封印の巨大石
自転車を走らせること五分。
僕達の前には平原が広がっていた。
遥か遠くに山脈が見え、なだらかな丘陵に林や大岩が点在している。
僕達は自転車を降り、小さな丘を登った。
そこに、ニワ・カイチが封じられたという巨大石があったのだ。
……遠くから実物が見えていた辺りから、なるほどと僕は思っていた。
「話には聞いていたけど……」
「でかいのぉ……」
「でかいなぁ……」
僕とケイは、改めてその岩を見上げた。
多分、三十階建てぐらいの超高層ビルぐらいはあるだろうか。
……もしかすると、このイフで最も高い建築物かもしれない。いや、ただの岩だから、建築物じゃないか。
正面はどうやったのか綺麗に削られ、複雑な模様や文字が掘られている。呪文の類なのだろう。
「これが、封印の巨大石。魔導学院の劣等生、ニワ・カイチが封じられたという石だな」
ニワ・カイチについて詳しいという、ジョン・タイターが説明してくれる。氏、はなしでいいという事なので、呼び捨てにさせてもらう事にしている。
「けどこれ、一体何をどうやって、封印するんだろう。入り口なんて、どこにもないみたいなのに」
僕は呟きながら、根本を見渡した。
少なくとも正面にはないが、裏にあるのだろうか。
「当時は魔術があって、岩を持ち上げる技術もあったんだよ」
昔の人間超すごい。
「そのような技術が、何故失われるのじゃ」
ケイのもっともな疑問に、ジョン・タイターは肩を竦めた。
「一般には科学の台頭が理由と言われてる。魔力と化学物質の相性は悪いとされていてな。そもそも、火をおこすってアクション一つとっても、いちいち師匠から技術を教わるより、ライター一発の方が便利だろ?」
ジョン・タイターが、ライターを着火するように、指を曲げた。
「大体、魔導学院ってのは学校だぜ。入学条件があるんだ。魔力が強くてそこそこ金がある人間。そんな選ばれた人間しか使えないような技術より、誰でも使える技術の方が広まりやすいに決まってるって話さ」
「では、今は魔術はないのかや」
少なくとも、僕の知ってる限りではない。
が、ジョン。・タイターは即答しなかった。
「あるとして、表には出ないだろ。廃れた理由の一説に、戦闘力に特化しすぎたってのもある。火炎球、風の刃とか、そんな魔術が使えたとしてだ、世界的に法に縛られている現代で何の役に立つってんだ? 応用は出来るだろうけど、例えるなら自分は銃やサバイバルナイフを持ってますって言ってるようなもんだぞ? ……ま、あったとしてもないのと同じ、って考えた方がいいんじゃないかね。廃れた魔術を追い掛けるより、現代技術を発展させる方が効率的だと思うぞ」
「ふむぅ……」
ケイが唸る。
僕としても、少なくともケイの場合は未知の技術を知るよりは、自分の得意分野を伸ばした方が、遥かにいいと思う。
それにしても、と思う。
僕は、天辺が見えない岩を見上げた。
「……で、この巨大石なんだけど、わざわざニワ・カイチの為にこんなの用意したんですかね?」
「それは半分正解、半分不正解だろうな」
「はい?」
「学者の話によれば、封印石ってのは魔導学院に元々あって、これはいわば補習室みたいなもんだったって事だ」
「補習室」
部屋もないのに。
いや、この根本にはあるって話だけど、確かめる術とかここにはないよなあ。
「そ。出来の悪い生徒をここに封じて、無理矢理魔術を叩き込む的な。どう説明したものかな」
すると、ケイが何かを発見したらしく駆け出した。
少し離れた所に、立て看板があったのだ。
横文字のそれを、通訳してもらう。
「ここに、説明があるの。封印の間は何もない空間とあるのじゃ」
「そうそう、そしてあれが本来の封印石」
といってジョン・タイターが指差したのは、巨大石の横にある台座。その上にちょんと置かれた石だった。
「……漬け物石?」
すごく、ちょうどよさそうな大きさだった。
「違ぇよ。あれが極端にデカイだけで、あれが元々の封印石だって説明が、そこに書いてあるんだ」
