絵画と工房
通路を進むと、次は絵画の間だった。
芸術はよく分からないが、勇者ユフに下るシーンや狼頭将軍の戦う姿やらは、まあいい絵なんだろうと思う。
やや大きめの絵画で、僕は足を止めた。
そこには、軍服姿らしき八人、いや女の子が赤ん坊を抱えているから九人か。さっき通った中庭を背景に、立っている絵だった。
「何の集合絵だろ」
「当時の将軍達じゃの」
僕は、赤ん坊を指差した。
「……あれは、違うんじゃない?」
「う、うーむ……いや、しかし、絵の説明にはそう書いてあるのじゃ。ちゃんと九人で合っているのじゃ」
「実はあれは、赤ん坊の姿を取った大人とか」
「なるほど、その解釈はあるかもしれぬの」
「いやいや」
どうやらその辺の説明は、ないらしい。
調べれば分かるかも知れないが、あいにくと図書館に行く予定は僕達にはなかった。
その時にはそれとは別の、疑問が頭に浮かんでいた。
「……ポーズとるの、大変だったんじゃないかなぁ」
「写真でパシャリ、という訳にもいかんしのう」
当然、この絵を描いた人物がいたはずだ。
ケイによれば、ちゃんと画家の名前もある。
「いや、よく考えればとりあえず大ざっぱに形だけ取って、後はそれぞれ個別って手もあるのかな?」
美術部員なら、説明してくれたかもしれないけど、あいにくとここには僕達以外の生徒はいない。
「妾ならいっそ、カメラを作ってしまうのじゃが。千五百年前でも、ピンホールカメラぐらいなら何とか」
「いやいやいやいや、ないないないない」
しかし、ケイは割と大マジのようだった。
「下の方に何か、書いてあるけど名前?」
僕は絵の下の、文章に目をやった。
一番下の文章が、画家の名前だっていうのは分かるけど、その上にあるのは短く九つに分かれている事から、将軍達の名前と何かだと思ったのだ。
どうやら正解だったらしく、ケイは頷いた。
「名前と、能力じゃの」
「……能力?」
また何か、古代らしくない単語が出て来た。
「全員改造され、狼頭将軍を追う事になるのじゃが、その時様々な能力を付与された。あちらの髪と鼻が尖ったのは空を飛べ、あちらの太ったのは火を吹いたとあるのじゃ」
他、筋骨隆々のいかにも戦士な人は怪力とか、禿頭の人は変身能力(変装ではないらしい)とか、ケイは説明してくれた。
「どんだけトンデモ集団なんだ……いや、プリニースのせいなんだろうけど」
中央に立つ青年が、狼頭将軍の改造前の姿らしい。
……いや、中年なのか? 二十代から三十代後半、どうとでも見れる爽やかそうな男だった。
「そして、狼頭将軍は彼らの能力すべてを継承したという」
「何だよその僕の考えた最強キャラ」
空飛べて火を吹けて怪力で変身能力のある加速能力もちとか、どれだけ俺tueeeなんだ。
ひとまず集合絵の説明を終えて、次の絵に進んだ。
その絵の第一印象。
怪獣映画か。
「こっちの絵は? ドラゴン退治とか、狼頭将軍に関係あるの?」
だってなあ。
城壁をよじ登ろうとする、巨大なドラゴンの絵なんだもんなぁ。嘘じゃない。本当にあります。
しかしこの部屋にあるということは、狼頭将軍関連でもあるということだ。
「……説明によると、逆のようじゃの。むしろユフと狼頭将軍が龍神に協力を求めたそうじゃ。現在で言う所の……ふーむ、南方にあるアルファベルト橋とかいう場所に棲んでいたようじゃの」
僕は自分の手帳を確かめた。
目的地じゃないけど、そこも含んだ地帯は午後に行くつもりではある。
何でも地元の団剣チームが、この国の大会で優勝した時、何人もの人が浮かれて飛び込んだとかかんとか。
閑話休題。
「つまり、城攻めの際、龍神に囮を頼んで、その隙に二人で城主の三兄弟を落とした、という事かのう」
「てっきり特攻かと思ったけど、一応考えてはいたんだな」
絵画の間を抜け、今度は小さな部屋に着いた。
ひんやりと冷えた部屋の中央は土になっており、そこに二つの石碑があった。
「城の中に石碑があるってのも、すごいな」
「うむ」
一つは初代狼頭将軍、もう一つは二代目狼頭将軍の功績が刻まれていると、ケイは言う。
僕達はそれに手を合わせて、次の部屋に向かった。
順路は地下へと向けられていた。
薄暗い階段を下った先の地下室は、かなり広い造りだった。
中央に高炉。壁に立てかけられた巨大な巻物、床にも大小の巻物。
木の棚には薬品瓶が並んでいる。もちろん空だけど。
保存箱らしい、大きな宝箱のようなものもある。
壁の一面が板張りで、こう、装置を作動させることで向こうに下がる仕掛けがあるのは、原始的な搬入通路なのだろうか。
そして四角い柱のようなガラスケースが並んでおり、実際に読める巻物が拡げられていた。……ん? って事は壁に立て掛けられているのはダミーなんだろうか。
「突然、何かの工房になったな。魔法使いの部屋か?」
この城には職人も住み込んでいたという話だから、鍛冶工房という可能性も一応ある。
「ある意味で正解のようじゃ。ここがプリニースの研究施設だったらしいのぉ」
そのままふらふら~っと、ケイは巻物のガラスケースに引き寄せられるように近付いた。
「お、おいおい、僕を置いてけぼりにするな」
僕も慌てて追い掛けた。
「うむ。続きがめくらないのがもどかしいのじゃ。全部読ませろなのじゃ」
何だか興奮していた。
「駄目だ、聞いてない」
とりあえずケイは諦めて、僕もこの部屋を見学する事にした。
「何だこの種」
別のガラスケースには、革袋とそこから出されたいくつかの小さな種があった。
「ここの留守を預かっていた者の、研究成果じゃの」
いつの間にか戻って来たのか、僕の脇からケイが覗き込んできた。
留守?
「ああ、そういえば銀輪鉄騎のダービーがメンテに戻ったとかいう話もあったっけ」
「左様。いくら何でも一人で、ユフとの戦いの傷を癒やせたとも思えぬ。バイクもあったしの」
言って、ケイは頭上を指差した。
すると天井には、鎖がぶら下がっていた。ああ、バイクの整備用か。
「ここを預かっておったのは、深緑隠者クロニクル・ディーンという学者とあるのじゃ。ほう……?」
だから、そこで一人で納得するのは止めてもらいたい。
「どうやら、ユフの仲間の1人であるニワ・カイチの師匠のようじゃの」
「それはつまり、師匠VS弟子フラグが今立ったという解釈でいいんだな?」
当時、この城はオーガストラ帝国の支配下にあった。
銀輪鉄騎のダービーも帝国に属していたし、それを考えれば当然そのディーンという学者もそちら側だ。
ちょっと燃える展開だった。
「いやいや、まだ当事者のもう一人が登場しておらぬから、それはどうかと思うのじゃ」
確かに、ニワ・カイチの登場は、三日目のイフまで待たなきゃいけない。
「どっちにしても、師匠の方は敵についてるってのは、間違いないんだな?」
「うむ」