そして舞台は次の都市へ
ヒルマウントを離れた白戸は、グレイツロープの中心部レアルタウンにある賀集技術ガストノーセン支部を訪れていた。
時間は夜の九時。
ヒルマウントで得た、相馬ススムや賀集セックウの荷物は秘書である早乙女ツバメに預けた白戸は、今まで賀集と共に保安部員の報告に目を通し続けていた。
応接室の床には書類が散らばり、一方テーブルにはテイクアウトの料理が並べられている。
二人はやや遅い晩飯と共に、今後の会議を行っていた。
話題の中心は、つい先程届いた電子メールだった。
「娘からメールが届いた。様々なサーバーを経由してきたから、発信元は探れん」
「そこは、想定通りという感じだな」
「当たり前だ。うちの娘だぞ。これぐらい普通にしてくる」
技術的な自慢をされても今は困るのだがな、と白戸は思った。
それにしても、ドルトンボルで買ってきたという、このパスタはなかなか旨い。
「それはそうだが、つまり戻ってくる意思がないという事でもあるな」
「うむ」
「内容は」
「閃きを得る為の旅だとある。どうやらあの子は、スランプだったらしい」
そして、賀集は額を押さえ、深い溜め息をついた。
「まったく気づかなかった……」
「被保護者に苦労しているのは、お互い様だな。返信は出来ないのか?」
バクバクモリモリと子ひつじ入り野菜スープやらピザやらを口に入れながら、白戸は尋ねる。
「無理だな」
まあ、その点は期待していなかった白戸である。
「うちの子に関しては、書いてあるか?」
「ああ。相馬ススムと共に旅を続けている。いずれ戻るとだけあるな」
「本当に、必要最低限な文章だな」
短く呟き、思い直す。
「いや、長く書くとボロが出ると考えたか」
何か目的があるのか、だとすれば長文はまずい。長い文章はそれだけ、情報を漏らすと言う事に繋がるからだ。
その時、扉が開きパンツスーツの麗人が入ってきた。
早乙女ツバメだ。
「先生の注文の情報ですが」
話し掛けてきたのは、上司である賀集の方ではなく白戸に対してだった。
「ああ、どうだった」
「ヒットしました。短文ブログ系のサイトにキーワード:ゲームで、それらしい人物の目撃情報が複数存在します」
「場所と時間は」
「グレイツロープ、ガストブリッジにあるゲームセンターです」
ツバメの答えに、俯いていた賀集がガバッと顔を上げた。
「目と鼻の先じゃないか!? そんな近くにいるのか!?」
「落ち着け、賀集」
鰻のパイを頬張りつつ、白戸は頭の中で状況を整理する。
「つまり彼らはヒルマウントから離れ、こちらに来ているという事だな」
「この情報が確かなら、ですが。写真もあります」
ツバメが差し出した書類にはなるほど、携帯かスマートフォンか分からぬが、とにかく写真が撮影されていた。
古い建物を利用したゲームセンター内で、人混みを掻き分け逃げ出す男女の組み合わせだ。
若い男の方はハンチング帽に眼鏡、作業用ジャンパーの現地労働者風、手を引かれている少女は緑のニット帽に赤のポンチョコートというちょっといいトコ風の娘と言った感じになっている。
「それっぽいな」
「娘だ! 間違いない!」
「社長の話は、半分ぐらいにして聞いて下さい」
「そうだな」
「お前ら酷いな!?」
部下と先輩にないがしろにされ、賀集は涙目だった。
「熱くなりすぎていますから」
「現状、組み合わせが同じというだけだ。判断を下すのは早すぎる」
ただ、古物商の話と一致する服装でもある事だし、二人である可能性は高い。
「この少年はゲームが得意なのですか」
ツバメの問いに、白戸は頷いた。
「本人曰く唯一の取り柄らしい。ただ、実力は確かにある。いくつかのゲームでは全国レベルだと聞いた事がある」
この辺の内容は、生徒指導時の情報に基づく。
「ここでは今日、ガストノーセン国内大会の予選が開かれており、その優勝候補パオン・フェニキスと対戦したそうです。対戦ゲーム、ご存じですか」
「知っている。格闘ゲームだな」
