食の都ドルトンボル
食の都ドルトンボルに三十分ほど掛けて、到着した。
時計を見ると、おやつの時間を過ぎたぐらい。
日が沈むのが早いこの時期でもまだ余裕で太陽は高く、晩飯を食べる……というにはあまりに早すぎる。
でもまあ、いいかと思う。
夕方になれば、繁華街はさらに人が増えるだろう。
それに、僕達には今、エネルギーが必要だ。
「着いたのじゃー……」
休み休み歩きながらでも、引き籠もりだったケイにはかなり厳しかったようだ。
来た道を振り返ると、僕達が歩いてきた屋根付きアーケードがある。
立派な白い柱に支えられたガラス張りの天井、そしてずらりと並ぶ石造りの建物はさながら一つの回廊のようだった。
当然、ケイはそれらにいちいち反応し、予想以上の体力を使ったのは言うまでもない。
ただ、それを抜きにしてもずいぶんと歩いた気がする。僕だって基本、インドアはなのである。
「実際、結構歩いたよな。それに、かなりの人混みだった」
「うむ。平日でこれでは、休日はどうなるのじゃろうな」
「満足に歩く事も出来ないかもな。それにしても……」
僕は、通りを見た。
左手に巨大な橋、これはアルファベルト橋。
そして正面には、大きな通り。
中央に天秤に似た黒い街灯が並び、その左右を人々が歩いている。どうやら左通行のようだ。
そして、その通りには、様々な飲食店が並んでいる。僕達が来たアーケード街は白で統一されていたけど、ここは何というか極彩色が散らばっているというか、やたらと派手だ。
あちこちの店から音楽が奏でられ、もはや何の曲だか分からない。
見本の模型が並んだガラスの陳列台、料理の看板、メニューの書かれた置き看板、はためく旗、まあとにかく雑然としている。
店内が見えるように料理をしている店や、普通にテイクアウトを想定している店もある。
そして串焼きやらパイ料理をドリンク片手に食べながら、通りを歩く人々。
「……どこから見ればいいのやら、これは困るな」
スタイルは分かったが、ちょっと途方に暮れてしまう。
「タウン情報誌で選別すれば、良いモノをピックアップ出来たかもしれぬが……」
「そもそもこの国に、そういうのってあるのか? 本屋もあまり見当たらないんだけど」
「妾達には見つけにくい場所に、あるのかもしれぬの。まあ、よいではないか。財布の中身がそれなりに潤沢になったとは言え、無限になった訳ではない。まずは予算を区切る」
「当然だな」
ケイは、扇のように草団剣の人達からもらったクーポンを広げた。
「そして、このクーポンじゃ。彼らの厚意を無碍には出来ぬ。まずはこれらの店を見て回ろうではないか。クーポンを発行するという事は、それなりの腕がある店であろう」
「うん、もっともだな。あんまり高い店は除外の方向で。出来れば一つか二つ、お持ち帰りが出来るのが欲しいな。晩飯にはまだ早いし」
「よかろ。ならばそれで決まりじゃ」
という訳で、僕達の食べ歩きが始まった。
最初に選んだのは、鰻のパイだ。
お菓子のように甘いモノではなく、温かいれっきとした料理だ。
甘辛いタレに少し胡椒が利いている。
サクサクの生地に、鰻の汁が染み込み、いいアクセントになっていた。
僕の方はタレ味、一方ケイが選んだのは塩味である。同じ物でも味が違えば二倍楽しめる、という僕達なりの節約であり、正直これは成功だった。
ただ、これだけだとすぐに口の中が乾きそうなので、別の店で軒先販売していたショウガのジュースも購入した。
想像していたしょっぱさはほとんどなく、蜜のようなトロリとした喉越しと甘さのあるドリンクだ。
しばらく歩くと、中央に見上げる程大きな像が建っていた。
両手に大きな鋏の、強化外骨格戦士。
戦闘ポーズを取るドルトンボルだ。
素材は青銅だろうか。何故か、鋏が時々動いていた。
「でかいな」
「……何だかんだで食の大御所、この都の基礎を築いた英雄であるという事なのじゃろうなあ」
鰻パイをハムハムと食べながら、ケイが言う。
「あのわっさわっさ動く鋏のギミックは必要なんだろうか」
「何か深い理由があるのやもしれぬのぉ」
あるいは、全然無いのかもしれない。
次に僕達が選んだのは、餡かけ万臓物焼きのパスタ。
何かすごい名前だけど、他に言いようがない。
ケイが匂いに釣られて並んでしまったのだ。
そこそこの行列が出来ており、なるほど待たされただけの甲斐はあった。
臓物は牛、豚、羊のごった煮に野菜炒めはそれだけで、一品料理として通用するのではないだろうか。
パスタと共にこれを炒め、その上に駄目押しとばかりに薄塩味の餡が掛かっている。
これは1.5人前の大盛りを注文し、二人で食べた。
食器はプラスチックのフォークで容れ物は四角い箱形、こぼれる心配はしなくて済む。
これは間違いなく熱い内に食べなければ不味くなる、と僕達は判断し、交互に食べた。こういう場合、異性と一緒の食事というのは間接……その、あれがネタになるのだが、正直僕達にはそんな余裕はなかった。何しろ時間との勝負だったのだ。
臓物焼きが全体的に濃いステーキソース味だが、これを餡とパスタがいい感じに中和させてくれていた。
また、餡のぬめりやパスタの喉越しといった食感が、単調になりそうな臓物焼きの味を最後まで飽きさせずに食べさせてくれた。
ケイ曰く野菜は嫌いなのだが、いつの間にか全部食べてしまった、という事で器の中にはニンジンの一欠片も残っていなかった。
ドルトンボルの端に到着した。
「……警官、多くないか?」
一息つき、僕達は屋台売りのドリンク店の前で二杯目のジュースを飲んでいた。
選んだのは、ミックスジュース。
柑橘類主体の果実類にミルク、それに氷を一気にミキサーでシェイクしたモノで、ドロリとした食感にじゃりじゃりとした氷だか繊維だかが混じっている。
「そういえば探偵が言っておったではないか。百貨店に怪盗の予告状が来たと。確かその建物がこのすぐ近くだったはずじゃ」
「なるほどねー。職質掛けられないように、気をつけないとなぁ」
いや、本当に気をつけないと。
そんな感想を抱きながら、僕達はUターンした。