アヌビス・クルーガーとの雑談
バーベキューを食べながら、アヌビス・クルーガーと雑談する事になった。
ケイの通訳は続いているが、いちいち伝聞形式で書くのも面倒なので、省く事にする。
「ふむ、観光か。私の先祖が件の英雄の一人だったと聞くが、なかなか大変だぞ。何ヶ月ぐらい滞在の予定だ?」
「五日」
「ぶふぉっ」
僕の答えに、アヌビスは肉を噴き出した。
「うわ、汚いな!?」
「いや、あまりに予想外で驚いた。それはいくら何でも無茶ではないか?」
口をゴシゴシと拭いながら、もっともな疑問を突きつけられた。
それに対して答えたのは、ケイだ。
「まあ無茶ではあるが、不可能ではないと言ったところかの。特に今日は割と余裕があるのじゃ」
「市外にも沢山遺跡があるぞ」
それは、僕も知っている。
「そこまで行っては、予算も時間もないのじゃ」
要するに、そういう話である。
そんな訳で、今回は市内限定だ。
「……ほう、それらの制限を設けた上で、可能な旅のスケジュールという訳か。それはそれで、賢明な方法ではあるな」
「いやあ」
一応謙遜しておく。
「という訳で、今日の午後は純粋に観光なのじゃ。電気街やら繁華街に行くのじゃぞ」
「繁華街……ふむ、南の方かな?」
「そう、なるかな?」
一応調べてはおいたけど、今のだけでよく分かるなあと感心する。
まあ、地元だから当たり前なのかもしれないけど。
「食べ物がいっぱいある場所に行くのじゃ」
そして相変わらず食い意地のケイである。
「言っとくけど、予算は限られてるからな?」
「うむ。厳選せねばならぬな」
「何か、食う事は確定してるんだよなぁ」
あんまり高いモノじゃないと良いけど、と思う僕である。
「という訳でアヌビスや、何やらこの辺で美味いモノというのは何があるかの」
「何でも美味しいが、強いて言うなら粉物がオススメだ」
「粉物。……小麦粉か」
「直に食って美味いと思ってんのか、それ」
そもそもそれは、料理ではなく単なる食材だ。
「パンかの?」
一応、料理らしい発言が出た。
「ピザやパスタだな。あとショウガのジュースも美味いぞ」
「何だかしょっぱそうじゃのう」
アヌビス・クルーガーの提案に、ケイが首を捻る。
確かにしょうが味といのはちょっと、いまいち想像がつかない。
「百聞は一見に如かずと言うだろう。飲んでみれば分かる」
「ふむ、覚えておこう」
ケイはメモも取らず、頷いた。
僕も覚えていたら、挑戦してみよう。まさか、ネタで変な物を勧められている……という事も多分、ないだろう。
「という訳で」
パンパン、とアヌビスが手を叩き、周囲の皆に声を掛けた。
すると、飯を食べたり麦酒を飲んでいた人達が、ゾロゾロと集まって、何やら券を取り出した。
それを、アヌビスが回収する。
「って、何だ何だ一体何したおい」
全ての券を集め終わったアヌビスが、それを僕に突きだした。
「ドルトンボルで使えるクーポンだ。皆忙しいからあまり行く暇がなくてな。期限切れになる前に役に立ってくれ」
「ああ、ありがとう」
……ヤバイ、あまりの親切にちょっと泣きそう。
と言いたい所だが、券を見てちょっと考える。
「……タダ券とかじゃなくて、割引券なのな、全部」
「そんなモノがあったら、自分達で使うとも」
僕の呟きも、律儀にケイは翻訳してくれていた。
「ちょ、お前そこは訳さなくて良いんだよ!?」
「そういえば、ドルトンボルと言えば六禍選の一人と同じ名前じゃの」
ケイはまったく聞いちゃおらず、別の疑問をアヌビスにぶつけていた。
「ああ、蟹だな」
「蟹?」
「武器が二つの鋏でな。しかも外骨格っぽい甲冑を着ているから」
ラクストック村で見た絵を思いだし、動きを加えてみた。
うん、蟹だ。
「……皆、同じような感想を抱くのじゃな。茹でられて死んだか」
「お前の想像は、どこまでも食に通じるのか」
僕のツッコミを無視し、アヌビスは首を振った。
「いや、魔法使いにやられたはずだが……うん、これはここで話す事ではないな。イフの魔導学院まで楽しみにしてもらおう」
「焦らすのう」
うん、焦らされた。
けど、ここで聞いても多分、向こうに行った時同じ話を見るか聞くかする事になるのだから、コレでいいのだと思う。
「まあ、ドルトンボルと魔法使いニワ・カイチに関しての因縁はさておいて、蟹はこのグレイツロープ出身なのだ。文化的には、様々な料理を生み出したとして名が残っているのだよ」
「食いしん坊か」
「否定はしないな」
お前と一緒だ、と僕は心の中で突っ込んだ。
「ここは、飯が美味くてよいのう」
「そうだろうそうだろう」
バーベキューの櫛をまた一本頬張りながら、ケイがしみじみ良い、それに対してアヌビス・クルーガーは笑顔で頷いていた。
「あんまり食うと、そのドルトンボルであまり食えなくなるぞ」
「いっぱい食べるだけの金子はなかろ?」
「……それを言われると、かなりしょっぱいな」
否定出来ないのが、悲しいところだ。
その時、ふと風が吹き、ジャンパーの内ポケットから青い羽根が地面に落ちた。
「落ちたぞ、ススム」
ケイが拾い、僕が受け取る。
「ああ、ごめん……って何この空気」
何故か皆、僕達に注目していた。
そして、アヌビス・クルーガーもどこか顔を強張らせている。
「まさか君は、青羽教の教徒なのか!?」
「え、いや、昨日俺達、ヒルマウントにいたんだけど、そこのパレードで振る舞ってたのを、拾っただけだけど……?」
そういえば、昨日だったか幹部が捕まったとかいうニュースが流れていたっけ。
「……ああ、そうか。少し驚いた。今は、あのカルト教団の件で皆、騒いでいるからな。隠しておくといい」
「やっぱりそうか」
内ポケットにはボタンも付いているから、今度からそれもちゃんとつけて、落ちないようにしておこう。
「それにしても、その羽根」
アヌビスは、僕のジャンパーをジッと見ていた。
「ん?」
「いや、妙に見覚えがあるような気がしたんだが……まあ、証拠品として、青い羽根は何度も見ているから、多分そのせいだろうな」
「証拠品?」
何だか刑事みたいな発言が出た。
それに気づいたのか、アヌビスが言う。
「ああ、うちの道場は警察関係者も通っているし、逆にこちらが向こうに指導に行く事もあるんだ」
「ちとよいかの」
「何だ?」
どうやら、僕と同じ疑問をケイも持ったようだ。
「確か皆、公務員と言っておったの」
「ああ、そうだ。警察官だぞ?」
僕とケイは顔を見合わせた。
「ススムよ、これはちと拙くないかの」
「……さすがにお前も危機感を覚えたか」
これでも一応、僕達は追われる身である。