柿の木林の戦い
森と言うほど深くはなくかといって、浅くもない。
まあ、林と呼ぶのが一番妥当なのだろう。
その入り口に自転車を置き、人の足で作られたらしい歩道を進む。
木の種類には詳しくないけれど、どの木もかなりねじ曲がっていて、夜にでもなればオバケでも出そうな雰囲気だった。
ジョン・タイターの説明によると柿の木だという。
ただ、実がなるのはもう少しだけ先という事らしく、ケイが残念そうにしていた。
「ホント、食欲魔神だなお前は」
「せっかくの特産品なのじゃ。口にせねば損ではないか」
「特産品なんですか?」
僕はジョン・タイターに聞いてみた。
「まあ、加工した酒やらアイスクリームやらは、売ってるんじゃなかったかね」
という言い方なので、否定ではないようだった。
そして、この発言に俄然張り切ったのが、ケイである。
「この先に、売店はあるのかや」
「魔導学院が観光地になってるから、そこの売店ならあるかもしれねーな」
などと話しながら足を進めていると、やがて前方に小さな建物が見えた。
先の祠に近いが、これはどちらかといえば純粋に休憩用の建物のように見えた。
八つの石柱が、八角形の屋根を支えている。腰ぐらいまである塀が建物をグルリと取り囲み、中にはそれに沿ってベンチが設置されていた。
「東屋……?」
「追われていた小坊主とニワ・カイチが作戦を立てた場所だ」
ジョン・タイターが叩く東屋の脇にあった看板には、そういう説明が記されていたのだろう。
僕達は東屋に入り、ベンチに腰かけた。
僕の隣にケイ。やや離れた所にジョン・タイター。
そしてケイはふぅむと唸った。
「そもそもの経緯が、今一つよく分からぬの。話に出て来る小坊主、確かパロコと言うたか。何故ドルトンボルに追われておったのじゃ」
時系列に沿って聞かないと、確かにちょっとよく分からない。
僕も黙って、ジョン・タイターの説明を聞く事にした。
「パロコは当時の年齢は六。師事していた僧の供で、旅をしていたところをオーガストラ軍に襲撃された。襲撃目的はオーガストラ神聖帝国を包囲して欲しいとザナドゥ教団の総本山に頼む親書だった。教会は各国にあり、それぞれの王家にも影響があったからな」
「なるほど、それは潰さねば具合が悪いの」
「イフの国境付近で襲撃を受けた教団は、親書を持ったパロコを逃がした。子供が一人足りないと気づいた工作員、この場合は草隠れのドルトンボルが、これを追った。そして巻き込まれたのが、向こうの――」
ジョン・タイターは僕達が歩いてきた方を指差した。
「――平原にいた魔導学院の生徒であるハイドラとニワ・カイチだった……って流れになるな」
「そして、ハイドラとドルトンボルが戦い、ハイドラが破れたんですね」
僕の確認に、ジョン・タイターは頷いた。
「ただ、それに関しては無謀と呼ぶかどうかは微妙な所だな。ハイドラは当時の魔導学院でトップクラスの実力を持つ生徒だったし、実際教師を上回る分野もあった。自信に伴う実力は充分あったと言える」
「それでも、ドルトンボルには勝てなかったんですね」
「ま、強いて言うなら相性の問題もあっただろう。魔術師のくせに、正面から戦うのを好む武将タイプのハイドラ。一方ドルトンボルは手段を選ばないし、力も最低限隠すタイプ。そもそも、六禍選であった事自体、その時のドルトンボルは隠していた。ハイドラから見れば敵は一人、油断もするだろうよ」
「詳しいのう。まるで見てきたようじゃ」
「資料として、ハイドラの日記が遺されている。そこに綴られていたんだよ。とにかくハイドラは敗れた。……が、その戦いは無駄じゃなかった。ニワ・カイチとパロコが逃げるだけの時間は稼げたんだからな。まあ、魔導学院まで逃げられれば文句はなかったんだが……」
「そしてこの東屋に逃げ込んだ」
僕は呟きながら、妙な木が一本生えているなと気がついた。
