霊能探偵ハドック・アパルト
ジャンク屋でケイが部品と戯れていると、ちょっとしたトラブルがあった。
「む?」
「ふむ?」
同じように漁っている大の大人と、ケイの手が触れ合ったのだ。
これは新たなる出会い。
……などと、アホなモノローグを思わずかましてしまったが、実際はその直後、二人が小さな部品を挟み、睨み合う展開になっていた。
大人の方は、ハンチング帽にフロックコートというのか、ずいぶんと立派な服装の紳士だ。年齢は二十代半ばといった所か。……まあ、ケイと部品を取り合っているので、とても大人げないんだけど。
その人物が蒸語で何か言い、それに対してケイも何やら言い返していた。
「いやいや、その部品に手を出すとはお目が高いの」
とか、何かそんな感じだ。
お互い笑顔だが、互いが掴んでいる小さな部品は今にも二つに裂かれそうだった。
そんな時。
「太照の方デスか?」
横から、そんな声がしたので思わず反応してしまった。
「あ、は、はい。え、太照語……?」
声の主は、小太りな男性だった。
年齢は……多分、あっちの男性と同じ、二十代半ばだろうか。背広姿で手には黒い鞄。十字のマークがあるから医療用バッグだ。という事はこの人は、医者なのだろうか。
「前に何度か仕事で訪れた事がありマス。ああもう、そこ! 子供みたいなやり取りをしない!」
途中から、ケイと部品の奪い合いをしている男性にツッコミを入れていた。
「つーか、そのままだと壊れるだろ、それ」
僕も、思わず突っ込んでしまう。
すると、医者の人は僕を見下ろし、手を差し伸べてきた。
「君とは他人のような気がしまセン」
「同感です」
互いに、手を握り合う。
それからしばらくして、僕達は表に出た。
大人なんだから子供に譲りなさい、という医者の人――ラフィークさんの説得で、渋々部品はケイの手に渡った。
どういう人なんだと思う。
服装からして、この界隈の人じゃないのは確かだ。
雰囲気から察するに、この男性の方が主で、ラフィークさんが従。いや、主従関係という訳じゃなくて、引っ張ってる方という意味で。
買っていた部品はマイクロスピーカーやら、赤外線センサーやら、暗視装置やら……。
「探偵か何かか、この人?」
という僕の呟きをわざわざケイが通訳してしまったようだ。
「ほう、やるな少年!」
「え」
どうやら本当に当たりだったらしい。
「失礼したね。私はハドック・アパルト。名探偵だ」
その男性が、ハンチング帽を軽く持ち上げた。
「自分で名探偵とか言うな! あとそっちの嬢ちゃんも正直に訳さないで下サイ!」
「事実!」
「違う!」
アパルトさんが胸を張り、素早くラフィークさんが否定した。
「何というかこの国に来て、初めて同志に出会えたような気がするぞ、僕」
そのラフィークさんは、小さく溜め息をついた。
僕達も、観光だと伝えておく。
「まあ、ギリギリ妥協して霊能探偵といった所デス」
「霊能探偵? オカルト?」
自称名探偵も大概だけど、霊能探偵というのもどうなのだろう。
「……いや、そういう訳じゃないんデスが、不思議とおかしな事件にばかり関わってきてるので、そういうあだ名が付いたというか」
「興味深いのじゃ! それすなわち、科学で説明のつかぬ現象やらと携わってきたと言うことじゃな!?」
身を乗り出すケイの襟首を、僕は掴んだ。
「……く、食いつきいいデスね」
「……すみません」
「しかし今回は違うぞ! ビッグサークル百貨店の警備は、ちゃんとしたれっきとした依頼じゃないか!」
「こ、このアホー!? 第三者に依頼を話す探偵がどこにいるのか!?」
「おごぉ!?」
大いばりのアパルトさんの顎に、ラフィークさんのアッパーが華麗に決まった。
宙を舞い、頭から地面に突っ込むアパルトさん。
……ああ、まあ、こういう人達なんだと思うことにした。
「百貨店の警備とは、あまり探偵らしい仕事とは思えぬが」
ケイがもっともな疑問を口にする。
ヨロヨロと、アパルトさんは起き上がった。
