一人異国の地にて
大通りはユフ王の生誕祭で、華やかなパレードが進んでいる。
そんな中、僕、相馬ススムは激怒していた。
そこまでするか、と。
そこまで僕を虚仮にするのか、と。
腹が立って腹が立って、寂しさだの不安だのといった感情は吹き飛んでいた。
どうしてくれよう。
バスを追い掛けるべきか。いや、そもそもどっちに向かったかすら分からない。ホテルに向かう? それも無理だ。旅のしおりは奴らに預けさせられたリュックの中にある。連絡……これも旅のしおりがなければどうしようもない。
どうしてあの時、抵抗出来なかったのか。自分の気弱さが、ほとほと嫌になる。想像上のK原達などいくらでもぶっ飛ばせるのに、いざ本人達を前にするとすくみ上がってしまう。
だから、こんな事になったのだ。
小兵地上級私塾の修学旅行。
太照から遠く離れた西端の島国ガストノーセン、言葉も分からない異国に僕は置き去りにされてしまった。
吹奏楽団がのびやかな音楽を吹き鳴らし、ドラムの音が響き渡る。
空には中継が入っているのだろう、ヘリや飛行船、それに有翼人が飛び交っている。
紙吹雪が舞う中、千五百年前の少女王が御輿に乗って進んでいく。
後ろに控えているのは狼頭将軍、魔術師、龍の仮装をした三人だ。……ん? と首を傾げたが、それどころじゃない。
実際この時、僕は混乱していた。どうしたらいいのか考える一方で、ものすごく焦っていた。
後ろの御輿はオーガストラ帝国軍で、皇帝と皇妃、それに六禍選のコスチューム集団。さらに、吸血鬼、動く死体、甲冑の騎士、小鬼の集団などのモンスター達も行進していく。
いや、そっちを見ている場合じゃなくて。
落ち着いて、どうしてこうなったか。
そしてこれからどうするべきか、考えろ。
まず、昼前に僕達、修学旅行の一行はグレイツロープ市にあるアバウテスト空港に到着した。
そしてバスで東にある、このヒルマウント市へ一時間の移動。
今日の所はいくつかの観光地をあっさりとバスで回り、ホテル宿泊……だったはずだ。
問題だったのは昼食後の、短時間ながらグループごとの自由行動だ。
これが、間違いの元だった。
自慢じゃないが、僕は友達が少ない。というか、いない。そういう人達は分かると思うが、こうしたグループ分け、なんてのは地獄以外の何物でもない。
そして、僕はK原のグループに入った。というか入れさせられた。
連中にとって、からかいの種だったのは分かっている。多少、小突かれたり、荷物の中身を覗き込んだり……こういう所に関して彼らは狡猾で、イジメの範疇に入るか入らないか、すごく微妙な力加減というのを分かっている。
……それはともかく、だ。
祭に盛り上がる三人とは別に、僕が陰鬱な気分だったのに、間違いはない。もういっそ、食堂で一人携帯ゲームでもやってる方が気が楽だったのだが、グループ行動なのでそうも行かなかった。
事が起こったのは、公園のトイレだ。
この時点で既に罠は始まっていたのだろう。
「悪い。ちょっと荷物預かっててくれよ」
「あ、俺も」
「じゃあ俺も」
という事で、彼らのリュックを預かった。
そして数分後戻った彼らは、今度は僕にトイレを勧めてきた。その言い分は極めて真っ当だ。
「ここから先、バスでの移動ばかりだし、やっといた方がいいぜ。荷物は預かっといてやるよ」
荷物を預けた僕は、本当に馬鹿のお人好しだと思う。
嫌な予感はしたのだ。
振り返って、その予感に従えばよかったのだが、後悔は常に先に立たない。
案の定、トイレから出ると、連中は消えていた。
この時点では、どうせその辺に隠れて、僕の慌てふためく姿を見ようとでもしているのか、と思ったが、ところがどっこいK原達はその上を行っていた。
時計を確認すると、あと十分で集合時間だ。
ここまでの移動を考えると、本当にもう戻らないと危ない。置き去りにされる。
そして、連中が現れるのをギリギリまで待った。
待ったが、現れなかった。
本当に彼らは、僕の荷物を持ったまま、ここに置き去りにしたのだ。
旅のしおりには市内の地図があり、これさえあれば何とかバスのロータリーに戻れただろう。
しかし、それはない。
