相棒との出会い
そして一人で旅をしようと決意して、十五分後。
屋台通りを歩いていて、僕は衝撃を受けた。
何せ周りは普通の服かファンタジーっぽい衣装ばかりなので、小兵地上級私塾の薄緑のブレザーの上に白衣なんて目立つ格好の女の子、気づかないはずがないのだ。
黒髪だし、多分一般的に見て美人の部類に入る容姿だったっていうのもある。
そしてまあ、黒髪太照人、制服姿で目立つのは、彼女だけではなかった訳で。
「ぬ、お主も家出かや?」
目を輝かせて屋台を眺めていたそいつは、僕に気づいてノコノコと近付いてきた。
「何てこった。目の錯覚かと思ったら現実でしかも家出娘だって?」
「うむ!」
彼女は薄い胸を張った。
「おまけに今、もって言ったな? もって?」
「違うのかや?」
不思議そうに首を傾げる彼女を、僕は否定した。
「違う! 僕は置き去りにされただけだ!」
「それはそれで、かなりしょんぼりじゃないかのう」
「僕も今、そう思った……普通にへこむ……」
ちょっと、挫けそうになった。
「まあまあ、人生谷有り谷有り。よい事もあるかもしれぬ」
「下がりっぱなしじゃねえかよ!? その人生のどこにいい事があると!?」
「底辺には底辺らしい楽しみ方というのもあるかもしれぬぞ?」
「何気に酷い事言ってる!? いやいやいやいや、そんな話をしている場合じゃない。とにかく君は家出娘なんだな? 自由意志でここに残った」
「うむ! 賀集じゃ! 賀集ケイ!」
「ん? ああ、僕は相馬ススム。五組だ。君は?」
「では、妾も五組でよいぞ?」
「ん?」
「ん?」
ちょっと考えて、やっぱり理解出来なかった。軽く混乱した。
「今、変な事言わなかったか? 君、明らかに五組じゃないよな? っていうかいくら友達がいないからって、黒髪ロング眼鏡白衣のちびっ子なんて分かりやすい記号の固まり、、クラスメイトかどうかぐらい分かるぞ?」
「お主だってちびっ子ではないか」
「僕はちょっと背丈が足りなくてヒョロッとしてるだけだ!」
自分の密かなコンプレックスを指摘され、つい言葉が強くなった。
「情けない事でいばりんぼうじゃのう」
「ふん、まだ成長期は終わってないぞ。牛乳だって飲んでるんだ」
「まあ、希望は常に胸に抱いてもよいのじゃろうな。ただ、希望が眩いほど絶望も深いぞ」
「一見深い事言いながら、その生暖かい目はやめろ!」
まるで脈がないみたいな言い方は、やめて欲しい。
「しかしお主、友達が少ないという割にはずいぶんと、普通に話せるようじゃが? それともあれか、特殊な性的嗜好の持ち主か妾は貞操の危機か凌辱監禁か」
「人を勝手にロリコン扱いすんな! っていうかそれはあれだよ……周り蒸語ばかりじゃないか。太照語で喋られるだけで、安心するんだよ」
周囲の人々の話す会話も、露天の表示も看板も、全部ガストノーセンの言語……すなわち蒸語だ。当たり前の話だ。
これはこれで耳慣れてきたけれど、それでもやはり太照語には惹かれてしまう。
「ふむ、なるほど得心行った。それはそれとして、置き去りとはどういう事かや。何かの罰か何かにしてはちときついと思うのじゃが」
「そりゃお互い様だろ! 家出にしてはスケールでかすぎだろ!? 私塾の方でも、大騒ぎになるぞ!?」
「うむ、騒ぎにはなると思うが、それに関して私塾の方は殆ど関係ないのぅ」
「どういう事だよ」
「家の一番近くだったからと籍こそ置いていたモノの、ほとんど通っておらなんだからの。というか通学回数はゼロじゃ。いわゆるHIKIKOMORIであった」
「それ塾生として成り立っているのかよ!?」
「成績はちゃんと示したからの。妾の場合は向こうが受け入れてやる、ではなく妾が入ってやってもよいという立場だったのじゃ」
「……ちょ、超上から目線だ」
一体どこからどこまでが本当で、どこまでがホラなのか分からなくて困る。
「他にもまあ諸々の事情があっての、修学旅行の参加はこっそり塾のサーバーに侵入して、申請しておいた。資格自体はあったのじゃが、目的が家出故父上に知られるわけにはいかなんだ」
「……それは、俗にハッキングって言うんじゃないのか?」
「俗にも何も、ハッキングそのモノじゃの」
「何一つ悪びれてねえ!?」
「ま、とにかく修学旅行にこっそり紛れ込み、この地で無事抜け出したという訳じゃ。妾は自由じゃ!」
ばんざーい、とケイは細い両腕を掲げた。白衣のサイズが合わないのか、それともゆったりとした大きさ自体は好みなのか、袖が何度か折られている。
「だからどうして家出したとか……いやまあ、プライベートに関わるか」
「いずれ話す機会もあろう。ないかもしれぬが」
