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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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二部作石碑と自転車

 そして到着した遺跡の都トモロカ駅。

 ――を出た先は、見事な田舎だった。

 正面にはバスのロータリーと大樹を植えた広場があり、車道を麦藁帽子を被った爺さんが鼻歌を歌いながら、トラクターを走らせていた。

 その向こうにはのどかな田園風景が広がっている。家屋が少なくそれも低いので、尚更広く感じられた。

 バスの時刻表を確認してみると、乗り継ぎのバスが来るまでに一時間弱ほどあるようだった。

「……何か、移動に苦労しそうじゃないか?」

「うむ、妾も同意見じゃ。何か、他に巡回用の車でもあれば……」

「あるか?」

「ないの」

 一時間近く待つ、という手もあるが、あんまり時間を無駄には使いたくない。

 大きな看板地図もあったので、必要な魔導学院跡の位置などを探してみた。そこそこ歩くけど……まあ、行けない距離でもなさそうだ。

「となるとここからは歩きか」

 思わず、ため息が出る。

「否、よいモノがあるのじゃ」

 くい、と僕の袖を引っ張るケイの指先は、少し離れた所にあったとある看板を差していた。

 自転車の看板。文字も書かれていた。

「レンタルの……サイクル?」

 そちらに向かって歩き出す。

 ……と、車道に沿って、台座に載った長細い石碑があった。縦に立てたシングルベッドぐらいの大きさだ。

「何だこれ」

「ニワ・カイチの記念碑のようじゃの。この土地生まれの英雄じゃからの」

 ふぅん、と石碑を眺める。

 何故か、横文字の碑文は途中で一端区切られ、それから続きが刻まれていた。

「何であれ、二つに分かれてるんだ?」

「かの魔法使いの説話は二部に分かれておるようじゃの。第一部が封印前。第二部が封印から解放された後じゃ。第二部がお主にとってはメインじゃの」

 封印前と言うことは、第一部は修業時代に当たる。

 僕が歩んでいるのは、ユフ一行の旅路だから、ケイの言う通りだ。

「まあ、そうなんだけど、第一部も軽く翻訳してくれるか?」

「よかろ」

 という訳で、訳してもらった。


 かつてこの島は、オーガストラ神聖帝国の台頭により、大きく乱れていた。

 彼の国は強大な軍と不思議な術で領土を広げ、このイフにもその手を伸ばしていた。

 イフはザナドゥ教の聖地であり、迂闊に手を出す訳にはいかない土地だが、それも時間の問題だった。

 僧兵はいたが、戦力では帝国とは比べモノにならない。

 そこで魔導学院の教師、深緑隠者クロニクル・ディーンが戦力増強のため、異界から新たな力を求めた。

 こうしてイフの勇者として呼び出されたのが、ニワ・カイチだった。

 ただし、呼び出された彼は戦力としてはまるで使い物にならず、魔術も使えなかった。

 その為、ディーンの召喚術は封印された。

 ニワ・カイチは三年間の修業の末、自力での魔力精製がせいぜいで、学院の生徒と比べても並以下であった。

 救いがあるとすれば、生徒達は皆、ニワ・カイチに親切だった事だったという。

 だが、戦いには使い物にならないと判断した魔導学院とディーンは、彼を封印してしまった。

 後にこれが大いなる間違いであった事を教師達は知る事になるが、既に手遅れであった。


 ケイが、言葉を区切った。

「ここまでが、第一部じゃ」

「酷い話だな、おい。勝手に呼び出しておいて、使い物にならないと分かると封印? どうして元の世界に戻してあげなかったんだよ」

「多分、帰還方法は、判明しておらなんだのではないかの?」

「それはそれで最悪すぎるだろ!?」

 ケイに言ってもしょうがないんだけど、思わず突っ込んでいた。

「……いや、それともこれは、本人の意思だったのか? その、違う世界とやらで、契約みたいなモノをしていたとか」

 ケイは、目を細めて碑石を見上げていた。

「いや、それは違うようじゃの。ややこしい文は省いておいたが、ニワ・カイチは向こうでは普通の学生であったそうじゃ。封印したのは……おそらくは戦時下だったからじゃろうな。穀潰しを養う余裕がなかったといった所であろ」

