狼将軍の隠れ家
城の外に出ると、何だかやはり解放感という奴か、妙にスッキリした。
そのせいか、ふと思いついた事があった。
疑問だ。
「んんんんんんん?」
「どうしたのじゃ、ススム。トイレか?」
ケイの問いに僕は首を振った。
「違う。そうじゃなくて矛盾点に気づいた。今のこのお城は昔はもっと大きかったんだよな。そりゃもうこの辺りの都市まるまる、覆うぐらい」
僕は、城を指差しそれから手を大きく広げた。
「そうだったらしいの」
「だとすれば、やっぱり変じゃないか。勇者ユフと出会ったのは、城の外じゃなくて中って事になる。現代でこそ敷地の外だけど、当時は敷地の中だろ」
「おお、よいところに気がついたのう」
やっぱり、僕の疑問のピントはずれていなかったらしい。
もし間違っていたら、こういう時ケイは割と論理的に、それを否定してくれる。
つまり、当時の城の中で、勇者ユフは狼頭将軍クルーガーと出会ったという事だ。
「どういうことなんだ?」
「知らぬ」
あっさりと言い捨て、スタスタと先に進むケイ。
「おい」
「妾とて万能ではないわ。第一、分からぬからこそ、それを知りに進むのではないのか?」
「……言われてみれば、そうだけど」
あまりにまともな言い草に、僕はグウのでも出なかった。
「では、とにかく行こうではないか」
程なくして、目的地に着いた。
グレイツロープ城公園から、やや離れたところにある森の中にある静かな寺院。
それが、勇者ユフと狼頭将軍クルーガーが出会った場所だった。
さすが平日の昼前、自分達以外、誰も客がいない。
そこの優しそうな中年僧職が、外国人は珍しいからと掃除の手を止めて、親切に案内をしてくれた。
寺院はこじんまりとしており、その裏には大きな井戸があった。
覗くと、中は空っぽだ。
立て札があったが、そもそもその内容は直に僧職がケイに教えてくれた。
「なるほど」
「ふぅむ、そう来たか」
僕達は唸った。
つまり、昔はその井戸の底に横穴があり、ずーっと遠くにまで通じていたらしい。
王族が、城のあちこちに抜け道を作る……なんて話は、僕も本やアニメなんかでよく聞いた事がある。
つまりここもその内の一つだ。
そして、勇者ユフはその逆を進んだ。
脱出路を逆手に取り、自分の侵入路にしたのだ。
そして、ここに出て、狼頭将軍と出会った。
「これ、ホントに敷地の外まで行けるのかな?」
「今では無理じゃ。何百年も前に、とっくに埋められたとある。そりゃ年代物の通路の途中で、崩落の危機とかシャレにならぬからの」
「そうか、残念。……まあ、通るつもりもなかったけど」
何て感想まで、ケイはわざわざ僧職に通訳し、相手は苦笑して首を振った。
「通れたとしてもえらい事のようじゃぞ。中の通路は迷路になっており、下手をすればずっと外に出られぬとかいう話じゃ」
「ダンジョンか、これ!?」
「中には危険な生物もいたという話じゃのう」
「そりゃ、埋めるか」
「ところが噂によれば、まだ生きている通路もあるそうじゃの」
「いかにもな都市伝説だな、そりゃ」
「ちなみに実際にあった事件としては、プラムフィルド地下街の、あそこの拡張中にここの地下通路の遺跡とぶつかり、そっち方面での拡張を制限されたという話があったと、言うておるぞ?」
ニコニコと笑いながら、僧職の人がそんな事を教えてくれた。
本題に戻る。
城の工房から逃れた改造人間二人は、この森で力尽きた。
追ってきた敵を撃退したが、その際に狼頭将軍も鷲頭将軍も捕らわれてしまい、最終的に洗脳されてしまった。
狼頭将軍はその後、この森の警備を担当したが、ひょいと井戸から出た勇者ユフとエンカウント。
戦いの末、洗脳を解かれて、城の解放を契約に勇者の仲間になった。
「……という事らしいのじゃ」
「はー。勇者って、洗脳解いたりも出来たんだ」
「……何か、頭ぶん殴って解いたとか言うておるのじゃが」
相変わらず、僧職はニコニコしているが、内容は割とトンデモだった。
「それは、単なるショック療法だ!」
「よいツッコミじゃと褒められておる」
「万国共通なのか、ツッコミ!?」
寺院を後にして、僕達は次の目的地に向かう事にした。
大きな川に沿った堤防を歩き、向かう先はもう一人の六禍選、紅き魔女ズッキーニの住処だ。
眼下の原っぱでは、ジョギングをしたり、犬とフリスビー遊びに興じている人が見える。
が、それよりも目を引いたのは、こちらに向かってくる黄色と黒の外套を羽織った集団だ。
向こうも外国人は珍しいのか、こちらを見るが特に事件も起こらず、すれ違った。
「また、派手な外套だなあ」
「妾達の国で言う所の、法被に当たるのであろうな」
旗やら太鼓やらをもっている所を見ると、あれは何かの応援団なのだろう。
背中のロゴから察するに、団剣の地元チームである事が分かった。
「そういえば、本来の修学旅行だとどっかのスタジアムの観戦があったんだっけ」
「それには、行かぬのか?」
ケイの問いに、僕は唸った。
修学旅行のスケジュールに沿って動けば、それにも行くのが筋かもしれないけど。
「んー、スポーツ観戦はあんまり趣味じゃないんだよな。嫌いって訳じゃないんだけどね」
それよりももっと切実な理由があった。
「何より個人で行くには、金がかかる」
「しょっぱい理由じゃのう」
ケイに笑われた。
「しょうがないだろ、事実なんだから。そういや、こっちの応援団って何か過激なんだっけ?」
ニュースで見たり読んだりしたような、記憶はある。
「妾もスポーツは詳しくないのじゃが、むしろ太照のサポーターが紳士的すぎるとか、そういう話は聞いたことがあるぞ?」
「いや、火炎瓶投げたりとかで事件になった事があるって聞くけど」
そして、互いのサポーター同士の乱闘で、重軽傷者が何人も出た事がある。
「日常茶飯事でそれでは、えらい事じゃな!?」
過激といえば、連鎖的に思い出した事があった。
「……あ、そうだ。アルファベルト橋から川に飛び込んだ集団があるとか、あれも団剣の地元チーム応援団じゃなかったっけ」
「ああー、妾も記事で読んだ記憶があるのじゃ。ついでに投げ込まれた唐揚げチェーン店の人形を探す探偵の話があったのじゃ」
……いや、僕が目にしたのは確か、その人形が発見されたというニュースなんだけど、コイツのニュースソースは時々、マイナーだな。