ケイの悩み
今日歩いたルートも、ついでに整理してみた。
まず手帳の中央にレアルタウンと書き込む。これはビジネス街で行っていないんだけど、都市の中央なので必要だった。
それを中心に、円を描く。
レアルタウンの北、十二時に当たる場所にグレイツロープ駅。
これを経由し北東方面大体二時ぐらいだろうか、ここがグレイツロープ城。
地下鉄に乗っての移動になったが、南六時の辺りがネオン・ナウスライン(地下鉄名:ズーロント)。
ここを北上するルートに電気街ガストブリッジ、今僕達のいるホクフィールド、そして食の都ドルトンボルがある。
レアルタウンとドルトンボルは目と鼻の先だ。
……改めて整理してみると、西方面にはまったく行っていないな。
一方、明日の予定であるイフのルートはシンプルだ。
目的地は大きく二つ。
一つはイフの駅。ここから西に行ったところに寺社施設が多く集っている。
そしてもう一つは、この駅から大きく南下した所にあるトモロカ遺跡群。午前中に回る場所で、主にニワ・カイチに関する資料、封印の巨大石やユフ皇帝治政時代よりも遥か昔にあったという古代神殿を利用した魔導学院はここにある。
ニワ・カイチは魔法使いだ。
ただ、魔導学院ではあまり成績はよろしくなく、何らかの不興を買って封印されてしまった。
その封印を解いたのが、逃亡生活を送っていたユフ・フィッツロンであったという。
そしてその恩義を感じ、ニワ・カイチは彼女の仲間になった。
一行の中では、知恵袋的な役割を果たしたという……いやまあ、戦士職とかに比べりゃ、そりゃそういう仕事になるよな。
僕の大ざっぱな知識では、大体こんな感じか。
手帳を覗き込み、ケイが呟く。
「ふむー、そこでまた何か、新たなインスピレーションを得られればよいのじゃが……」
「インスピレーション?」
「閃きじゃ」
「意味を聞いてるんじゃないよ」
僕の旅はレポートが理由だけど、ケイの目的はどうやらそこにあるらしい。
「ふむー……」
ケイは少し考え、小さく頷いた。
「ま、あれじゃの。そちらの家庭の事情も少し聞いたし、こちらも出すのがフェアというべきかの」
「いや、別に話したくなきゃいいんだけど」
興味はあったが、プライバシーにまで触れるとなると何だか躊躇してしまう。
「我慢は身体によろしくないぞ。好奇心はあるはずじゃぞ」
「ま、そりゃそうだけど。なら、差し障りのない範囲で」
「そうじゃのう。実はの、賀集技術の商品のアイデアとかシステム、あれのほとんどは妾が出しておる」
いきなりの、爆弾投下である。
「企業機密! それ超企業機密! 産業スパイに聞かれたら、掠われちゃうレベルでヤバイ話だ!」
僕は周囲を見渡した。
幸い、客の誰も注目した様子はなかった。
うん、よかったここが外国で。
思わず、声を潜めてしまう。
「つか何それ、お前メチャクチャ重要人物じゃないの? ……ああでもそうか、昨日の教会の話も考えると、それも別段おかしくないのか」
「あっさり受け入れたの」
「実力はさっき、ジャンク品で見せつけられたし、何だかんだで教授とかの権威は説得力の一つだよ。えーとつまり……あれか。スランプか」
僕の推測は、間違っていなかったようだ。
「ま、そんな所じゃのう。困った事にここ最近、アイデアが出なくて困っておったのじゃ」
「なるほど、それで外にそれを求めたと。確かに煮詰まった時って、散歩したり風呂入ると良いアイデア出るって言うな」
「そうなのじゃー……妾はこれが出来ねば穀潰しじゃからの。それなりに頑張らねばならぬ」
そのケイの発言には、ちょっと違和感を覚えた。
「……立派と言えば立派だけど、こー、それ言ったら完全に穀潰しな僕の立場がまるでないんですけど。大体、役に立つ立たないで親が……」
それからふと、ウチの親を省みて、頭を抱えてしまう。
「……困った。これは僕が言っても説得力がまるでない」
言っちゃ何だけど、親の愛情という点に関しては、人を説得する自信なんてまるでない僕である。
「じゃのう」
「いやでも、ウチの親はそもそも無関心だけど、そっちはちゃんと聞いたのかそれ? 役に立たなきゃ捨てられるのか?」
「妾が新たな発明をすると、喜んでくれるのじゃ」
「しなかったら?」
ふむ……? とケイは思い出すように、天井を見上げた。
「……特に何もなかったのじゃ」
「特に何もなかったってのは?」
何もない、と言うのにも色々ある。
この場合は、用が済んだらそのまま興味を無くす、と言う風にも取れるし、それを責めないけど親子として接するとも取れる。
「父上は大量のお土産を持って帰ってきては、普通にご飯食べてテレビ見て、一緒に風呂入ろうというので蹴り飛ばしたりするのじゃ。母上が夭逝してしまったからの。甘えん坊さんじゃ」
「お前それ、普通に仲いい家族じゃんか……」
……よすぎる気もするけど。
「ただ、仕事が忙しいので、滅多に会えぬのじゃ」
「ま、大会社の社長なら、それもそうだろ。つか親と一緒に風呂入るのはアウトで、昨日知り合ったクラスメイトと一緒に寝るのはいいのか。お前はどんなビッチだ」
「人柄にも依るのじゃ。お主、妾を抱き枕にして、一晩過ごそうとするのかや?」
何だかすごい父親らしい事は、分かった。
むしろ愛情多すぎ。
「……前言撤回しとく。あとまあ、大体お前の父親の人柄は掴めたような気がするし、絶対ホテルの宿を一緒にしたとか言うなよ。身の危険を感じるから」
「うむ」
――ちなみに後日、この事をスッパリ忘れて同室であった事を普通に父親に暴露したケイである。
「実際、今からでも電話して、確認したらどうだ?」
店にある公衆電話を、僕は指差した。
「ふーむ……それも手じゃが」
一瞬腰を浮かせたケイだったが、すぐにまた腰を下ろしてしまった。
「そうじゃの。メールだけは出しておくのじゃ。もちろん場所は特定出来ぬようにはしておくが」
「いや、何でだよ」
なるほど電話だと逆探知の可能性はあるだろうけど、問題はそこじゃない。
つまり今のケイは迎えに来られては困る、という事だ。
「居場所が割れたら妾は回収されてしまうぞ。お主、妾抜きでここからの旅を続けられると思うのかや?」
ニヤッと笑うケイに、僕は少し考え、あっさり答えが出た。
「……出来ない訳じゃないけど、予定通りには無理だな」
「くくく、まあそういう事じゃ」
そしてケイは再び深く、椅子に腰を落とした。
「じゃがま、スッキリしたぞよ。吐き出してみるものじゃの」
ホテルへの帰り道は、やはり人でごった返していた。
多分、普段のこの時間は、ここまで人は多くないのだと思う。
人々の向かう先は、かなりの割合でビッグサークル百貨店の方なのだ。
「うーむ……」
「……明日、寝坊しても良いんなら、行ってもいいけど?」
「うむ、やめておこう」
あっさりと引き下がるケイだった。
そして二日目の旅は終わり、僕達はハリストホテルでの一夜を過ごすのだった。
なお、風呂の順番やら寝間着に関して一騒動があったが、これは割愛させて頂く。
旅は三日目に突入する……。
次回、すごく短い(多分1kbぐらいの)青羽関係のお話を通常更新とは別に入れる予定です。
何時頃になるかは不明ですが、まあその時はtwitterででも告知させて頂きます。