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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
閑話 私塾サイド(白戸サブロー)
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生徒の手掛かり

 朝になり、白戸の捜索は再開された。

 主に、相馬ススムがいなくなったというトイレ周辺を探し回り、警察や大使館、ブックメーカーセンターで新しい情報は入ったかを聞き込んだ。

 が、芳しい情報は得られなかった。

 新たな展開は、まったく予想外の方向から訪れた。

「ちょいとお待ちなさいな」

 そんな声を掛けられたのは、もう昼前の事だった。

 白戸は空腹を覚え、大通りから横に逸れた街道にあったホットドッグ屋で、早めの昼食を取っていた。

 こんな時でも腹は減るもんだな、戸思いながら、やたら大きなホットドッグをコーラで流し込む。

 そこに、路地から声を掛けられたのだ。

「急いでいるんだが」

 声の主は、緑の髪の毛の老女だった。

 小さな机の上には水晶球、身体は紫のローブを纏っている。

 占い師だ。

「迷い人だろう? 助言をしてあげるよ」

「知っているのか?」

 白戸の問いに、老婆はひひひ、と笑った。

「あたしゃ占い師。相を観るのが仕事さね。知っているかいないかは、関係ないさ」

「分かった。助言をくれ」

 老占い師は頷くと、水晶球に手をかざした。

 そして、小さく唸った。

「古い物が見えるね。そこに色鮮やかな服が見えるよ」

 色鮮やかな服……といえば、おそらく私塾(うち)の制服ではないだろうか。

「古着屋か。俺はこの辺りの地理には明るくない。そういうモノを売っている店は、あるのか?」

「ヒヒヒ……古物商なら、そこをまっすぐ行ったところにあるよ」

 言って、老婆は街道の向こうを指差した。

 鉄プレートが並んでいるのは、この辺りが商店街なのだろう。

「感謝する」

「別に礼は要らないよ。おぜぜさえ頂ければ」

 老占い師は、年の割に妙に綺麗な手を差し出してきた。

「金、取るのか」

「商売だからね。慈善事業じゃないのさ」

 ……当たるも八卦当たらぬも八卦、白戸は料金を支払った。


 そして、占い師の腕は確かだった。

「昨日の二人かね」

 ハンチング帽にベスト姿の初老の古物商店長は、相馬ススムと賀集ケイの事を覚えていてくれたようだった。

 おまけに、カウンターの後ろに制服が二着売り物として掛けられていた。

「昨日の二人、というのがどの二人を指すのかは分からないが、あの制服を売った二人で間違いない。どこに行ったか、知らないか?」

「いや、そんな話は聞いてないね。娘の方が主に儂と話をしたが、二人の会話はこっちの言葉じゃなかったんでね。そもそも分からん」

「……確かに、その通りだ」

 ここは外国なのだ。二人の話の内容を聞き出すのは、無理だろう。

「が、誘拐の線は消えてくれたか」

 店長の話では、二人は自分からこの店に入って、手持ちの売れそうな物を売り払ったという。

 制服を売ったのが本人達ならば、誘拐(そっち)の心配はない、と見ていいだろう。

「何か、買っていくかね」

 もちろんだった。

「あの二人が売った物、全部買い取らせてもらう」

「幾つか売れたが、構わないかね?」

「取り戻すのは難しそうだからな。あるモノだけでいい。それと二人は売ったお金で、何かを買っていったか?」

「アンタ、まるで刑事みたいだね」

「保護者だよ」

 買っていったモノから判断するに、どうやらその格好は地元の人間に溶け込もうとしているようだった。

 少なくとも、海外からの修学旅行生には見えない服装だ。

 手帳に絵で、その特徴を描き込んでみると、相馬の方は下層の労働者風、賀集ケイは少しいいトコのお嬢様……ややちぐはぐな兄妹といった感じか。

「店に来た時の二人の様子とかも、教えてくれないか?」

「様子というと?」

「他に、一緒には誰もいなかったんだな?」

「二人だったね」

「仲はどうだった? よさそうだったか悪そうだったか」

「さて、どうだったかね……少なくとも印象に残るような良さも悪さも……ああ、男の方はやたらと騒いでいたな。娘の方がからかっているようだった」

