二人の狼頭将軍
城内通路の左右にガラス棚が陳列され、中には剣や甲冑が説明と共に展示されている。
「ラクストック村の博物館っぽいなぁ」
通路をゆっくりと歩きながら、そんな感想を抱く。
「そりゃ同じ、博物館じゃからの。順路があって展示品がある。似てて当然ではないかや?」
「……そう言われると、身も蓋もないな」
「それで、解説はいるのかや?」
「出来れば」
……っていうか、展示品の説明も蒸語なんで僕には読む事が出来ない。
「出来るのじゃ」
むん、とケイは得意げに胸を張った。
「じゃあ、頼む」
「うむ。まず狼頭将軍クルーガーじゃが、ユフ・フィッツロンと出会ったそれと、最後まで旅を全うしたのとは別人じゃ」
「へー……」
普通に、感心した。
そのまま、危うくスルーしそうになったが、幸い何とか疑問を抱く事が出来た。
「……うん?」
「ほれ、甲冑も二種類あるじゃろ?」
「あ、うん」
言われてみれば、そうだ。
大きいモノと、やや小さなモノだ。
注意してみると剣も二振り。ブーツも二種類。
スペアとか、そういうのじゃなかったらしい。
「最初に出会ったのが、ハドゥン・クルーガー。これが旅の途中で死んで、その跡を継いだのが娘のケーナ・クルーガーなのじゃ。よって、展示品も大きく二種類に分かれておる」
「待て待て待て! それ、かなり重要じゃないか?」
「うむ、重要じゃの。試験問題なら必ず出る類の問題じゃ。しかも試験で言えば序盤で出て来る基本情報じゃの」
「えー……?」
微妙に納得いかなかった。
「こんなの、昔話には書いてなかったぞ」
「必要ないからのう。主役はユフ王じゃし。ただ、ちょっとでも詳しい本ならば、普通に載っておるじゃろうな。もっとも妾も知らんかったが」
でもまあ、海外の伝承なんて案外そんなモノなのかもしれない。
麦国の連中なんて、いまだに太照にはニンジャがいるとか思ってるらしいし。
ケイはというと、展示品の説明をメインに読んでいたようだが、その二人の継承については首を傾げていた。
「ふむ、その辺に関してはここよりも、実際に継承されたイフの方が詳しそうじゃの。確か明日の目的地であったか」
「あ、うん。要するに、このグレイツロープで狼頭将軍は仲間になったけど、その将軍はイフで死に、その跡を娘が引き継いだ、と」
「うむ、そう言うておる」
確かにそれなら、ここで語られるよりも、出来事を旅と共に追っていった方がよさそうだ。
ただ、お話としてはやや唐突な感じがする。
「その娘ってのは、それまでどこにいたんだよ。伏線も無しに登場じゃ、読者は納得いかないぞ?」
魔法やモンスターとかはともかく、それを抜いた史実ならしょうがないかもしれないけど、だとしても一応の説明ぐらいはあってもいいんじゃないかと思う。
「ふふふふふ。既に出ておる」
何故か、ケイは得意そうだ。
「女性キャラなんて、これまでユフ王ぐらいしかいなかったじゃないか。っていうかここまでの道程なんて、ヒルマウントから将軍と出会うまでしか辿ってないぞ? 他ほとんどオッサンじゃないか」
僕は、昨日の旅を振り返った。
「……いや、むしろオッサン以外、出てないんじゃないか?」
「性別不明なのが一人おったであろ」
「誰?」
「おう、あったあった」
水袋だの鍵束だのの小物のコーナーを抜けると、そこには銀色に塗装された二輪車が置いてあった。
ただ現代のバイクと言うよりは、まさしく鉄の馬に似せた二輪の乗り物、という感じだが。
「何でこんな所に、バイクが置いて――」
ふと、引っ掛かるモノがあった。
「……ん、バイク?」
「銀輪鉄騎のダービーのモノじゃの。ほれ、封印の洞窟での戦いの後、こちらに調整を受けに戻ったという話もしたではないか」
「もしかして」
確かに、あの騎士の性別は言及していなかったが。