「あ、ああ、それはあれだ。催し物で狼頭将軍クルーガーの武器防具展示とかやるらしくて、そこに怪盗ソンゴクウからの予告状が届いたのだよ。今晩、ケーナ・クルーガーの使っていた篭手を盗むと――」
「だーかーらーっ!!」
「がふっ!!」
ラフィークさんの踵落としが、アパルトさんの後頭部に炸裂した。
「ふむ、怪盗と探偵ならば、組み合わせ的には的外れではないの」
「そうだろう!」
アパルトさん、立ち直り早いなあ……。
「……まあ、派手ではありますケド、普通の依頼だからなぁ」
と、そこは否定しないラフィークさん。
ただ。
「……普通で済むかなぁ、それ」
「うん?」
思わず呟いていた僕の台詞に、アパルトさんが反応していた。
「ああ、いや、何でもないです。でも、今は仕事はいいんですか?」
「仕事の依頼があったのは、私達だけじゃないのデスよ。当然警察の加わりますし、今は準備のために出ているという訳デス」
「なるほど」
何やら必要な道具があって、ここに来たという事だろう。
この電気街は、ジャンク品だけじゃなくて防犯装置関係も充実していると聞く。
「ではそろそろ行こうか、ラフィーク君。何かあれば、このハドック・アパルトにお電話を」
慣れた手つきで懐から名刺を差し出してきた。
「君には探偵の見込みもあるから、助手として雇ってもいいぞ?」
「……アホな事言ってないで、行きマスよ。二人とも、道中気をつけて下サイね……と、失礼」
ラフィークさんの懐から振動音が響いた。携帯らしい。
「もしもし、こちらアパルト探偵事務所……ああいや、申し訳ない。現在、別件の依頼に取りかかってまして……」
ラフィークさんが少し離れ、電話の向こうの相手と幾つかやり取りをし、そして電話を切った。
「ふむ? 依頼の電話だったのかね」
アパルトさんの問いに、ラフィークさんが頭を振った。
「……ああ、人捜しだ。せっかくの仕事なのに残念だよ」
「何、この依頼が終わってからでも、もう一度連絡をしてみようじゃないか! まあ、その時に終わっていれば、確かにもったいない話ではあるがね」
では、と僕達は別れた。
電気街を少し離れた、チェーンのコーヒーショップに入った。
部品の組み立て用の道具は、近くにあったワンコインショップで済ませ、ケイが紙袋の中から取りだした部品で、色々と組み立てる。
そして十分後……思ったよりも早かった。
「出来たのじゃ!」
テーブルの上には、いくつかの道具が出来ていた。
「……ごめん、正直何なのか、まるで分からない。え、これ腕輪?」
細い、リング状の道具には小さなボタンがいくつかあった。それに小さなスピーカー。
「トランシーバーじゃ! 妾達が多少離れておっても、連絡が取れるのじゃ!」
「ああ、それは勝手に動き回るお前には、とても必要だよね。主に僕が探すために。距離はどれぐらい?」
「そうじゃのう……ここから、ヒルマウントぐらいまでならちょろいのじゃ」
「メチャクチャ有効範囲広いな!?」
他に、マイク付きの小さなブローチ。
「こっちのブローチは録音機なのじゃ。充電すれば、一日は持つぞよ」
背面がディスプレイになったカード。表面にはレンズがある。
「このカードはカメラじゃ。裏のモニターを見ながら撮影が出来る。データはこちらのマイクロカードに保存じゃの」
一番大きな、雑誌サイズの電子ペーパー。
表面は方眼紙のように縦横のラインが引かれている。
紙の隅のボタンを押すと、地図が浮き出た。
「この電子ペーパーは衛星とリンクしてて、地図になるのじゃ。妾達の位置はここじゃの」
そう言って、ケイは中央にある三角を指差した。
「……お、お前は、スパイ映画の開発部か何かか?」
「ふふん、妾を見直したか。蒸語の翻訳機と警察無線盗聴器、ネット環境の道具も作りたかったのじゃが、予算の都合で割愛じゃ。欲を言えばキリがないからのう……」
「……さすがに、ここの代金は僕が持つよ」
正直、舐めてた。
電気街とか、退屈だなあと思ってたら、これだ。こんなの作れるのなら、多少の予算オーバーとか認めてもいいと思う。
「む、ではそこのアイスクリームのせコーヒーゼリーも追加じゃ!」
「いや、マジでそれぐらい許すから」