明日の打ち合わせ その2
そういえば、この修学旅行のレポート仕上げないと駄目なのを思い出した。
後でノートにまとめよう。
帰国したら退学の可能性もあるけど、ここに残った大きな理由の一つは、単位の取得なのだ。やれるだけのことはやっておきたい。
一方、ケイはパソコンで太照国のニュースを開いていた。
ずらりと並ぶ太照語が、やたら懐かしく感じてしまう。
「太照の方でも、ニュースになっておるの。保護者へのインタビューなどもあるが」
「ウチはないだろ」
「よく分かるの」
文章は主に保護者からの声という形で「無事に帰国してもらえれば」とか「こんな事態になるなんて」みたいな短いコメントだ。
そして、僕の親へのインタビューは見当たらない。
「まあ、普通に取材拒否なんだろうけどさ。表向きは精神的に不安なのでとか、もっともらしい理由をつけてると思う。ま、マスコミも強くは出れないだろ」
それだけの理由が、ウチの親にはある。
「お主の親は一体何者なのじゃ」
「警察官僚。それも割と上の方」
「あー……」
と頷きかけ、ケイはふと疑問を抱いたようだ。
「いやしかし、むしろそれならば、逆にこういう事件であれば必死になるのではないか。子供が異国で消えたのじゃぞ」
「兄さん達ならねぇ。こういう場合は……」
あの家では僕はいないも同然だったから、心配なんてされていないと思う。
ただ、面倒事を、と不快な思いはさせてしまったかもしれない。だとすれば少々申し訳ない。
何にしろ両親が僕に時間を浪費するようなことは、しないだろうと踏んでいる。
ならば、だとすれば。
「……やっぱり爺ちゃんが来る可能性が、あるな」
「お主の祖父は実は、太照の警察で一番えらいとかではなかろうな」
さすがに、それはない。
「いや、そういうのじゃないんだけど……うーん、ある意味、父さん達以上に厄介なんだよなあ」
宮仕えだった、という点では父さんと同じなんだけど。
「隠密って知ってるか?」
「シノビの者か」
「うんまあ、現役時代は幕府に仕えててさ、地方領土に潜入視察とかしてたっていう話。開国騒ぎの時は外の国の調査に出てたって聞いてる。だから、蒸語も使える」
「……そっちの方が、親御殿よりすごいの」
デスクワークが得意な父さんと比べて、フットワークの軽さは圧倒的なのだ。そもそも僕やケイの変装にしたって、爺ちゃんからの教えなのだし。
「で、だ」
太照のニュース記事なので、僕にも読める。
賀集技術の令嬢も失踪!! と書かれているその記事の当事者は、今僕の目の前にいるコイツで間違いない。
「むしろ、お前の方が面倒なんじゃないか、これ?」
正直、一介の学生が行方不明よりも、よほど大きな事件だろう。
「むむむぅ、書き置きは残しておいたのじゃがな」
「それでも普通の親なら、心配するだろ」
「お主暗に、自分の親を人でなし扱いしておるぞ」
ウチの両親は、人でなしとは違うんだよなあ。単に無関心なだけで。
ホテルから出て、僕達は近くにあった喫茶店に入った。名前を蒸気屋という。
あの部屋のテーブルは、手帳を広げて向かい合っての相談には向かなかったのだ。
予算が本当にギリギリなら、こんな余裕もなかったのだろうが、幸い豆茶を飲むぐらいの金銭はあった。
それほど大きな店ではなく、セルフサービス制のカフェだ。
「さてま、明日からの予定だが」
手帳を広げて、ペンを取る。
そして顔を上げた。
「お前は、どれだけ食うんだ……」
ケイは、コーヒーゼリーを砕くのに集中していた。
「軽いモノじゃから問題なかろ」
「太るぞ」
「むしろ、多少肉が付いた方がよい、とはメイド達によく言われるのじゃ」
ミルクシロップを大量に掛けたそれを、頬張りながら言う。
ここのコーヒーゼリーは上にソフトクリームが乗っかっており、要するにそれがケイの食欲を刺激したのだ。
「……メイドとか、僕とは別世界だなあ」
「一人か二人、分けてやろうか?」
「少し欲しいなとか思っちゃった自分が嫌だ!」
煩悩退散、と僕は頭を振った。
……爺ちゃん辺り普通に喜びそうな所がまた、困る所だ。
気を取り直して、手帳をめくっていく。
「えーと、それにしても今日はまたずいぶんとサインが溜まったな」
小太り中年のクレイルス神父。
草団剣の人達。
アヌビス・クルーガーとその両親。
霊能探偵ハドック・アパルト氏&ラフィーク氏。
「うむ。よい記念じゃの。歴史的記念物じゃ」
「あながち間違いじゃない辺りが、すごいよな……」
何人か、後で有名になりそうな人とかいたりするし。
「で、明日はイフなんだけど、どこか行きたい所はあるか?」
「ふーむ……美味いモノさえ食えるならば、特にどこという事はないの」
そう言って、コーヒーゼリーの最後の一口を食べきったケイである。
イフはこのグレイツロープから南にある、古代遺跡群と寺社施設で有名な土地だ。
グレイツロープ城をオーガストラ軍と黒猪族三兄弟から解放した、狼頭将軍クルーガーと勇者ユフは、東からのオーガストラの追っ手から逃れるため、こちらに向かった。
そして、魔導学院に封印されていた二人目の仲間、ニワ・カイチと出会うのだ。
「本っ当に食い気ばかりだなぁ」
「妾は昔の話はそれほど詳しくないのじゃ。しかしま、興味があると言えば魔導学院じゃの。当時の技術とやらがどのようなモノか、生で見るのは妾の知識の肥やしになるであろう」
「そこは元々回る予定に入ってるな」
「じゃから、候補からは除外したのじゃ」
タイムスケジュールを整理する。
「まあ、遺跡群が午前中、魔導学院がそこから午後まで掛かって……それからは都市部に戻って寺社施設を回るって形かな」
どうやら今晩も、早寝する事になりそうだ。
「都市部に寺社施設というのも、おかしな話だの」
「ウチの国にもあるだろ。法律で、古い施設を破壊しちゃ駄目ってのが。確かこのガストノーセンじゃ過去、イフとシティムは首都だった事がある。その首都だった部分が、この都市部に当たるって訳だ」
「なるほど、そこに宗教施設が集うのは、道理じゃの」
「で、ここにはフェアニクス大聖堂がある。名前ぐらいは知ってると思うけど」
「世界遺産じゃの。なるほど、観光としては定番の場所という訳か」
「それもあるけど、一応ルート的にもユフ一行と関わりがあるしな」
ユフ一行が南下したのは、東のオーガストラ軍から逃れるためだけではない。
このイフはザナドゥ教会の聖地であり、当時オーガストラ帝国の支配下に置かれていなかった数少ない国だった。
その教会の庇護と戦いの正当性を求めて、というのも彼女達の目論見だったという。