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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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VS先代ドルトンボル

 丘を下り、平原を自転車で進む。

 舗装された道路ではないので、大変走りづらい。

「ああ、あったあった」

 それほど時間を掛けず、ジョン・タイターが自転車を停めた。

 そこには、一抱え程度の正方形の石碑があった。

 小さい割には、随分といい石を使っている印象だ。表面には、文字が刻まれている。

「ずいぶんとちっこい石碑じゃの」

「メインはここからずっと行った先だからな。ここはスタート地点だ」

 言って、ジョン・タイターの視線は平原の彼方に向いた。

「これ、何て書いてあるんです?」

「ニワ・カイチ、ハイドラと初代草隠れのドルトンボルの戦い。学生時代のニワ・カイチとハイドラが追われていた小坊主パロコを助けたエピソードだ。修行中、そのパロコと出会ったのが、ここに当たる。で――」

 僕の問いに、ジョン・タイターは視線の先を指差した。

「――ここからずっと向こうに行った林がある。そこでドルトンボルを倒した」

「あの、色々とツッコミ所があるんですけど……」

 初代って何。ハイドラと一緒? その小坊主って誰だよとか。

「ドルトンボルは、二代いる。ここで語っているのが初代ドルトンボル。そしてユフ一行に同行してから戦ったのが、二代目ドルトンボルだ」

「つまり、修業時代に初代を倒せたという事かや」

「もちろん、本人だけの力じゃないがね」

「えっと、ハイドラでしたっけ。六禍選、玄牛魔神のハイドラですよね」

 多分、そのハイドラの力も借りたのだろうと、僕は推測した。

「ああ、そっちが倒したんじゃないかって話か。いや、ドルトンボルと正面から戦って負けた。魔術師見習いが、プロの殺し屋と戦って勝てる訳ないだろ」

「ならばどうやって、勝ったのじゃ?」

「それは、向こうに着いてからのお楽しみってトコだな。その前に、墓石群があるから、そっちに寄ることになるだろうが」

 答えを保留されたまま、僕達は本来の道路に戻った。



 しばらく自転車を漕いでいると、やがて平原の左手に黒い点が目立ってきた。

 何かと思ったら……それは、点々と並べられた石柱だった。

 魔導学院生徒達の墓石群……とは聞いていたけれど。

「……これ、全部墓石?」

 自転車を停め、数を数えた。

 途中で諦めた。

 正確には、五百三十八あるという。

 石柱の大きさも形もまちまちだが、大体膝丈ぐらいの高さだろうか。

「結果的には、そうなる。ただし、石の役割はそれとはまるで異なるモノだったんだが」

「封印石のような模様が刻まれておるの」

 ケイがしゃがみ込み、石柱の正面、削られて平らになった部分を眺めていた。

「それは魔力を抽出するための紋だ」

 ふむ、とケイは立ち上がると、脇にあった説明用の木製看板に視線をやった。

 それを眺め、唖然としていた。

「お、おおー……これは、酷いのじゃ……」

「え、何が書いてあるんだよ?」

 だが、ケイは何かに圧倒されているのか、看板の前から動かない。

 代わりにジョン・タイターが教えてくれた。

「ニワ・カイチが巨大石に封じられて一年ほど経った後、オーガストラ神聖帝国が侵攻してきた。名目は当時のザナドゥ教教祖の保護。そして、これに対抗すべくイフ王家や魔導学院は総力を尽くしたが、それでもなお戦力は足りなかった。特に、魔術師達が使う魔力の絶対量が不足していた」

「あの、何だか、とても嫌な予感がするんですが」

「魔力ってのは、内と外に存在する。内ってのは人間の体内な。俺にもお前にも、ある。これは微々たるモノだが、修業次第で増幅することが出来る。そして外ってのはこの世界自体に存在する魔力のことだ。空気や大地にあるそれ……だが、エネルギーは使えば当然消耗する」

「じ、自明の理じゃな」

 どこか青ざめた表情で、ケイも呟く。

 どうやら戻って来たらしいが、ケイがこんな顔をするとは珍しい。

「だから、あるところから抽出することにしたんだ。王家と魔導学院の教師達は、学院に残っていた見習い魔術師達をこの地に生き埋めにし、強制的に魔力を抽出した。その結果が、これだ」

「生き埋め!?」

 僕は呆気にとられた。

 この、無数にある墓石全部に……!?

