赤い木
「あの二人は、師匠であるディーンの魔術実験の手伝いをしていたんだ。ただ、その実験の前に騒ぎに巻き込まれて、使わずじまいだったんだが」
ジョン・タイターは平原の方を指差し、そしてこちらに指を戻した。
話の中ではまだ、ニワ・カイチと初代ドルトンボルの戦いが続いている。
外骨格は砕けた。
けれど、その後どうやって勝利した……?
「要するに外骨格の破壊はまだ、勝つための布石でしかなかった。ドルトンボルの外骨格は全身覆っててな、口も塞がれていたんだよ。それじゃ具合が悪かった」
つまり、口が重要だった……?
「だから外骨格を砕き、顔をがら空きにした。そして、その口に師匠の魔術を突っ込んだ」
師匠、ディーン・クロニクルの魔術。
はて、何だったかと僕が思い出すより先に、ケイが笑った。
「種の魔術じゃな」
「そう。当時のディーンは、食料関係の研究も進めててな。この辺りだと柿が丁度よかったんだ。そして、ドルトンボルの体内に種を投げ込み、そこで魔術が発動した」
「どうなったんですか?」
そう尋ねてから、僕も思いついた。
いや、もう答えなくていいです。そう言おうとしたけど、遅かった。
とても邪悪そうな笑顔を浮かべながら、ジョン・タイターはある一点を指差した。
さっきから、僕が気になっていた、赤い木だ。
「そこの赤い木が、言い伝えの名残だ」
「うわぁっ!?」
つまり、速効で木が成る種をドルトンボルの体内に投げ入れ、そこで魔術が発動。
生まれた柿の木が、ドルトンボルの身体を食い破って成長した……そして血を吸って生えた赤い木が今も残っている……という話になる。
「あ、あ、赤いのって、そういう事だったんですか!?」
「千年以上も赤さを保つとは、大したモノじゃのう」
「いや、そんな冷静に言うなよ超怖いよ!? まるっきりホラーだよこれ!?」
「こうして、初代ドルトンボルとの戦いは終わった。まあ、ニワ・カイチは手柄を全部、ハイドラに預けたんだが」
「何で」
よく分からない。
自分の手柄にして、何か問題があるのだろうか。
「当時のニワ・カイチは必死に、自分の世界への帰還方法を模索してたんだ。変に重要視されると困った事になるんだよ」
「ああ、仮に全てが終わっても、帰らせてもらえぬという事も有り得たの。何せ、自分の魔術も使わず六禍選の一人を倒してのけたのじゃ」
当時は魔導学院も健在だった。
研究材料としての価値はなるほど、充分ある。学院が元の世界に帰還する方法を仮に発見しても、隠蔽するかもしれない。
そういう事なら、ハイドラに手柄を全部預けても、不思議はないか。
「でも、手柄を譲られたハイドラの気持ちはどうなんだろ」
「だから、直後にハイドラは魔導学院を出たんだよ。武者修行の旅だ。もちろん、無許可でな。そしていつか学院にいるニワ・カイチと戦う為、オーガストラ神聖帝国の幹部になった」
ジョン・タイターは頭をボリボリと掻いた。
「ひとまずパロコは魔導学院が預かり、後にザナドゥ教団の元に届けられた。これでパロコの身は守られ、オーガストラ包囲網が作られようとした……訳だが、まあ、それから数年後、結局オーガストラ神聖帝国の侵攻は、止まらなかったって結末になるんだな」
「では、ニワ・カイチ達の行動は無駄だったという事かの」
パロコは守れても、結末が同じなら……いやでも無駄な人死にがなかっただけ、よかったんじゃないかと僕は思う。
「ところが、無駄じゃなかったってのが人生の面白いところでな。この話の続きはまた、別の場所で……って事になるか。もっとも、タイミング的に俺が話す事になるかどうかは分からねえが……さて、次に行こうかね」
