青い羽根にまつわる収録されなかった短文(5)
以前書いた、三日目の青い羽根の力が発揮されたのが、ここでの事だった。
正確には少し時間を巻き戻して、召喚の環状列石群での事だ。
「風が吹いてきたな……」
作業用ジャンパーのジッパーを上げるか、と考えた時だった。
懐が、青く輝いていた。
「げ」
そして、弱いながらも確実に、そこから力が漏れていた。
そんな僕の様子に、ケイも気づいたようだった。
「ここで出るか」
「ん? どうした?」
先に進んでいたジョン・タイターが、足を止めて振り返る。
だが、声を掛けるよりも早く、風景が滲み始めていた。
そして、僕は……同じ場所に突っ立っていた。
ただ、環状列石群こそ同じだけど、周りの風景はまるで違う。
そもそも、夜だ。
空には満天の星と月。
そして、祭壇の周囲には幾つもの篝火と、ローブを目深に被り杖を持った術者らしき人々が囲んでいる。
祭壇には白線で、複雑な魔方陣が書き記され、その中心には長身で痩せぎすの男がいた。
周りの術者達よりも幾分上等な仕上げのローブと杖。
年齢は三十半ばぐらいだろうか。
「来たか勇者よ。我が名はディーン・クロニクルという」
そして、ディーンの正面に尻餅をついていたのは、カーキ色をした軍用……モッズコートのフードを目深に被った少年だった。
服はコートの下に隠れていて見えないが、ズボンの色が明らかに鮮やかな青で、制服のそれと分かる。
ジョン・タイター……? と思ったが、目線がフードで隠れていて確証が持てない。声もそっくりなんだけど。
「勇者じゃねえよこの誘拐犯。ここはどこだ……いや、何だこの言語。日本語じゃねえ」
彼は自分の喉元を押さえた。
その言語は太照語ではないのに、僕にもちゃんと理解出来る。これは一種の精神世界だから、だろうか。
「ここはキノーのイフ。オーガストラ神聖帝国の侵攻から我が国を守る為、貴殿を召喚した。協力してもらいたい」
「キノーってのがこの惑星の名前……いや、そもそも惑星であるかどうかも、怪しいか。地面を亀や象が支えてても驚かねえぞ。イフは地名か……」
呟き、ニワ・カイチは頭痛を堪えるように首を振った。
「……何で、俺が協力しなきゃいけない?」
「勇者ではないのか」
「オーガストラ神聖帝国ってのはあれだよな。何故か頭にある知識によると、ん十万の軍隊だろ? それを倒す術を、俺が持っていると?」
「持っていないのか」
「方法ならある。知っている。一瞬で何百万もの人間を滅ぼせる手段ぐらい、俺の世界には普通にある」
もう一度首を振ったが、今度は否定の意味だった。
「が、この時代の文明じゃ無理だな。爆弾はおろか鉄砲ですら量産は難しいだろうし、そもそも魔術なんてモノがある世界で、それがどこまで有効やら」
「協力する気はあるのか」
ニワ・カイチは深く深く溜め息をつくと、立ち上がった。
そしてコートの埃を払い、フードを深く被り直した。その奥の眼光が、ディーン・クロニクルを睨み付ける。
「協力させたいなら、その気にさせろよ。……言っとくけど、俺怒ってるんだぜ? こっちの都合も考えずに問答無用で呼び出すとか、一体どういうつもりなんだ? ちゃんと元の世界に帰れるんだろうな」
「その点なら、大丈夫だ。ちゃんと帰還の術は用意してある」
ディーン・クロニクルは表情を変えず、即答した。
が、周りがざわめいた。
「ふぅん……」
確か、元に戻る手段はなかったはずだ。あれば、ニワ・カイチが帰還の術を求めて旅に出る理由がなくなる。
要するに、この魔導師は、目的のためなら平然と嘘をつく人だと言うことだ。
ニワ・カイチも彼らの様子で、何やら察したようだった。
だが、それを追求する事もしなかった。……まあ、今しても無駄だろうしなぁ。
呟いたのは、別の事だった。
「それにしても、どうせ呼ぶならイギリス人にしろよ。何で、たまたま修学旅行で現地来た高校生なんて、召喚するかねぇ……」
「イギリス? シューガクリョコー? コーコーセー?」
「俺が最悪の星回りだったって話だよ。向こうじゃ昼間だったがね。……元の世界に戻れるって話だけど、それは召喚された時点まで、戻れるのか?」
ディーン・クロニクルは答えようとして、口を止めた。
自分で言っておきながら、ニワ・カイチが考え込んだからだ。
「……待てよ。異世界だって言うのなら、そもそも、ここと向こうで時間の流れが一緒とも、限らないのか?」
その台詞に、これまで表情を変えなかったディーン・クロニクルの口元が、わずかに緩んだ。
「興味深い。魔力は並だが、世界の法の一部を理解しているのか」
「何度も似たような話を読んでいるとね、自分なりのそれを考えるようになるのさ。これでも読書家なんだ。読んでてよかったライトノベル」
言って、ニワ・カイチは改めて、夜の祭場、そして周囲の術者達を眺め回した。
「ま、期待には添えないと思うぜ。実はここの人達の筋力が俺よりもずっと弱いって事もなさそうだし、魔力だってアンタが今察知したのが確かなら並程度。それ以前に魔術なんて一つも使えない。召喚には成功したかもしれないけど、呼び出したモノに関しては失敗じゃないかね」
「それを判断するのは、私の務めではない。上の人間が決めることだ。失敗ならばまた、挑戦すればいい」
「出来るかねぇ。これ、結構大がかりな儀式だったみたいだけど」
「それは君の考える事じゃない」
「それもそうか」
「召喚の儀式は終了した。これより、王の下へ向かう。馬車を用意しろ」
ディーン・クロニクルが宣言する。
そして、風景が滲み出し……。
世界に光が戻った。
すぐ近くにケイがいたが、さっきはまるで気がつけなかったな。
「顔が見えなんだの」
「まあ、見えなかったけど……」
僕らは同時に、振り返った。
不思議そうに、ジョン・タイターが僕らを見返してきた。
「ん? どうかしたのか?」
「え」
その様子があまりに自然すぎ、逆に僕が狼狽えてしまった。
「さ、さっきの、見てないんですか?」
「さっきの? 俺には何か二人がいきなりボーッと突っ立っただけのように見えたぜ?」
嘘をついているようには見えない。
「ふむ……妾達は彼の行動を見ておらぬからの。ただ、師匠譲りという可能性もあるが」
師匠……ああ、ディーン・クロニクルか。
確かにあの鉄面皮だと、嘘か本当か分かりづらい。
なんて僕が納得している一方で、ケイはしきりに首を捻っていた。
「イギリス……ふぅむ……聞かぬ地名じゃのう」
こうして第三回の青い羽根の力の発動は終了した。
これが何を意味するかというと……その辺の解釈は後にケイがしてくれたし、ここで書いても重複するのでやめておこう。
ユフ王、狼頭将軍クルーガー、魔法使いニワ・カイチと来たのでこれはもう、偶然ではない。
次の力が働いたのは翌日、ラヴィットの大森林での事となる。