「もしかしなくても、銀輪鉄騎のダービー=ケーナ・クルーガーなのじゃ」
「えええ……!?」
大声を上げそうになり、僕は慌てて自分の口を手で塞いだ。博物館は、お静かにだ。
ケイの説明は続く。
「つまりプリニースは、ハドゥン・クルーガー将軍を狼頭に改造する一方で、娘も弄っておったという事じゃの」
「き、鬼畜すぎる」
「それは、先刻聞いたのじゃ」
ちなみにハドゥン・クルーガーの妻は実験に耐えきれず、死亡したとあった。それはそれでやりきれない。
「ほれ、これが銀輪鉄騎のダービーの素顔らしいの」
そこには、肖像画があった。
椅子に座っている軍服らしき服装の中年の男、その隣の貴婦人、さらにその後ろに長い銀髪を後ろでまとめた男装の、凛々しい少女が立っていた。
おそらく、オーガストラ帝国の侵略を受ける前の、クルーガー家の絵なのだろう。とすれば、この男がハドゥン・クルーガー。隣がその妻。そして後ろに立つのがその娘であるケーナ・クルーガー、後の銀輪鉄騎のダービーという事になる。
「…………」
さらにその隣、軽装鎧に身を包んだケーナ・クルーガーの肖像画もあった。前のと違う点と言えば、服装と狼耳、それにふさふさの尻尾だった。
周りを見ると、狼頭の将軍の資料があちこちにある。これはつまり、初代の資料という事なのだろう。
僕には、新たな疑問が芽生えていた。
「何で、父親は狼頭なのに、娘は普通の獣人っぽいんだ?」
すると、ケイは古めかしい紙が何枚も壁に広げられているコーナーに、足を伸ばした。
「ここに、プリニースの研究報告書があるのじゃ。うむ、解説によると」
「よると?」
「『萌えは大切に』だそうじゃ」
「本当のあのオッサンは、千五百年前の人物なのか!?」
博物館であるという自重も吹っ飛んで、僕は大昔の人物に突っ込んでいた。
そのまま、ケイはプリニースの資料を眺めていた。速読でも身に着けているのか、そのスピードは歩く速度と変わりがない。
「狼頭将軍父娘の性能は、どちらも速さを追求した改造とあるの」
「つまり、すごく速く動けるって事か」
「読んだ感じ、むしろ脳の処理能力を高めた風じゃが」
「ごめん、よく分からない。動体視力とか、そういうのじゃなくて?」
「それも含めるというかじゃ、そもそも動体視力というのも脳が処理するモノなのじゃよ? 見るとか聞くとか、その辺は全部脳じゃ。もちろん神経や筋肉も改造したのじゃろうが、その時代で脳に着目する辺り、やはりプリニースとやらは頭の配線がどっかイカレておったのじゃろうなぁ」
「褒めてないよな、それ」
む、とケイは眉をしかめた。
「何を言う。メチャクチャ褒めておる。ただ、当時を生きておったプリニースはさぞやもどかしかったであろうな。自分の才に世間がまるでついてこれなんだのじゃから。案外、帝国に属しておったのもその辺かもしれぬ」
「…………」
それってつまり……と、僕は自分の中でその理由が頭に浮かべていた。
それを見透かすように、ケイが僕を見上げていた。
「申してみい」
「……帝国にプリニースの才の理解者がいたか、いなくても自分の力を可能な限り発揮出来る資金を持っていたか」
「うむ、よい答えじゃ」
正直、正解でちょっと嬉しかった。
「話を戻すのじゃ。この場合の脳を弄ったというのはじゃなー……うーむ、あらゆる物事の処理が速く出来るという事じゃ」
「スパコンみたいなもん?」
「うむ。今お主が見ているモノや聞こえているモノ、そのすべてを今の何倍ものスピードで処理出来るとすれば、それは相対的に見れば、世界の流れがゆっくりになるという事じゃ。ぶっちゃけると、周りを超スローモーションに出来る。突き詰めれば時間が止まったようなレベルにも出来るじゃろう」
もっとも、実行するには肉体強化は必須、服も空気の摩擦で燃えるので専用のスーツが必要になるじゃろうがの、とケイは付け加えた。