この東屋から少し離れた場所に、赤い木が生えていた。
他と区別するためか保護するためか、周りを低い柵で覆っており、何やら看板も用意されている。
あとでケイに翻訳してもらおう。
一方、ジョン・タイターの話は続いていた。
「逃げ切れないと悟り、迎撃の相談をするためにな。で、ここでパロコの真の素性が明かされた。オーガストラ神聖帝国の皇族でな、小坊主に変装して帝国から逃げていたんだよ。皇帝からすれば姪に当たる。弟夫婦である両親は当時の皇帝によって……というか、まあ洗脳能力のある白々しきワルスに、既に虜にされちまってたっつー話。親書も重要だけど、それよりも本人の身柄が何よりやばくて、一刻も早く総本山で保護する必要があった」
そうか、白々しきワルス。
話すことが真になる彼の力を使えば、洗脳は難しくない。
そこでふと、思いついた事があった……が、それはケイに先回りされてしまった。
「む、そういえばハイドラとディーンは後に、帝国側についたという話じゃが」
「あ、洗脳されたんじゃなくて、それは本人の意思。少なくとも記録にはそうある」
「どちらかの日記かや」
「いや、ワルスの方の記録」
「……ならば、納得じゃの」
洗脳されている人間は、あまり自分がそうされているという自覚はない……と思う。けれど、やった張本人の記録ならば、確かだろう。
話を整理する。
追われていたニワ・カイチとパロコは、ここで草隠れのドルトンボルを迎え撃つ事にした。
その時の策は……あれ?
「でも、ニワ・カイチって当時、魔術も魔法も使えなかったんじゃないんですか?」
「パロコが護身用に、教団から木製の符を預かっていた。周囲を凍らせる氷の符、高熱を放つ火の符、そして遠間からでも衝撃を与える打撃の符。これを用いてニワ・カイチが戦ったんだ。パロコは戦闘には不向きだったしな」
「うん?」
子供だったから、だろうか。
「耳が、聞こえなかったんだよ。だから、ワルスの洗脳も効かなかった。効くふりをして、国外へと逃亡してたんだよ」
ポン、とケイが自分の手を打った。
「ああ、それは言霊使いには単純にして絶大な回避手段じゃのう」
「それで、どうやって倒したんですか?」
「まず氷の符を使ったが、ドルトンボルを凍らせるには到らなかった。外骨格に寒冷地でも使えるような仕様になっていたらしい」
「デタラメな!!」
「次に火の符を使ったが、これも外骨格が耐火仕様になっていて、駄目だった」
そこで、ケイがピッとジョン・タイターを指差した。まるで、「犯人はお前だ」とでも言わんとしているかのようだ。
「だが、見えたぞ。その勝利のフラグ。熱疲労じゃな?」
熱疲労。確か、高温と急速な冷却を繰り返す事で金属を弱らせ、脆くする……僕のソースは漫画だったか小説だったかだけど、現実でも実際にある現象だ。飛行機の部品がこれを起こし、墜落騒ぎになった事もあった。
「へえ、分かるか」
「符は、一度で使い切りとは言うておらなんだ。複数回使い、外骨格を劣化させ、トドメに打撃の符で叩き割ったのじゃ! これは勘じゃが、当時にはその知識はなかったのではないのかの? ドルトンボルとて油断はする」
「お見事」
ジョン・タイターは手を叩いた。
けれどまだ勝負は着いていない。
「……いや、でもそれで外骨格砕けても、中の人間まで死んだとは限らないだろ?」
「む……確かに問題じゃの。一番の問題点はクリアしたとは言え、敵がプロの暗殺者ならば子供二人では勝てぬか」
「でも、それだとここで話が終わっちゃう」
そこからどうやって勝利したのか。それがまだ、語られていなかった。
それに、僕には疑問が残っている。それもかなり最初の段階からだ。
僕は、自分達が来た方を振り返った。
「……そもそも、何でニワ・カイチとハイドラは、あんな場所にいたんだ?」
「良い所を突いたな」
ジョン・タイターはニヤッと笑った。