ジョン・タイター
そして、僕達が到った結論はといえば。
「何か……僕だけ辛いような気がするのは気のせいでしょうか……!!」
「そのような事はないはずじゃぞ! 理論上、妾も体力を使っておる」
「つーか普通の自転車より重いし、これ……!!」
額に汗しながら、ペダルを回す。
そのペダルが、また踏み込むのに力が要る。
この自転車にはシートが前後に二つ有り、前に僕、後ろにケイが乗って同時にペダルを漕いでいた。レンタルサイクル店で借りたそれは、いわゆるタンデム自転車である。
どういう構造になっているのか、どうも僕の方に負担が大きいらしい。
「まあ、部品が多い分、かさばるのは当然じゃの。おそらく、お昼ご飯がとても美味しくなるのじゃ」
「それは大変結構なことで!!」
ともあれ、移動力は格段に上がった。
これなら、回れる遺跡の数も増やす事が出来るだろう。
――そう思った時期もありました。
「……うーん、アイデアとしては悪くないと思ったんだが、こうなると逆に時間を浪費しちゃう事になるのかな」
数分後、車道脇にてチェーンの外れた自転車の傍に、僕はしゃがみ込んでいた。
手はもう、油で真っ黒である。
「不幸な事故じゃ」
「別にお前を責めてないって。ガチで不幸な事故なんだし」
普通に走ってる段階からギイギイ言ってたし、ちょっとヤバイとは思っていたんだよなあ。まあ、だからこそ安く借りられたんだが……こういう事があると、時は金なりって言葉を思い出す。
「直るかや?」
「チェーンが外れただけだから、直ることは直るだろ。ただ……直せるって分かっててもすぐにそうはいかないのが人生でして……!!」
やり方は分かっているのに、修理自体はままならない。
力任せにギアにチェーンを嵌め込もうとしても上手く行かない。なかなかに厄介だ。
「むむむむむぅ、精密機器の修理なら得意なのじゃがのう」
「ま、こういう泥臭いのは僕の仕事……だけど、まあ、ちょっと待っててくれ」
「うむ……」
何て僕達がやっていると。
「チェーンが外れたか」
「え」
太照語だった。
振り向くと、短く刈り上げた黒髪に黒目の少年が、ロードレーサーを停めていた。
Yシャツの上に赤いパーカー、ベージュ色のカーゴパンツにスニーカー。
賭博師のように、右耳に何故かペンを掛けている。
僕らと同年代ぐらいだろうか、ただ妙に年上っぽい雰囲気があった。
「細かいことは気にするな。で、どうなんだ」
「あ、はい。チェーンです」
ふむ、とその人は頷き、言った。
「よし。それじゃ引っ繰り返せ」
「え、何を」
「そこの女」
彼はケイを指差した。
「逆立ちするのかや!?」
「違ぇよ!? アンタも協力して、自転車を引っ繰り返すんだよ! ほら、せーの!」
と、三人で何故かタンデム自転車を引っ繰り返すことになった。
ハンドル部分やシートでバランスを取り、逆さまにしても倒れることはなかった。
何故こんな事をするのかと首を捻っていたが、理由はすぐに判明した。
「こうやって、ギアを上向きにすると直しやすくなるんだ。新品の自転車だとハンドルとかに傷がつくからお勧め出来ないけど、これだけ使い潰してるのなら問題ないだろう」
「は、はぁ」
なるほど、彼の言う通り、ギアが僕の目の前にアリ、これは確かに修理はしやすくなった。
「ほら、さっさと直す」
「あ、はい」
チェーンを手に取り、ペダルを回しながら嵌め込んでいく。
修理は十秒で終わった。
「……本当にあっさり直せた」
あれだけ苦労したのに、魔法みたいだった。
「この状況で嘘つくほど性格悪くねーよ」
パーカーの少年は苦笑し、それから三人で再び自転車を元に戻した。
それから彼は、ポケットから紙を取り出した。
そしてそれを見てから、顔を上げた。
「エエト、旅行者カ」
何故か棒読みだった。
「観光です」
「感謝なのじゃ」
「ふーん……まあ、俺の場合は里帰りっぽい何かなんだが……ちょっと待ってくれ」
紙の字を読みながら、僕と会話する少年。
「何でいちいちカンペみたいなモノを読んでるんですか!?」
「色々事情があるんだよ! それももう終わりだから安心しろ」
何が何だか分からないけど、少年はメモをパーカーのポケットに戻した。
そして、道路の向こうを指差した。
「この先だとすると、封印の巨大石とかか」
「そうですね」
「ん、じゃあ一緒に行くか」
「え」
急な提案に、僕は戸惑った。
「だってお前、ここで分かれてもどうせ向こうで顔合わせるんだぜ? その時変に気まずくねえか?」
「……そりゃ、そうですね」
想像すると、確かに微妙な雰囲気になりそうだった。
それもスレ違いの一瞬といえば一瞬かもしれないけど。
「だったら、一緒でいいじゃねえか。まあ、夫婦水入らずが希望なら、俺の言ってることは野暮そのモノなんだが」
「夫婦!? 誰と誰が!?」
「ふふふ、兄妹と思われなんだ時点で妾の勝ちじゃ!」
「勝ち誇る場所、そこ!?」
不敵に笑うケイにも突っ込まなきゃいけないので、僕は大変辛かった。
「まあ、今のは悪い冗談だったか」
「そうですよ」
「今はツン期という訳だな」
「誰がですか!? しかも僕がヒロインサイド!?」
「あながち間違っておらぬの」
「だろう」
ケイと少年は、ガシッと握手を交わしていた。友情が芽生えたようだ。
「ええい、僕ばっかりツッコミさせるな! 今さっき体力使ったばっかりで、すごい疲れるんだぞこれ!」
「諦めろ。今この場で、俺達のヒエラルヒーは決したと言ってもいい」
「さりげなく僕を最下層にしてますよね、今!?」
「形的には逆三角形的なんだが」
「ほほう」
つまり上に二人で、下に一人。下が誰であるかは言うまでもない。
「最悪すぎる!!」
ドサリ、と音がして少年は振り返った。
ロードレーサーの後ろにくくりつけていた荷物が、落ちたのだ。
「っと」
荷物は小さなリュックで、開いた口から本がこぼれていた。
わずかに太照語の文字タイトルが見える。ガスト……とあったので、おそらくガストノーセン、なのだろう。
「太照の本?」
「この国を旅した太照人が書いた、紀行文さ。なかなか読み応えがあった」
「ほほう。タイトルは何というのかや? 興味があるぞよ」
ケイが覗き込もうとしたが、その前に彼は本をリュックにしまいこんでいた。
「内緒だ。ふふふ、俺は秘密主義でな。ちなみにこっちが観光ガイド。やらねえぞ」
と、パーカーの彼は太照語のガストノーセンガイドブックを見せびらかした。
「……僕的には、ガチで欲しい代物だ」
残念ながら、譲ってはもらえなかったが、しばらく旅の同行にはなってくれるようだった。
「ま、袖擦り合うも多生の縁だ。しばらくよろしくな」
「あ、はあ……こちらこそ、よろしくお願いします」
「うむ。賀集ケイじゃ」
そういえば、お互い名乗っていなかったことを思い出した。
「あ、相馬ススムです」
「丹羽加一だ」
「えぇっ!?」
ニヤッと笑い、彼は頭を振った。
「――というのは冗談で、ジョン・タイターだ。よろしく。あ、ハーフという設定だからこの名前でいいんだぞ?」
「……設定って、何ですか設定って」