対戦・赤コート
再びゲームセンター内を巡回する。
久しぶりに格闘ゲームもいいかなと思い、ハイブリッド・ナンバーの台に座った。
コインを入れ、キャラクターセレクト。
さてどのキャラにするかと悩み、結局使い慣れたキャラにする事にした。テンガロンハットに革のジャケットを羽織った、違法賭博師のジョー。その名の通りイカサマを使う、かなり技に癖のあるキャラだ。
ただし、使いこなせればその手数の多さは相当な強みになる。
ふと、向かいの対戦台に赤いのがちらついた。
嫌な予感がした。
「げ」
出入り口で絡んできた、赤コートだ。左右に角丸コンビもいるから間違いない。
ただ、向こうはこちらに気づいていないようだ。
「……何だ、出ていったんじゃないのか」
「戻ったのじゃとすれば、さっきのは休憩か何かだったのじゃろうな。今、呼んでいた名前……ああ、なるほど」
「何だ?」
ケイは、赤コートと向こうにある大会のトーナメント表を指差した。
「彼奴が、この地区のチャンピオンらしいの。あそこに書かれているパオンという名前と、取り巻きが呼んでいる名前が一緒じゃ」
「そうか」
……っていっても、表の方は遠すぎてよく見えなかったけど。
ただまあ、ケイが言うのなら、そうなのだろう。
「しかし、このゲームがハイブリッド・ナンバーであろ? 何故大会が始まる前にやろうとするのじゃ」
「調整だろ。適当に流すつもりでいるんだよ」
「分かるのかや」
「誰だってぶっつけ本番は怖いからな。皆、大抵同じ事をするさ」
「むむむ……」
などと僕達が話している間にも、キャラクター選択のリミットは迫っている。
僕は違法賭博師のジョーに、決定した。
「む、逃げぬのか」
「僕は喧嘩は苦手だけどね。ゲームは得意なんだ」
赤コート、パオンの使用するのは、黒スーツの殺し屋タイタン。
このゲームの主人公であり、飛び道具突進対空と一揃いしている、そつの無いキャラだ。
「盛り上がってきたな」
さすが地元のチャンピオンといった所か。となるとさしずめ僕にとっては、アウェーなのだろう。
「観客が、命知らずだの名前を知らないのかだの言うておるぞ」
「大袈裟な。それとも、後でリアルファイトに持ち込まれるからって意味じゃないよな」
そういうのは、勘弁願いたい。
「勝てるのかや?」
「金を無駄遣いするつもりはないね。最初から全力で行く」
という訳で、本気を出した。
タイタンの間合いを詰めての小パンチを当て身投げで返し、画面隅に追い詰めコンボに繋げる。
今度は向こうの反撃が始まった。
向こうの攻撃は一撃が重い……というか、こちらの体力が低いんだけど。
さすがに、ノーダメージという訳にはいかない。
受け、避け、流して飛び道具スルーのダッシュ、そして再びの反撃。
こちらは一回繋げば十五コンボは固い。手数が多いという事は、必殺ゲージが溜まりやすい訳で――超必殺技でフィニッシュ決める。
勝負は三本勝負だが、同じパターンでストレート勝ちを決めた。
「よし」
「おおおおお!! すごい、やったのじゃ!!」
後ろのギャラリーも、湧いているようだ。
「……もちろん、ここで終わる訳にはいかないよなー?」
赤コートのパオンはすかさず乱入、今度は違うキャラで来た。
脱走兵のグレン。高性能な飛び道具と対空技の持ち主だ。
が。
強力な二つの必殺技は、逆に言えばその二つのタイミングを読めれば対策を取れる。
フェイントで対空技を空振りさせ、空中でのコンボを繋いでいった。
「これは、向こうが大した事がないのか、それともお主がすごいのかどっちなのじゃ」
「いや、仮にも地区のチャンピオンだけあって、ちゃんとセオリーは踏んでる。強いよ」
さすがに基本はしっかりと押さえている。
「ただ、溜めにわずかに無駄がある。投げの間合いを完全に読み切れてない。その距離での飛び道具は、こっちのキャラには相性が悪い――詰められるぞ?」
パオンがヒットさせたのは、分身させた偽者だ。
本物は既に後ろに回りダッシュ、背中から連打を叩き込んだ。