「魔術師ディーン・クロニクルはその魔力を以て、最強の術である十連大神嵐をオーガストラ軍に放った訳だが、当時オーガストラには新たな六禍選を迎え入れたばかりでな」

「それが、魔導学院を卒業し、オーガストラに拾われたハイドラという訳なのじゃな」

 ケイが、唸った。

「そういうこった。正確にはハイドラは、初代ドルトンボル戦で自分の力不足を悟り、卒業前に出奔したんだが」

 これは、オーガストラ城に遺された、ハイドラの日記に記されていたという。

 ……そして、だからこそハイドラは同級生達と共に生き埋めにされずに済んだとも言える。

「ここに生徒達の無念が恨みとなって残り、この土地は以来、呪詛に塗れたって結末なんだが……」

 なんてトンデモナイ事を、ジョン・タイターは言った。

「む、特に、問題はないようじゃが? 妾達も呪われるのかや?」

「それを鎮めたのが、あの祠だ」

 ジョン・タイターが指差したのは、僕達の進行方向にあるいくつかの石柱で天井を支えた、小さな祠だった。


 墓石群の端に、その祠はあった。

 中に入ると中央に小さな泉が湧いている。

 ケイが訳した看板によると、どうやら飲んでもいい……らしい。

 外国の生水って危険だって聞いたけど、喉も渇いていたので、飲ませてもらった。

 冷たい水が喉を潤す。

「ここは、祟り神となった生徒達を神として祀り、無念のまま散った魂の安らぎを祈る場所として、建てられた祠なんだ」

 ジョン・タイターが説明してくれた。

「太照の神社みたいじゃのぉ……」

「っていうか、ほぼそのまんまじゃないか? 御霊信仰(ごりょうしんこう)だっけ? こっちでも、そういう思想ってあったのか」

 僕達の疑問に、ジョン・タイターは頷いた。

「ニワ・カイチがユフ・フィッツロンによって封印を解かれた後、最初に見たのがあの墓石群の風景だ。当時のこの地は今言ったように、呪詛の土地になってて、それはそれは禍々しかったという」

「ルートを考えると、充分有り得る話じゃの」

「で、それを鎮めるため、復活して最初に用いたのが、鎮魂(たましずめ)の術だった……という話になるな」

 その鎮魂……が、この祠という訳か。

 最初からこんな立派な祠ではなく、ニワ・カイチが行ったのはせいぜい、石を積んだ臨時の鎮魂だったらしい。

 この祠が出来たのは、旅が終わってから。……それでも千年を超えるんだから、大したモノだと思う。

 時々地元の人が、掃除をしていくのだという。

 祠を眺めながら、僕の頭にふとある仮説が浮かんだ。

「……実はニワ・カイチってのは、異界じゃなくて太照かそれに近い所から召喚されたんじゃないんですかね? 和魂(にぎみたま)荒御魂(あらみたま)の概念とか、こっちではあんまり聞かない気がします」

 ジョン・タイターは否定しなかった。

「ま、極めて近い思想の土地、かもしれねえな。もしくはこうも考えられねえか?」

「はい?」

「この土地で亡くなったのは、ニワ・カイチの同級生や後輩だ。敵討ちの為、ユフ一行に同行したくなるのは、おかしくないだろ?」

「待って下さい。今の流れだとどちらかといえば、師匠であるディーンに対して、恨みが強くないですか?」

 だとすれば、ニワ・カイチが牙を剥くのはオーガストラ神聖帝国ではない。

 あんな非道を引き起こした、王家と魔導学院の教師達に向けられるはずだ。

「ああ。結局敗北したイフの王家は散り散りになり、国の体裁は残っていたザナドゥ教会が引き継いで何とか立て直したんだ。深緑隠者クロニクル・ディーンはその実力を見込まれ、オーガストラ神聖帝国にスカウトされたんだよ。ディーンは、研究が出来るなら上が変わっても特に、気にしない性格だったからな。そのまま魔導の研究を続けた。その成果の一つが、グレイツロープ城にあるんだが……」

 それは、僕も憶えていた。

「見てきたぞ。あの工房じゃな」

 ただなるほど、そういう事情なら、ニワ・カイチの怒りは当時ディーンの属していた、オーガストラ神聖帝国に向けられる。

「そうそう。で、話が逸れた。ニワ・カイチがユフ一行に同行する動機は充分だ。奇しくも、異界から召喚された勇者は帝国打倒っていうその目的に沿う形になった訳だ」

 皮肉と言えば、皮肉な話だ。

「旅が終わって、ニワ・カイチはいくつかの痕跡を残したが、その後歴史からふっつりと消えてしまった」

 という事は……。

「旅の末、遠い異国である太照に辿り着いても不思議はない……と?」

 そして、御霊信仰等を伝授した。

 発想が逆なのだ。

 太照からこちらではなく、このガストノーセンから太照へ文化が伝わった、という可能性があるって事か。

「あるいは、単に偶然同じ思想がまったく別の場所で生まれたのかもしれねえけどな。ま、その辺は国に帰ってから調べたらどうだ?」

 忘れちゃいけない、と僕はそれをメモしておいた。

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