バーベキューとアヌビス・クルーガー
そして、僕達は野菜の皮を剥いていた。
何だろう、すごくデジャブを感じる。
「……お主、ホントこういう事に向いておるの」
ジャガイモを皮むき器で向きながら、僕の手元を見るケイ。
「こういうのは慣れの問題だよ。それにしてもちょっと多すぎない?」
僕もジャガイモの皮を剥いている訳だけど、他の食材の量がちょっと尋常じゃない。
肉も野菜も山のようにあるし、泡酒用のサーバーも複数ある。
そして、網もデカイ。
「運動するからよく食う、というのは分かるが、確かにの」
バーベキューの準備中である。
ま、運動よりもこっちの方が僕に向いているのは、確かだ。
料理の下拵えをしながら見学していると、歓声が沸いた。
「何だ? 妙に沸いてきたみたいだけど」
誰かがすごい活躍をした……という訳でもなさそうだけど、と見ていると、堤防から誰かが下ってきた。
僕達と同年代の女の子のようだ。
ブルネットのショートカットの頭上には、犬系の耳。尻尾も生やしている。
動きやすい赤いジャージ姿なのは、草団剣に参加するためだろう。
「獣人じゃの……ほう」
参加選手兼見物人から、歓声が轟く。
どうやら相当人気があるようだ。それも無理ないだろう。
名前は……歓声から聞き取れるのは、アヌビス、らしい。
「へえ、美人だ」
「いや、そこではないのじゃ」
「何の話?」
「何の因果か知らぬが、妾達の旅に関わりがある人物じゃ」
「……この国に、知り合いはいないぞ? それとも有名人か?」
「ある意味ではの。ほれ、よく聞いてみい」
アヌビス、という歓声に混じってもう一つ、呼び声があった。
何とかそれを聞き取れた。
「……クルーガーって言ってるんだけど」
「そうじゃ。あれなるはアヌビス・クルーガー。狼頭将軍クルーガーの末裔よ」
「何でお前が胸を張る」
そして、アヌビス・クルーガーが団剣に参加した。
クラスはファイター……珍しい事に、武器はグローブだ。接近戦では効果的だが、様々な武器を使うこのスポーツではリーチ差もあり、不利とされている。
が、そんな事は関係ないとばかりに、彼女は縦横無尽にフィールドを駆け回った。
「あれは何だ。本当に俺達と同じ人間か?」
「獣人とはいえ、すごいのう」
敵チームのファイターの剣を回避し、寸止めの要領で拳を叩き込んでいく。
後ろから襲いかかってきたもう一人を、倒したばかりのファイターを盾にし、その背を駆け上がり跳躍、襲撃者のさらにバックを取ってその背にタッチする。
かと思うともう隣のラインに移動し旗を目指している。
「一人だけ、違う世界にいるみたいだ……つか一人で突撃してるけど、いいのかあれ。いや、問題ないのか」
スピードが、他の人の数倍はある動きだった。
「明らかに、他と実力が違うからのう。……っと、手を休めてはならぬと叱られたぞ、ススム」
「そうか」
まあ、こっちは昼食の準備中だしな。
こっちが疎かになると、それだけ飯の時間が遅くなってしまう。
が、向こうの活躍からも、目が離せない。人気があるのも無理はない。彼女の動きには、華があった。
「って見ながら野菜剥いてるーっ!?」
何かケイが叫んでいたが、とりあえず聞き流す事にした。
「あれはあれで、なかなか見応えがあるな」
「お、お主も無自覚に神業を発揮しているのじゃが……」
ジャガイモが剥けた感覚を手で確かめ、次のジャガイモに手を伸ばす。
「おお、なるほど。マジシャンってのはああいう風に動けばいいのか。やっぱり生で見ると違うもんだな」
「な、な、何で脇見したまま、そんな風に包丁を動かせるのじゃーっ!?」
無事に下拵えを終え、昼食の時間となった。
先述の通り、バーベキューであり、僕達も参加させてもらった。
有り難い話だ。財布の中身的にも。
そしてそれとは別に、この団剣というスポーツについて、僕の中で新たな興味が沸きつつあった。その理由の大半は、自分が実際にやった事よりもアヌビス・クルーガーの動きに魅せられた、というモノだが。
「僕、国に戻ったら、団剣の動画を見るんだ……」
「……何故に、無理矢理死亡フラグを立てるのじゃ」
串焼きをもきゅもきゅと食べながら、ケイが突っ込む。
そんな話をしていると、話題の当人が近付いてきた。僕らと同じように、紙の皿に肉や野菜を盛っている。
和やかな雰囲気だが、僕には言葉が分からない。
「何か話し掛けてきたぞ」
……語学の勉強も、これマジでやった方がいいかな、と何だか悩みそうになる。
「妾達はお客さん達だからの。観光かと聞いておる」
「ああ。ユフ王の旅路を追ってるんだけど、何故かここで巻き込まれたって伝えといて」
「承知した」
「いや、ちょっとはオブラートに包んどけよ!? そのまま全部伝えるなよ!?」
ストレートに言うと、何か僕、すごく感じ悪い人みたいなので、慌ててフォローする。
「大丈夫じゃ……ふむ。ふむふむふむ。ススムや」
クルーガーさんと話をしていたケイが、僕の方を向いた。
「何だよ」
「狼頭将軍の末裔だけど、インタビューするか、と聞いておる」
ぐ、と笑顔でクルーガーさんは指を立てた。
「何でそんなに目を輝かせてんの!?」
「ちなみに、あっちに一緒に参加しに来たご両親もおるそうじゃ」
「家族仲いいな!?」
なるほど、クルーガーさんの指差した先には、美人美女の獣人二人が、刈り上げ金髪の人とビールを飲んでいた。
僕がそっちに気をやっている間にも、おおよその経緯をケイはクルーガーさんに伝えていたようだ。
「ふむ、自分達の道場にも寄ったのか、と言うておるの。まあ教えたのは妾じゃが」
「グレイツロープ城内にあった、あれか。まあ閉まってたのは残念だけど、こういうのは巡り合わせだからな……って、何で近付いて来るのこの人ねえ」
クルーガーさんは何やら言いながら、僕の手首を握ってきた。
細!
滑らか!
「せっかくなので、手土産の一つも持たせてやらねばな、だそうじゃぞ」
「お前飯食ってないで止めようという努力を、少しは見せようよ!?」
「頭と口を使っておるのじゃぞ。充分労働しておる」
もしゃもしゃと肉を食べながら、ケイが言う。っていうかお前さっきから肉ばっかりじゃないか野菜を食え野菜。
「いやあの、僕女性と手を触れるとか、そういう経験少なくてですね」
「慌てふためきすぎて、あまりに童貞臭い台詞を放っておるぞ。もう少し、落ち着くのじゃ」
「っていうかせめて、手土産って何か教えろよ!? あと乙女が童貞とか言うな!」
「護身術だそうじゃ」
ケイがそう言った途端、僕の視界が回転した。
「わーっ!?」
グルッと三百六十度、そして両足が再び地面に戻った。
「……っと?」
ビックリするぐらい、衝撃はなかった。
「まあ、多分一回だけ。襲われた時に投げる事が出来るじゃろうという話じゃの。次からは純粋な感覚にお主の感覚の邪魔が入り、無理じゃがとの事じゃ。……むむ、興味深いの」
「お前今明らかに、こっちの投げ技よりそっちのバーベキューの方が興味深くなってるだろ」
「野趣に富んだ料理じゃ。気に入ったのじゃ」
ゴッキュゴッキュと冷水を飲みながら、ケイは言った。