女がそれとか、時々僕も忘れそうになる。
「随分とアクティブな引き篭もりだな」
ジョン・タイターも唸っていた。
「ですよねー。それにしても……」
ようやく視界が明るさに慣れてきて、中庭の様子が分かってきた。
中庭といっても、グラウンド並みの広さがある。
そして茫々に伸びた雑草に、石畳の歩道もほとんど隠れていた。
木々が生い茂っているけれど、どちらかといえばこれも、勝手に成長したって感じだ。
庭の石は砕けている。
要するに、誰も管理していない……ような印象を受けた。
「ここまでと違って、随分と荒れてるなぁ」
「ニワ・カイチの石碑で言えば第二部。無人となった魔導学院に足を踏み入れた時の話だ。ここで一旦休もうとしたユフ一行に襲撃者があった。これはその戦いの痕跡だ。ただ、荒れ放題にしている訳じゃないぞ。これでも、当時を再現しているんだ」
「……完全に放置しておるなら、雑草の茂り具合もこんな程度では済まぬの。歩道部分など見えるはずもない」
言われてみれば、その通りだ。……どうしてこう、僕は言われるまで気づかないかなぁ。
「そして、ユフ一行を襲ったのが――」
「銀輪鉄騎のダービーじゃの」
ジョン・タイターの台詞をケイが引き継いだ。
「え、もう分かったの?」
すると、ケイは草が細く踏まれている部分を指摘した。
「見よ。これは二輪車の轍の跡じゃ。わざわざこれも、作ったのじゃな。そしてここまでで、二輪車に乗ったオーガストラ軍など一人しかおらぬ」
それが、ダービー。
確か、グレイツロープで整備をしていたんだっけ。
あそこでは活躍はなかったけど、ここに来て再戦となったって事か。
「正解。ここで、銀輪鉄騎のダービーが部下を引き連れ襲ってきた。そして、これに応じたのが狼頭将軍ハドゥン・クルーガー。この時点では2人はまだ知らなかったが、親子対決が始まったんだ」
ジョン・タイターが答え、ケイは中庭を見渡した。
「戦う場としてはユフ王が対峙した洞窟よりも広いし、どちらにとっても都合がよさそうじゃの」
中庭を歩いていると、木製の看板があった。
絵に、狼頭将軍と二輪車に乗った戦士の絵があるところを見ると、ここの解説なのだろう。
……はて、もう一つローブ姿の魔術師も描かれているけど?
「ふむ、説明があるの。クルーガー親子の戦いの場。そして、ニワ・カイチの魔術戦の披露の場でもあったと」
「ニワ・カイチって魔術使えないんじゃなかったっけ?」
僕の疑問を、ケイは一蹴した。
「封印されている間に、使えるようになったのじゃろ。ふむ……主な戦闘スタイルは棍とあるの」
「それは格闘戦であって魔術じゃないだろ」
「うむ。最初に使ったのは大地を揺るがす札じゃったとあるの」
「土属性!? また不人気属性できたな!」
すると、ニワ・カイチはRPGでいう所の精霊系術者だったって事か。
なんて僕の推測を、ジョン・タイターは苦笑いとともに、手を振った。
「いやいや、そう結論づけるのはまだ早いぜ? この先に色々資料があるから、それを見てから判断したらどうだ?」
……こうして、僕達はさらに魔導学院の奥へと、進むのだった。