ジョン・タイターはベンチから立ち上がった。相変わらず焦らす人だ。
「うむ。ちょうど足も休まった」
「って自転車漕いでるのって、殆ど僕だよね?」
しかしケイは僕の話なんてまるで聞かずに、先を進むのだった。
自転車で走る事しばし、それほど時間を掛けずにつぎの目的地に到着した。
既に魔導学院の敷地内らしく、そりゃ確かに各遺跡の間隔が遠かったら不便だろう。
到着したのは、大きな石を組んだ、建物だった。……まあ、建物と言っても、平たい岩を三方に立て、その上に屋根となる岩を置いただけの代物だけど。
「ここは、霊力を高める石室だ。ちゃんと中には入れるようになってる」
唯一開いている、口に当たる部分は下り坂になっており、中には……何もなかった。
ただ、薄暗い空間が広がっている。幸い昼間なので石で出来た部屋の全景を見渡せるが、夜になると完全に真っ暗だろう。
「おお、ちと寒いの」
「冷気が保たれてるのかな」
夏だったらちょうどよかったかもしれないが、この寒さだと厚着をしていても少々きつい。
「地面の霊気をくみ取り、これを魔力にする装置だな。前の墓石群が人の体内から魔力を精製しようとしたのとは逆に、これは外の魔力を集めるのを目的としていると言われている。……まあ、これで賄いきれなくなったから、あの無残な光景が生まれた訳だが」
平原に広がった墓石群を思い出す。
「発電機みたいなモノですか」
「その認識で、間違ってないな」
「人間から汲み取れる魔力とやらは、これと比較してどれほどなのじゃ?」
ケイの問いに、ジョン・タイターは腕組みして唸った。
「これが一基の発電機として、人間の魔力ってのはそうだな……自転車タイプの発電機を想像してもらえれば分かるか。頑張れば車ぐらいは動かせるだろうよ」
「ニワ・カイチはどれほどの魔力を持っておったのかの」
「元々は、まあ平均的な魔力の持ち主……魔導学院の水準での話な。だからこそ、召喚されたって事らしいんだが……まあ、その後、自分で鍛えて、自力魔力精製では学院内でもトップクラスだったって事になる。電力で例えれば、高速列車走らせるぐらいは出来たかな。もっともこんな真似、誰もしなかったから、当然と言えば当然なんだがな」
「何故です?」
自力で魔力を精製出来るのなら、便利だろう。
なのに、何故誰もそれを試みなかったのか。
「だって当時は周りに魔力が満ちてるのに、わざわざ自分で魔力精製しようなんて思わないだろ」
ふーむ、と今度はケイが唸る番だった。
「ニワ・カイチは……本来いる世界には、魔力が少なかったのかの? じゃとすれば、その行動も腑に落ちるの」
「何で」
「問答無用でこの世界に送られて、手土産も無しに帰れるモノかや?」
言われてみれば、それはあるかも知れない。僕もちょっと似たような状況にあるけど、少しは得るモノを持って、国に帰りたいと思う。
魔導学院で何かを習ったとしても、それを自分の国で使えないでは話にならない。
「ホント、勘の良い子だな。それが正かぃ……学者の間でも、それが妥当だって学説で納まってるぜ」
何故か、ジョン・タイターは途中で言い直した。
「現代は確か、魔力が少ない……んじゃったかの」
「昔に比べれば、そうらしいなぁ。ま、俺も当時の事なんて知らないけどさ」
「ならば、例えば現代に魔術師がいても、魔術は使えるのじゃな」
「何でそんな話をする?」
「青羽教とか、不思議な術を使うと聞くではないか」
「ああ、なるほどね。青羽教は多くが有翼族だし、空を飛ぶ分には不都合はない。それに例えばこういう古い場所で、魔力を得るって方法もあるぜ」
「なるほどのう」
……何故だろう。この二人のやり取りが、妙に狸と狐の化かし合いみたいに見えるのは。