手を休めず、一気に最後まで持っていく。
「お、お主の手がかつてない動きをしておったぞ?」
パオンの連コイン。
選んできたのはまたしても違う、汚職警官バーナードだった。
拳銃あり警棒ありコマンド投げあり、タフで怯まないし、仲間を呼んでの雪崩攻撃も強いキャラだ。
「あ、これがメインキャラか」
「それも分かるのかや」
「二戦もすれば充分だ。さっきの投げの間合いを読み切れてなかったのも、コイツなら納得いく」
それに、大抵の大会では上位に行く強キャラだ。
……っていうか向こうの沸き方からも、言葉が分からなくてもあれが本気だっていう空気は伝わって来ていた。
「ただ、精神が弱い」
スピードで翻弄すると、バーナードは苛立たしげに距離を詰めて来ようとする。
どれだけキャラが変わろうと、操作する人間は同じだ。大体、読める。
「追い詰められるとダメージ覚悟で投げを狙う。これは、初心者の頃の癖が完全に抜けてないのかな? 牽制が見え見えだ。よーし空振った」
バーナードの投げが空振った所を蹴りで、画面端まで吹っ飛ばす。
が、受け身を取って立ち上がり――
「狙いが、見え見えだよ……!!」
バーナードが超必殺技を放った。
笛を吹き、仲間の警官が画面端から殺到してきた。
そして、それを僕のキャラ、違法賭博師のジョーは片っ端から弾いていった。最後の一斉掃射を透過ダッシュで潜り、袖からのナイフを振り抜きバーナードにトドメの一撃を食らわせた。
「おおおおお!?」
ギャラリーがこれ以上無いほどに、湧いた。
三連勝。
CPU戦を全然やっていないけど、金よりも身体の方が大事だ。
僕は立ち上がった。
「よし、逃げよう。リアルファイトになりそうだし」
「あいや、そういう訳にも」
「え?」
ケイが、僕を引き留めた。
そして、ブックメーカーの兄さんから引換券を受け取っていた。
「今回も、ボロ儲けなのじゃ♪」
「っておいい!? また賭けてたのか!?」
引換券は、どこかのブックメーカーセンターにでも行けば、換金は可能だ。
ただ、だからこそ券自体は失ってはならない。
「うむ、お主が圧勝する方にの。これで金の心配は大分しなくて済むようになったのじゃ!」
「いやそれはそうかもしれないけどさ――」
なんて、僕らがアホな事をやっている間にも、赤コートのパオンが詰め寄ってきていた。
顔を真っ赤にしながら振り抜いてきた彼の拳を避け、肘鉄を胸に喰らわす。
そしてそのまま、一本背負い。
「……おお!?」
って、一番ビックリしたのは、投げ飛ばした僕自身だった。
言っちゃ何だけど、こんな綺麗な投げが決まったのは、私塾の柔術授業でもなかった。
「アヌビス・クルーガーの土産じゃ! いきなり使ってしまったの?」
「すげえ……でも、確かにもう一回は無理っぽい」
あの感覚は、なるほど確かにもう、僕自身の感覚に上書きされてしまった。
もう二度と、あんな奇跡的な投げは出来ないだろう。
「とにかく、逃げた方がよいのじゃ。追い掛けられても警察が出て来ても、厄介であろ」
「そりゃごもっとも」
僕達は人混みを掻き分け、急いでゲームセンターの外に出た。
そのまま雑踏の中を、ケイの歩幅に合わせて駆け出す。
「楽しめたのかや?」
「いやあ、悪くなかったね。久しぶりに発散出来た」
「何よりじゃ」
「ところでこれからドルトンボルだけど、どうする。ここからだと結構歩くぞ」
駅二つ分ぐらいだろうか。
「ふむぅ……いや、歩こう」
振り返ると、入ったゲームセンターは既に見えなくなっていた。
これぐらい逃げれば、大丈夫だろう多分。
「珍しいな。金が入ったんだから、無駄な移動はしないって言うかと思ったんだけど」
「無駄な移動ではない。運動をして、もう少しお腹を空かせるのじゃ」
「ああ、なるほど」
「それにしても強かったのう、お主。性格は乱暴じゃが、あれ一応チャンピオンなのじゃろ?」
「まあ、そうなんだけど。……全国行けば、あのレベルはゴロゴロいたからねぇ」