「そして圧倒的な勝利。因縁をつけたパオンを投げ飛ばし、逃走したという事です。コメントでは『神業を見た』だの『スーパーイリュージョン!!』だのと言われています。ネットでは動画も上がっていますね」
なるほど、大したモノですとツバメは言うが、白戸としてはゲームの内容はどうでもよかった。
「そっちの話はいい。どの方向に逃げたか分かるか」
「ホクフィールド方面との事です」
つまり、それはこのレアルタウンに近付いている、という事だ。
「……灯台もと暗しとは、よく言ったモノだ」
その時点で、大体午後の三時頃。
遠く別の場所に移動した……という線もあるが、それは今考えてもしょうがない。
今ある最新の情報から、この付近にいると考えて……。
「しかし、今探すのは困難だろうな」
警察にもう一度相談して、宿をしらみつぶしに探すという手もある。
が、その警察の人手が今足りないのだ。
ツバメがそれを察したようだ。
「怪盗騒動がありますからね。人の数も、普段の数倍です」
地元の野次馬に加え、観光客も多い、という事だ。
「それを狙ったのか、単なる偶然かは分からないが……」
「だが、やらないよりはマシだ。保安部の連中は、派遣しておいた。それと昼に依頼していた探偵も、助手の話では明日からなら動けるという話だ」
賀集は携帯を手に、立ち上がった。
「探偵まで雇ったのか」
「地元のな。ハドック・アパルトという妙な奴だ」
白戸も、その名は聞いたことがあった。
つい先程、ニュースでみた名前だ。
「ああ、怪盗ソンゴクウの事件の方が先約だったという訳か」
「そうだ」
「探すのは困難かもしれないが、例のイベントの野次馬の中に二人が混ざっている可能性はあるな」
「そうだ。……昼間なら、ヘリや飛行船からの撮影で、探す事も出来たかもしれないが……」
「この暗さでは難しいだろうな」
賀集技術では、デジタル機器の開発にも力を入れている。
とはいえ、いくら暗所用の設備があろうとも、昼間よりもその精度が落ちるのは否めない。
「衛星の使用も検討していましたが、この国の政府との交渉になってしまいますので断念しました」
ツバメが補足する。
「それで、今晩見つからない場合、どうしましょう」
「当然、この近辺をさらう」
断言する賀集に対し、白戸は言葉を濁した。
「俺は……少し考えさせてもらいたい」
思う所があったのだ。
「何か、気になるのか」
「その、何が気になるのかが分からん。明日までに思いつかなければ、保安部と行動を共にしよう」
どうにも、白戸には相馬ススムの動きが気になった。
何故、ヒルマウントからこのグレイツロープに移動したのか。
答えは見えているような気がするのだが、そこに届かないのがもどかしい。
……しかし、悩み続けても答えが出ない。
白戸は少し、考えを切り替えてみることにした。
「そういえば、青羽教に関してはどうなんだ。相馬はさておき、お前の娘の事を考えれば一応神経は尖らせておく必要があるんだろう?」
「そうだな。入手した情報では、昨日から特に大きな動きはない。青羽教には教主を含めた幹部が十人いてな。昨日の時点で二人減ってくれたが、この調子で宗教自体なくなってくれると助かる」
昨日は、支部の乱戦で有翼人最速の『燕』、教会前で夜目の利く『梟』が何者かに倒されたという話だった。
「とにかく、ご苦労だった。明日もよろしく頼む」
「ああ、それはこっちの台詞でもある」
宿直室があるらしく、白戸はそこに案内してもらえる事になっていた。
と、部屋を出る前にふと、白戸は思いついた事があった。
「……賀集。捜索とは別に一つ、頼みたい事が出来たんだが、いいか?」
ちなみに。
白戸の中にあった疑問が、相馬ススムの目的が『修学旅行を全うする』事にあるのでは? という結論に到ったのは、翌日目が覚めてからとなる。
そしてこのタッチの差が、二人を次の目的地へ無事導くことになったのだった。
これにて二日目終了です。
次回から三日目の目的地イフに突入します。