私設展示室と庭の巨木
六禍選の一人、紅き魔女ズッキーニ討伐に、狼頭将軍クルーガーと勇者ユフが乗り出した。
発狂対策に用いたのは、森の茸だった。
幻覚作用のあるこの茸を喰らう事で、二人は事前に発狂をした。
つまり、この状況で森の狂乱を受ければ、狂った精神が狂い、すなわち正常な精神に戻る事が出来た。
そして、二人がズッキーニ、マット・ギーと戦って得た結論は、この二体の敵はそれぞれ実体がない、という事だった。
まずズッキーニ。こちらは赤頭巾とローブを媒介とした幽霊のような存在。
そしてマット・ギー。これは使い魔であり、依代として使われたのは案山子である。
では、本体はどこにあるのか。
狼頭将軍と勇者が導き出した答えは、森の奥。
ズッキーニとマット・ギーに追われながら辿り着いた先は、一軒の小屋。
そして、その家に本物の紅き魔女ズッキーニはいた。
本物の魔女は身体が弱く、ロクに動くことも適わなかった。しかし代わりに彼女は自分の分身を用いて、外の世界を見聞き出来ていた。
その分身こそが、これまで人々を脅かしてきた、仮初のズッキーニだった。
狼頭将軍と勇者は真の紅の魔女を倒し、森に平和を取り戻した。
「なるほどのう」
神父さんの話が終わり、ケイは深々と頷いていた。
「せっかくなので、遺された武器なども見ていきますか」
そんな提案を神父さんがしてくれた。
何でも、奥の部屋の一室が私的な展示室になっているらしい。
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
すごくいい神父さんだった。
そして案内された部屋は、十畳ぐらいだろうか。
壁には、赤い頭巾やローブが掛けられ、部屋の奥隅にはマット・ギーの依代なのだろう案山子が飾られていた。
ガラスのケースには刀剣類が並べられ、中央の大テーブルには小屋を中心に下森の箱庭が設置されていた。
「しかしこういうのって、博物館に収められるもんじゃないんですか?」
「そちらの提案もかつてあったそうですが、特に強制という訳ではなかったですからね。それに、こうしてお話をする時の箔にもなるというモノです」
……確かに、マニアじゃない僕らにしても、これはすごいと思う。
「へぇー……これも、プリニースの発明かな?」
僕が目をつけたのは、マット・ギーが使ったと思われる先込め式の狙撃銃だった。
「その通りです。プリニースの名を知っているとは、ずいぶんと勉強していらっしゃるようですね」
「ああいや、ここまで順番に回ってきたもんですから」
「とすると、まだ旅は始まったばかり。先は長いですよ?」
確かにまだ序盤といってもいいだろう。
勇者ユフ一行の旅の仲間はあと二人残っているし、ゴールであるオーガストラ帝国の本拠地、現在のシティムに入るのには、あと三日待たなければならない。
「無事に済ませるのが、第一目標です。時間も区切ってますしね」
「それはそれは」
「これは当時の森の模型かの」
大テーブルに置かれていた模型に、ケイは注意を奪われていたようだった。
「この箱庭の枠が、結界になっていたという話があるんですよ。入ったモノを発狂に追い込む仕掛けは、これだったとか」
「つまり、これはいわゆるマジックアイテム」
僕の呟きに、神父さんは深く頷いた。
「その通りです」
「いや、んなゲーム用語までいちいち通訳すんなって!!」
余計な真似をしたケイの頭を、僕ははたいた。
それから僕達は、展示室にあった扉から庭に出た。
庭の奥には、見上げるほど大きな木が生えていた。
「でかい」
僕は素直に、感想を漏らした。
「ススムや」
一方ケイは、大真面目な顔だ。
「何だよ」
「こういう木を見ると、無性に登りたくならぬか」
「落ちて首の骨折って死んでも、知らないぞ。あとお前、運動音痴だろうが」
「…………」
ふむ、と少し悩み、ケイは僕を見た。
「ススム、妾を背負って――」
「断固お断りする!!」
何てアホなやり取りをしていると、神父さんがその木について説明をしてくれた。
「この木は樹齢約1500年になります。つまり、件の戦いが終わり、オーガストラ帝国が倒れ、ユフ王の治政になった頃ですね。この寺院が建てられた時、魔術師ニワ・カイチが種を植えたという話です」
その説明に、僕は引っかかりを覚えた。
ケイに、尋ねてみる。
「種? 苗の訳し間違いじゃないのか?」
「いや、確かに種と言いおった」
植樹なんて知識ロクにないけど、こういう木は種から生えたりするんだろうか。
「……いや、それより種と言えば何か、引っ掛かるんだけど……」
「グレイツロープ城の中にあった、種じゃの。能力継承の力を有するとかいうあれじゃ。ニワ・カイチが関わっているという所からも、記憶が刺激されたのじゃろう」
「あー」
確か、そんな話もあったな、と僕もすぐに思い出した。
さすがにたった数時間前の話だ。
「しかし、だとしても誰が何を引き継ぐかという話になるのじゃが……そもそも、食えぬぞこんな大きな木」
ケイの疑問は、もっともだった。
「この木には不思議な力が宿ると言われております。たまに勘のいい人は、この木から声がするとかいいますが、私は修行が足りないのか、聞いたことがありませんな」
神父さんが、そんな事を笑いながら言った時だった。
ヒュッと風を切る音と共に、何かが降ってきた。
「わ」
小さな影を受け止めたのは、ここまで黙ってついてきてくれていた、アヌビス・クルーガーだった。
手には、リンゴのような果実があった。これが降ってきたのか。
「ほほう、これは運がよい。差し上げましょう」
神父さんの言葉に、アヌビスが礼を述べる。
「む、ありがとうございます。そういえばここには幼い頃から何度か来たことがあるが、食べたことがなかった」
「滅多に実が成りませんからな。こればかりは運でしょう」
「普通、収穫時期とか、あるんじゃないんですか?」
これだけデカイ木なら、さぞや採れる果実も多そうだけど。
「この木は普通ではないらしいですな。ごく稀に実がなり、それを食べたモノには力を与えるとか……それが、先程言った不思議な力なのですが。案外、本当にディーンだかニワ・カイチの遺した『種』だったのかもしれませんね」
とすると、言い伝え通りなら、アヌビスの持つ果実には不思議な力が宿るという事か。
「わ、妾も一口欲しいのじゃ! 運動神経の向上を!」
ケイが、必死すぎる。
「切り分けるには、ナイフが必要ですな」
神父さんが寺院の仲に戻ろうとしたのを制したのは、アヌビスのお父さんだった。
「いや、そんなの必要ないですよ」
そして、ヒュッとその腕が消失した。
――かと思うと、アヌビスの手の中にあった果実が八分割されていた。皮も綺麗に剥けている。
「……すげえ」
「これぐらい、娘も出来ますよ」
何でもない風に涼しく笑う、アヌビス父だった。
せっかくなので、僕もご相伴に預からせてもらう。
「……特に、力が付いたようには思えぬのじゃ」
「そりゃ、僕も同感」
バーベキューのデザートとしては、なかなか適当だけど。