 相馬とケイが着替えていたという試着室の方に、視線をやってみる。

 そこで騒ぐ二人を頭に描いてみる。

「……良好だった、と見ていいか」

「ほら、これで全部だよ」

 どちゃ、と結構な量の品の入ったダンボール箱を、店長は出してくれた。

「ありがとう。紙袋か何かあるか」

「あいよ」


 二人の荷物が入った紙袋を両手に抱え、白戸は店を出た。

 そして、広場中央にあった噴水の縁に腰を下ろすと、剣術道場での後輩であり、賀集ケイの父親である賀集セックウに連絡を取った。

『最悪の予想は消えてくれたか……』

 携帯電話の向こうから、安堵の吐息が聞こえてきた。

「青羽教か」

 前に酒の席で聞いた事がある。

 賀集ケイは昔、青羽教に誘拐された事がある。

 そしてその青羽教の本拠地はまさしくこの国、ガストノーセンだ。賀集が神経質になるのも当然だろう。

『そうだ。何でもヒルマウント駅近くだったかで、昨晩も一人幹部が捕まったらしい』

「そうなのか」

 それは初耳だった。

「駅前と言えば、ちょうど昨日の日暮れ頃、ブックメーカーセンターに寄ったが……」

 その時にはパトカーも何も、見なかったような気がする。

『時間は未明だったそうだから、先輩からの報告よりも後になる。それにあそこよりももう少し先だな。確か……教会があった辺りか』

「そういえば、あったな。昔、世話になった事がある。……挨拶に行けばよかった」

 ずっと昔にも、白戸はこの国を訪れた事がある。

 貧乏旅行だった白戸は、宿のアテを探している時に、ザナドゥ教会に泊めてもらった事があったのだ。

『それだけ余裕がないという事だろう』

「お互いにな」

『違いない』

「そういえばロクにニュースも見ていなかった。……まあ、お前の話からすると、青羽教が娘さんをどうこうしてこうなった、という話でもなさそうだが」

 少なくとも、引き籠もりだった賀集ケイが自宅から出た事に関しては、ほぼ自分の意思と見ていいだろう。

『切欠はな。そこは自主的に動いたのは間違いない。ただ、もしも正体がこの地で割れれば、タダでは済まん可能性がある。とにかく早く保護する必要がある』

「しかし、二人が何故こんな事をしたのかは、まだ推測するしかないぞ?」

 そもそも二人は示し合わせて、一緒になったのか。それとも単なる偶然なのか。

 それすらも推測に頼るしかない状況だ。

 賀集ケイは、自分の意思でこの土地までやって来た。

 が、相馬ススムの方はそうではない線が強い。

『こぞ……少年の方は、おおよその話は昨日聞いた通りだとして、そもそも何故警察や大使館を頼らなかったのか』

 そう、それもある。

 言葉も分からない、パスポートもない。普通なら公的機関に頼るのが常識的な行動だ。いくら動転していても、少し落ち着けばそれぐらいは分かるはずだ。

 いや、それどころか、もう完全に自分の意思で動いているようにすら、思える。だが、その目的が見えない。

「……それは、私も気になる。が、とにかくまずは必要な情報を揃えてからだ」

『同感だな。場所はこちらの指定でいいか』

「今、どこだ?」

 一時間ほど前に、賀集セックウがガストノーセン(こちら)に到着した事は、既に連絡を受けていた。

『今はグレイツロープのレアルタウンだ。保安部の手の空いている連中を借りだしている』

 レアルタウンは、グレイツロープ中央にあるビジネス街だ。

 あそこには、賀集技術の支社がある。そこに詰めているのだろう。

 それにしても、会社の保安部門を使うとは……。

「……ものすごく私事じゃないか?」

『そうでもない。電話で言うのも憚られるが、これは社にとっても大問題なんだ。むしろ、本来なら全力を挙げて捜索するべき所でな。いや、いい。とにかくこっちに来てくれ。支社の場所は知っているな?』

「知らなくても、移動している間に調べ上げられる。しかしヒルマウント(こっち)の調査はどうする」

『うちの者に引き継がせておく。重要なのはそっちが集めた生の情報だ』

「分かった。すぐに向かう」

 こうして白戸は、賀集セックウと合流する事となった。

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