記憶を頼りに、ゆっくりと元の場所に戻った。まだ、希望を持っていたのだ。実は連中が僕を尾行していて、半泣きになっている姿を笑っているのだと。
だけどそれならまだ耐えられた。それならば、彼らと共に集合場所に戻れたのだから。
けれど現実は厳しい。
やけに粘る汗を感じながら時計を確かめると、時計は現地時間で十三時半。集合時間からは優に三十分が過ぎ、バスはもちろん残ってくれた先生もいなかった。
当然点呼もしただろうが……K原が「全員揃っている」と言えば問題はない。
正真正銘、完全に置き去りだった。
そして、冒頭に到る。
市内は人で溢れかえっていた。
デジカメでパレードを撮影している家族連れ、屋台で串焼きを売る猫獣人、街灯に登って眺めのいい場所から見物している爬虫類人、虫人は蜜飴を売り、何やらチケットを売っているのはどこかの劇団だろうか。
そんな喧噪の中、太照の言葉は皆無だ。当然だ。ここは異国の地なのだから。
胃の辺りがムカムカしながら、解決策を考える。
ホテルは先程却下した。
となると、警察か大使館に向かう事を検討する。
大使館……は、ここにはないような気がした。ここ、ヒルマウントは、ガストノーセンの首都じゃない。そういう意味では、大都市であるグレイツロープの方が見込みがある。
が、そこまで向かうのは人間の足だとおそらく数日掛かる……し、そもそも大使館なんて単語、僕は知らない。
となると警察に保護してもらう事になる。一番妥当な判断だ。
……なんて考えていたら、ふと視界が青に染まった。
何かと目に手をやると、それは青い羽根だった。
空を見上げると相変わらず有翼人が飛んでいるからそれが降らせたのかと思ったが、見回してみると羽根は周囲に散らばっている。
その発生源は、御輿に乗った青い髪に青い羽、有翼人の美青年だった。オーガストラ皇帝直属の幹部の一人、青き翼のチルミー演じる彼が羽根を振る舞っていたのだ。
どこかで見た顔だな、と思ったら映画で見る本物だった。麦国は映画の都ウーヴァルト俳優、生のスキア・グランツ氏である。
せっかくなので、この青い羽根は記念に取っておく事にした。
そして改めて、足を動かすと人混みの向こうに警察署らしき建物が見えた。
安堵し、ふと横を見ると、ショーウィンドウに映る自分の姿が目に入った。
薄緑のブレザーを着た、半泣きで胸を撫で下ろすひょろっちい塾生だ。
惨めだった。
そこで、思い直した。
本当に、これでいいのかと。
警察に保護してもらえば、おそらく言葉の分かる人が来て、その後先生の誰かが迎えに来るだろう。
そして、自分は修学旅行の一行に戻る事が出来る。
出来るが……出来るが、おそらくは説教と謹慎が待っているだろう。K原達の非を訴えた所で、よくて両成敗にされる。よくよく考えてみればおかしな話なのだが、そういう理不尽は通る。本当に通るのだ。
もっとも可能性としては、彼らが「僕がグループを離れて勝手に行動した」と言うパターンであり、そちらの方が圧倒的に有り得る。
修学旅行は、そこで終わる。
一番よくて僕の言い分が通ったとしても、この地に置き去りにされたのは事実だ。彼らはこれからずっと、それをネタにからかってくるだろう。
僕は……笑って、この修学旅行を終える事は、出来ない。
そう考えると、猛烈な怒りが腹の辺りから噴き上がってきた。
そんな理不尽が、許せるか。
アイツらの為に、何で僕の一生の思い出が台無しにされなきゃならないんだ?
そうだ、僕がここで我慢をすれば全て問題ない。大人になって道化の境遇を受け入れれば、他の皆の修学旅行は続くだろう。
冗談じゃない。
耐えろ? 我慢すればいい? 大人になれ?
そんな事をしてやる義理など、何一つない!!
上等だ。
やってやるとも。
僕は、僕で旅を楽しむ事にする。どこまで行けるか分からないし、先生に捕まるかもしれない。
それでも行ける所まで、行ってやる。
修学旅行の日程は正直、殆ど憶えていない。
せいぜい行き先が、明日はグレイツロープ、明後日がイフ、残り二日がシティムでグループごとの行動がメイン……だったが、ああもうとりあえずそれだけ憶えてれば充分だ。
所持金もほとんどない。
だけどまあ。
この時、僕は目を拭い、腹を括った。
泣いてこの修学旅行を終えるよりは、ずっといいだろう。