大体いずれも何も、ここで別れる可能性が高いので、変につつくのもどうかと僕も思った。一期一会の相手に話す内容
「どっちなんだよと言いたい所だけど、必要がなきゃ話す事もないな」
「そういう事じゃ。さ、こっちは話したぞ。お主の理由を聞こうか」
「……分かった。話さないのはフェアじゃないな」
そして僕は、自分がこういう状況に到った経緯を説明した。K原のやり口に引っ掛かり、バスに置いて行かれたのは、話しながら改めて腹が立ってきた。
「ふむぅ……お主も、苦労しておるのじゃな」
「……まあ、あと一年半踏ん張ればよかったのかもしれないけどさ」
上級私塾は三年制、今は二年生で問題なく卒業出来れば……連中とは縁が切れる。
けど、我慢出来なかったのが今回な訳で。
「人間は感情の生き物じゃからの。お主の苦しさは妾には分からぬし、積もり積もった鬱憤でそこまで追い詰められたという事であろう。しかしまだ、道があるぞ」
「何だよ。あの一行に戻るって選択肢か?」
「それもあるが、一足先に国に帰るという選択肢じゃ。妾が金を貸してもよい」
「――――」
「もちろん、タダでやる訳ではないぞ? 旅費は貸すだけじゃ。後でちゃんと返してもらう」
「そんな事する義理、君はないだろ」
ただ正直提案自体は、ちょっと面白いと思った。私塾の連中に一泡吹かせる事は出来る。……吹かせるだけで、何の利にもならないけど。
現実的にはパスポートもリュックの中なので、帰国は出来ないのだが。……ついでに言えば今、警察に捕まると僕はそういう意味では大変面倒臭い立場にある。
「遠い異国で知り合ったよしみじゃ。納得いかぬか?」
「そういう事なら、ありがたい。けど、やめとく」
「ふむ?」
「この旅を全うするって決めたんだ。だから、こんな序盤で揺らぐ訳にはいかない」
不安はもちろん、ある。
けれど、ケイほどではないにしても今、久しぶりに解放感を味わっているのも確かだった。
「頑固じゃのう」
「それにまあ、もう一つ理由があってね」
「聞かせられるないような内容ならば、聞こう」
「僕の成績は、芳しくない」
「む? それはどれぐらい……」
口を開き賭けるケイを、僕は制した。
「今、君が考えた悪い成績の、さらに二段ぐらい下だ」
主な教科はよくて赤点スレスレ、追試補講の常連だ。運動は下の上といった所か。
「真面目そうに見えるが、人は外見にはよらぬという事じゃな」
「よく言われるけど、ガラを悪くするだけの気力もないだけの話だよ。……というか勉強が楽しくない。ゲームやってる方が楽しいんだよ」
「なるほどのう。しかしこの無茶との因果にはなっておらぬの。続きを聞こう」
成績が悪い、イコールこの旅の理由とはなっていない、とケイは指摘した。
「……本当に頭がいいんだな。ま、ようするに足りない成績の補充がさ、修学旅行のレポートな訳さ。ちゃんと出せば、進級させてくれるってね」
「……このような事をしておいて、提出してもその契約が成り立つと思うのかや?」
「今は僕の中の、納得の話だよ。あのまま戻っても、多分修学旅行のレポートは書けなくなってただろう。ホテル謹慎処分食らって反省文書かされたとして、修学旅行のレポート何書けってのさ」
おそらくそれはそれで新たな救済策が出るかもしれないけど、それは何というか、多分楽しくない。
「だったら、自力で完成させるしかないだろ。後で却下されても、それなら僕は納得出来る。僕は、言われたモノをちゃんと書き上げたぞって。やり遂げようと思ってる事を中途半端に止められる事が、一番きつい。そっちの後悔は、絶対したくない」
書いたモノを評価してもらいたい、と思った。
「それがお主の譲れぬモノか」
「ま、そういう事かな。語りすぎた気がするけど」
「よし、では妾もお主の旅に同行しよう」
「今の話の流れでどうしてそうなる。同情か?」
「それもあるが、何というか面白そうだからじゃ。別に、一人旅でなければならぬと言う縛りはないであろう? それに……妾はこちらの言葉が分かるぞ?」
「!?」
それは、この右も左も分からない異国では、殆ど死活問題レベルの話だった。
「……黙ってるのはフェアじゃないから言うけど、その言葉が分かるって言うのが利用出来そうだから、手を差し出すんだけど、それでもいいのか?」
「お人好しじゃのう、お主」
僕の差し出した手を握り、ケイはブンブンと振った。
かくして、この五日間の旅は、二人旅となったのだった。
ちょっと予定より長くなりました。
思ったより早く片付いたので、一時間ばかり早めの更新です。
……多分、今回が本編のフォーマットになると思います。
ここまでのやたら地の文が多い方が、自分的には異例だったというか。
それでは次もよろしくお願いします。