言われてみると、その石も上部が削られ、巨大石と似たような複雑な模様や文字が刻まれている。
台座を持ち上げると、そこに人一人入れる程度の穴があるらしい。
「で、封印された状態はゼロになるとある。無だ。ただ、これは有を簡単に生み出すことが出来る空間でもある」
「む、難しい……翻訳の問題?」
時々、海外の小説を読むと混乱するような、奇妙な言い回しだった。
ジョン・タイターは少し困ったような顔をし、僕を指差した。
「あー……目を瞑ってみろ」
「はい?」
「別に変な事はしねえよ」
なら、と目を瞑ろうとすると、不安なことを呟かれた。
「そっちの娘はどうか知らねえけど」
「するなよ!?」
「む、残念じゃ」
「残念がるな……」
危ない所だった……。
釘を刺してから、僕は目を瞑った。当然、真っ暗だ。
そこに、ジョン・タイターの声だけが聞こえる。
「でまあ、真っ暗闇だわな。大抵の生徒はまず光を生み出す。その後地面だの空だのを作り出す。封印の中は要するに、そういうイメージ具現化のしやすい空間だと思えばいい」
僕は、目を開いた。
そういう例えなら、ちょっと分かったような気がする。
「自転車の補助輪みたいなものかや」
「だな。外に出て、実習の魔術をスムーズにするための部屋だ。本来はな」
ジョン・タイターの視線が、隣にある巨大石に再び向けられる。
意味深な台詞に、ケイも僕も疑問を持った。
「ニワ・カイチの時は違うとな?」
「そんな、普通の補習室なら駅前の石碑みたいな記録は残らないですよね」
「ああ。こいつは牢獄としても、役に立つからな。外から鍵を掛ければ、中から出る事は難しい。これだけデカイ封印ともなれば、そうそう簡単には出られねえよ」
もっともらしく言っているが、それは答えになっていない。
僕達が聞きたいのは、何故ニワ・カイチが封じられたのかだ。
戦いの役に立たないから封じられた、というのは考えてみれば一見辻褄が合うようで、おかしな部分がある。
三年間も、そんな理由で封じるはずがない。否、ユフ一行が通らなければ、もっと掛かったのかもしれない。
「戦いの役に立たないから封じられた、ってのは史実じゃないんでしょうか」
「それも、見解の一つではある。が、全部じゃない。ちょっと考えて見りゃ分かるだろ。そいつが役に立たないんなら、魔導学院から放り出せばいいじゃんよ」
「いやでも、石碑の内容じゃ自分達の都合で召喚したんでしょう? 責任ってもんが」
「そんな事は知った事か」
ジョン・タイターはせせら笑った。
そして、皮肉っぽい表情を作った。
「……という考え方も出来たんだろうけどな。平時なら」
「なるほど、戦時中だからなのじゃな」
「そう」
ケイは、いち早く答えに到達したようだ。
僕にはまだ、分からない。
悩んでいると、先にジョン・タイターが答えを出してしまった。
「オーガストラ神聖帝国は、イフへの侵略を目論んでいた。さて、例えばその国が異世界から勇者を召喚したなんて事が明るみに出たら、どうなるでしょうか?」
「攻め込む理由になる! それが、封印の真相……!?」
確かにそんな危険な人物、役に立たなかったとしても放逐する訳にもいかない。
「戦いの役に立たないから、ってのも事実だろ。使い物になるなら封印なんてせず、戦力に数えてるからな」
「こう言っては何じゃが、殺した方が手っ取り早かったのではないかの」
ケイの意見は非情だが、もっともでもある。
国ぐるみなら、隠すことも可能だったのではないだろうか。
「石碑では第一部の最後の行に触れるんだが、ここには政治的な事情も少々あったんだ。ま、ここで全部説明するのも何だ。この先にその件もあるはずだから、その時でいいだろ」
最後の一行……僕は思い出す。確か、教師達の判断は大いなる間違い、だったか。
「焦らすのう」
「ネタバレを防止してるだけさ」
そう言って、ジョン・タイターは丘を下り始めた。
次の目的地は、魔導学院生徒達の墓石群だ。