二部作石碑と自転車
そして到着した遺跡の都トモロカ駅。
――を出た先は、見事な田舎だった。
正面にはバスのロータリーと大樹を植えた広場があり、車道を麦藁帽子を被った爺さんが鼻歌を歌いながら、トラクターを走らせていた。
その向こうにはのどかな田園風景が広がっている。家屋が少なくそれも低いので、尚更広く感じられた。
バスの時刻表を確認してみると、乗り継ぎのバスが来るまでに一時間弱ほどあるようだった。
「……何か、移動に苦労しそうじゃないか?」
「うむ、妾も同意見じゃ。何か、他に巡回用の車でもあれば……」
「あるか?」
「ないの」
一時間近く待つ、という手もあるが、あんまり時間を無駄には使いたくない。
大きな看板地図もあったので、必要な魔導学院跡の位置などを探してみた。そこそこ歩くけど……まあ、行けない距離でもなさそうだ。
「となるとここからは歩きか」
思わず、ため息が出る。
「否、よいモノがあるのじゃ」
くい、と僕の袖を引っ張るケイの指先は、少し離れた所にあったとある看板を差していた。
自転車の看板。文字も書かれていた。
「レンタルの……サイクル?」
そちらに向かって歩き出す。
……と、車道に沿って、台座に載った長細い石碑があった。縦に立てたシングルベッドぐらいの大きさだ。
「何だこれ」
「ニワ・カイチの記念碑のようじゃの。この土地生まれの英雄じゃからの」
ふぅん、と石碑を眺める。
何故か、横文字の碑文は途中で一端区切られ、それから続きが刻まれていた。
「何であれ、二つに分かれてるんだ?」
「かの魔法使いの説話は二部に分かれておるようじゃの。第一部が封印前。第二部が封印から解放された後じゃ。第二部がお主にとってはメインじゃの」
封印前と言うことは、第一部は修業時代に当たる。
僕が歩んでいるのは、ユフ一行の旅路だから、ケイの言う通りだ。
「まあ、そうなんだけど、第一部も軽く翻訳してくれるか?」
「よかろ」
という訳で、訳してもらった。
かつてこの島は、オーガストラ神聖帝国の台頭により、大きく乱れていた。
彼の国は強大な軍と不思議な術で領土を広げ、このイフにもその手を伸ばしていた。
イフはザナドゥ教の聖地であり、迂闊に手を出す訳にはいかない土地だが、それも時間の問題だった。
僧兵はいたが、戦力では帝国とは比べモノにならない。
そこで魔導学院の教師、深緑隠者クロニクル・ディーンが戦力増強のため、異界から新たな力を求めた。
こうしてイフの勇者として呼び出されたのが、ニワ・カイチだった。
ただし、呼び出された彼は戦力としてはまるで使い物にならず、魔術も使えなかった。
その為、ディーンの召喚術は封印された。
ニワ・カイチは三年間の修業の末、自力での魔力精製がせいぜいで、学院の生徒と比べても並以下であった。
救いがあるとすれば、生徒達は皆、ニワ・カイチに親切だった事だったという。
だが、戦いには使い物にならないと判断した魔導学院とディーンは、彼を封印してしまった。
後にこれが大いなる間違いであった事を教師達は知る事になるが、既に手遅れであった。
ケイが、言葉を区切った。
「ここまでが、第一部じゃ」
「酷い話だな、おい。勝手に呼び出しておいて、使い物にならないと分かると封印? どうして元の世界に戻してあげなかったんだよ」
「多分、帰還方法は、判明しておらなんだのではないかの?」
「それはそれで最悪すぎるだろ!?」
ケイに言ってもしょうがないんだけど、思わず突っ込んでいた。
「……いや、それともこれは、本人の意思だったのか? その、違う世界とやらで、契約みたいなモノをしていたとか」
ケイは、目を細めて碑石を見上げていた。
「いや、それは違うようじゃの。ややこしい文は省いておいたが、ニワ・カイチは向こうでは普通の学生であったそうじゃ。封印したのは……おそらくは戦時下だったからじゃろうな。穀潰しを養う余裕がなかったといった所であろ」
何にしろ、酷い話であることに違いはない。
書いてある通り、生徒達がいい連中だったのが、救いと言えば救いだろう。
それとは別にもう一点。
「……最後の一文が気になるな。何で間違いだったって事を知ったんだろ。英雄になったから?」
「第二部を読んだ限りでは、それとはちと違うようじゃの」
「違うのか……じゃあ、その第二部を頼む」
「うむ」
ケイは、続きを訳した。
ニワ・カイチの封印が解かれたのは、オーガストラ神聖帝国と戦うユフ・フィッツロンが、狼頭将軍ハドゥン・クルーガーを従え、逃亡生活を送っている最中だった。
封印されていた間に魔導学院は既に失われ、深緑隠者クロニクル・ディーンと玄牛魔神ハイドラはオーガストラ神聖帝国側についてしまっていた。
死んだ生徒達の供養を済ませたニワ・カイチは、彼らの仇を討つことを誓い、ユフ一行に加わる事となった。平和な世の中にならないと、元の世界に戻る方法を探すことすらままならない、という事情もあったという。
封印された空間の中で、ニワ・カイチは独自の魔術と魔法を身に着けていた。
草隠れのドルトンボル、クロニクル・ディーンとの戦いを経て、彼はこの地を旅立った。
オーガストラ神聖帝国が滅んだ後、彼はグレイツロープに遺されていた師の研究施設を継ぎ、またガストノーセンに繁栄をもたらせたが、やがて再び旅に出た。
その行方は杳として知れないでいるが、ユフ皇帝は彼が自分の世界に戻る旅に出たことを明言している。
「――というお話なのじゃ」
「なるほど。玄牛魔神ハイドラ、草隠れのドルトンボルってのはオーガストラ帝国の六禍選だったっけ」
確か、ラクストックの博物館で名前があったはずだ。
特にドルトンボルは昨日、同じ食の都で巨大な人形を見た。
「うむ。そして先程、第一部の最後の文の話をしたが、封印が解かれた時点で学院はなくなっておったという。では、間違いだったと悟る教師達もおらなんだはずであろ。という事はじゃ、ニワ・カイチが封印されている間に気づいたという事じゃ。すると必然的に、彼は封印される前に何かしでかしたのじゃ」
ケイの説明は論理的だった。
「……何したんだ」
すごい気になる。
「全部分かっては、ここから先に進む意味がないの」
「そりゃそうだけど」
まあ、ここは今は謎にしておこう。
忘れないように、メモを取っておく。
それとまだ、もう一つ気になる部分があった。
「……そういや魔術と魔法って、違うのか?」
「それも分からぬ。誤訳ではないから、意味はあるのであろうな。ま、学院跡で何か分かるかもしれぬ。分からんかもしれぬが」
ひとまず石碑は昨日ケイが作ったカメラで撮影しておいた。
レンタルサイクル店は幸い、もう開いていた。
やはり観光客用らしく、様々な文字で説明が書かれている……が、残念ながら太照語はない。
ケイに通訳してもらうと、思ったよりも安かった。
「自転車というのは、正直名案だ」
「であろう」
むふん、とケイが胸を張った。
が、僕には一つ、懸念があった。
「さて、そこで問題だ。お前、自転車乗れるか?」
胸を張ったまま、ケイは視線を向こうに逸らせた。
「何か言えよ!?」
「聞きたいかや? 大体、察しはついておると思うのじゃが」
「……えーえー、何となくそんな気はしてましたよ。乗れないんだな?」
さて、どうするかなー、と悩む僕であった。