 何にしろ、酷い話であることに違いはない。

 書いてある通り、生徒達がいい連中だったのが、救いと言えば救いだろう。

 それとは別にもう一点。

「……最後の一文が気になるな。何で間違いだったって事を知ったんだろ。英雄になったから?」

「第二部を読んだ限りでは、それとはちと違うようじゃの」

「違うのか……じゃあ、その第二部を頼む」

「うむ」

 ケイは、続きを訳した。


 ニワ・カイチの封印が解かれたのは、オーガストラ神聖帝国と戦うユフ・フィッツロンが、狼頭将軍ハドゥン・クルーガーを従え、逃亡生活を送っている最中だった。

 封印されていた間に魔導学院は既に失われ、深緑隠者クロニクル・ディーンと玄牛魔神ハイドラはオーガストラ神聖帝国側についてしまっていた。

 死んだ生徒達の供養を済ませたニワ・カイチは、彼らの仇を討つことを誓い、ユフ一行に加わる事となった。平和な世の中にならないと、元の世界に戻る方法を探すことすらままならない、という事情もあったという。

 封印された空間の中で、ニワ・カイチは独自の魔術と魔法を身に着けていた。

 草隠れのドルトンボル、クロニクル・ディーンとの戦いを経て、彼はこの地を旅立った。

 オーガストラ神聖帝国が滅んだ後、彼はグレイツロープに遺されていた(ディーン)の研究施設を継ぎ、またガストノーセンに繁栄をもたらせたが、やがて再び旅に出た。

 その行方は杳として知れないでいるが、ユフ皇帝は彼が自分の世界に戻る旅に出たことを明言している。


「――というお話なのじゃ」

「なるほど。玄牛魔神ハイドラ、草隠れのドルトンボルってのはオーガストラ帝国の六禍選だったっけ」

 確か、ラクストックの博物館で名前があったはずだ。

 特にドルトンボルは昨日、同じ食の都で巨大な人形を見た。

「うむ。そして先程、第一部の最後の文の話をしたが、封印が解かれた時点で学院はなくなっておったという。では、間違いだったと悟る教師達もおらなんだはずであろ。という事はじゃ、ニワ・カイチが封印されている間に気づいたという事じゃ。すると必然的に、彼は()()()()()()()何かしでかしたのじゃ」

 ケイの説明は論理的だった。

「……何したんだ」

 すごい気になる。

「全部分かっては、ここから先に進む意味がないの」

「そりゃそうだけど」

 まあ、ここは今は謎にしておこう。

 忘れないように、メモを取っておく。

 それとまだ、もう一つ気になる部分があった。

「……そういや魔術と魔法って、違うのか?」

「それも分からぬ。誤訳ではないから、意味はあるのであろうな。ま、学院跡で何か分かるかもしれぬ。分からんかもしれぬが」

 ひとまず石碑は昨日ケイが作ったカメラで撮影しておいた。


 レンタルサイクル店は幸い、もう開いていた。

 やはり観光客用らしく、様々な文字で説明が書かれている……が、残念ながら太照語はない。

 ケイに通訳してもらうと、思ったよりも安かった。

「自転車というのは、正直名案だ」

「であろう」

 むふん、とケイが胸を張った。

 が、僕には一つ、懸念があった。

「さて、そこで問題だ。お前、自転車乗れるか?」

 胸を張ったまま、ケイは視線を向こうに逸らせた。

「何か言えよ!?」

「聞きたいかや? 大体、察しはついておると思うのじゃが」

「……えーえー、何となくそんな気はしてましたよ。乗れないんだな?」

 さて、どうするかなー、と悩む僕であった。

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