紅き魔女の寺院
昼食を終え、僕達は草団剣の人達と別れて駅に向かう事にした。
堤防を下り、緑の多い住宅街を歩く。その先に、地下鉄の駅があるそうだ。
完全に予定外の運動になったけど、幸い今日は特に重要な見所はない。
次に目指すは、グレイツロープ南部にある電気街だ。
そして、駅までの案内は、アヌビスとその両親にしてもらう事になった。理由は特になく、単に何となくだったそうな。
とはいえ。
「お世話になります」
やはり礼は必要だろう。
ちなみに、アヌビスの両親はどちらも、俳優女優の獣人カップルかと見紛うような美形である。
父親の方は三十前半……ぐらいに見えるが、アヌビスの年齢から考えると、もう少し歳を言っているのではないだろうか。
いや、でもそれを言えば、母親の方は下手をすれば姉で通じるような感じでもある。
と、僕はそんな二人に頭を下げたが、ケイは父親の方と手を握り合っていた。
「ススムよ、こちらでの礼は握手じゃぞ?」
「こういうのは心意気だっての」
すると、ケイは両親の方に何やら蒸語で話し、二人はクスクスと笑った。
何やら受けながら、僕の方を見る。
……とりあえず、ケイの頭をはたいておく。
「誰が、女性と握手するのが恥ずかしいって?」
「何故じゃ!? お主、人語を解するようになったのか!?」
どうやら、当たっていたらしい。
「蒸語を使えぬ者は人に非ずってか!? 単に雰囲気で察しただけだ!」
「それはそれで大したモノじゃのう」
「何だよ、その手は」
「うむ。握手出来るかどうか、確かめてやろうと思っての」
「た、確かめる必要なんかないだろ! 別にお前と挨拶する理由なんてないし!」
「うむ、やはり照れておるの。よいよい。ならばそういう事にしておこう」
「微妙にムカつくなぁ、おい……」
「仲がいいんですね」
アヌビス母が、おっとりと笑う。
「冗談じゃないですよ! これまで、どれだけ振り回されているか!」
「うむ、振り回しておる! 全力でじゃ!」
「お前も少しは否定しろ!」
「嘘はよくないのじゃ」
「もしくは振り回すのを自重するとか!」
うっかりトイレにも行けやしない。
……まあ、今回は災い転じて福となったというか……明日の筋肉痛が、ちょっと怖いけど。
「自重はやじゃのう。ストレスが溜まる旅は、お主にも影響を与えてしまうぞ?」
「……ええい、ああいえばこういうし」
ただ、ケイの場合ある程度我慢させる事は出来るだろうけど、それはそれで怖いような気もする。
何か、ある一点で一気に爆発しそうな気がするからだ。
「む、あれは何じゃ」
って言ってる傍から、何やら違うモノに気を取られるケイだった。
彼女が気を引いたのは、家が並ぶ先にある寺院だった。後ろはかなり大きな森のようだ。
「見ての通りの、寺院だろ。駅は向こう」
僕は、道の向こうを指差した。
……が、無駄だろうなあなんて思っていたら、予想外の方向からフォローが来た。
アヌビス父が、寺院について説明してくれたのだ。
「あれは、うちの先祖にまつわる寺院だよ。六禍選の一人が、あの寺院の後ろにある森に住んでいたという話だ」
つまり、狼頭将軍クルーガーと六禍選の一人が、戦った場所なのだという。
…………。
ケイを見る。
「さて、どうするススムよ」
ニヤニヤと、笑っていた。
「……行くよ。行きますとも」
電気街行きは、少し遅らせる。
というか本気で、ガイドブックが欲しいと思った。
殆ど記憶を頼りに、観光地を歩いてるんだもんなあ。こんな小さな場所まで、気づかないっての。
「たまには振り回されるのも、よいであろ?」
「そのドヤ顔さえなければ、素直に頷くんだけどな!!」
どうやら今の時間は、寺院も暇らしい。
寺院の神父さんは、僕でも分かるぐらい喜んでくれていた。
「ほう、六禍選の話を聞きたいとな」
「よろしく頼むのじゃ」
「ほほ、よいですよ。異国の方に、歴史に興味を持ってもらえるとは光栄です。この森はかつて帰らずの森と呼ばれておりました」
こうして、僕達は礼拝堂で神父から狼頭将軍と勇者ユフ、それに森に棲んでいたという紅き魔女ズッキーニの伝承を聞く事となった。
現在こそ住宅街が広がっているが、この辺りは当時森が広がっていた。
寺院の裏も森があるが、そんなのは比較にならないほどの大きく深い森だった。
それはもう、グレイツロープ城を囲む程だった。
そして、その最も深い場所に棲んでいたのが、六禍選の一人、紅き魔女ズッキーニである。
名前の由来は、その名を表わす、赤い頭巾にある。
基本、森にさえ入らなければ安全なのだが、動物も多く木になる果実は人々を飢えから助けてくれる。
入る者は後を絶たなかった。
そして、彼女、ズッキーニは清楚可憐な声で人を奥へと誘った。
ズッキーニは自分を中心に特殊な場を発生させており、周囲の人間を発狂に導き暴走させたという。
つまり声に誘われ、理性を失った人は赤い頭巾を追い掛ける。
だがしかし、それこそが紅き魔女の罠。
そのローヴの下には無数の刀剣類が収納されており、それらが飛んで襲撃者に対して嵐のように襲うのだ。
仮に飛び道具を持っていたとしても不思議な事に矢や弾はそのまま反射され、おまけに奇跡的にズッキーニを倒したとしてもいつの間にか復活してしまう。
そんな魔女を、当然村の人々は恐れた。
そこまで聞いて、僕は小さく吐息をついた。
「……そりゃ、恐れるよな」
「無敵じゃのう。じゃが、どこかに弱点はあるはずじゃ。でなければ、狼頭将軍が倒せぬはずがない」
なんて僕達が相談していると、神父さんはニッコリと笑った。
「おまけに彼女には、仲間がいました」
ズッキーニの仲間の名前はマット・ギー。
彼女を追う標的が複数板場合、死角や遠くから銃で仕留めるのがその務めだ。
つまり、猟師である。
「攻撃はロクに通じない魔女。そしてサポートをするその仲間。これを如何にして、狼頭将軍は破ったかって話になる訳か」
「そうなりますね。グレイツロープ城は、尋ねられましたか」
神父の問いに僕らは頷いた。
「ええ、朝一で」
「結構歩いたのじゃ」
「では、狼頭将軍がユフ王の仲間となり、そして城攻略の為に動いていた時の話になります。一旦は城内に入りこそしたモノの、城自体の力が厄介です。そこでその力を削ぐ事にしました」
神父の話に、ケイが頷いた。
「例えば、龍神の力を借りたりなどじゃな」
「そうなりますね。そしてその一環として、この森の攻略がありました。紅き魔女ズッキーニ討伐です」