狼頭神殿にて
幅の広い階段を登り、大きな謁見の間に到着した。
玉座の周囲にはポールが設置され、ロープで隔離がされている。
……いや、そんな事しなくても触ったり座ったりしないと思うんだけど。
「それは太照の人間の発想じゃ。椅子があるなら記念に座ろう、なんて考える人間の方が多いと思うぞ?」
「そういうモンか……? いや、うん、それはあるか」
疑問を抱いたが、記念撮影をするアホな観光客の想像は難くなかった。
ケイはもはやパンフレットを開かず、その内容を説明してくれた。
「当時の領主、つまり帝国の代官じゃの。これは先程も話した通り、黒猪族と呼ばれる種族じゃ。まあ、半分黒い猪の人型モンスターじゃの」
「そのまんまだよな」
しかしイメージとしては何だか、前線で戦うようなタイプっぽいんだけど。
猪って言うと、猪突猛進とも言うし、突進が得意そうな気がする。
「代官はグル、チャック、パーラという三兄弟という話じゃの。長男よりも次男、次男よりも末っ子の方が頭はよかったとあったのじゃ。城外や城内の罠のほとんどを、パーラが考案したという」
「罠なんてあったか?」
少なくともここに来るまでの廊下や柱の間に、それらしいモノは見当たらなかったけど。
という疑問に、ケイは難なく応えてくれた。
「……現代に仕掛けられておっては、妾達は死んでおるわ。第一、千五百年前からどれだけ代替わりしていると思っておるのじゃ」
「言われてみれば、そうか。でもせっかくだから、その跡ぐらい残してくれててもなぁ」
「一応、どういう罠があったかは、資料としては残っておるようじゃがの」
再びパンフレットを取り出すと、ケイはそれを僕に預けてくれた。
文字は分からないが、写真は理解出来る。
…………。
「仮に罠が残っておったら、それがあると知ってて進んでも十回は死んでおったの」
「……うん」
ぐうの音も出なかった。
謁見の間を出て、今度は逆の外廊下に出た。
すると、庭に倉庫らしき石組みの建物があった。これも順路か。
近付くと、その施設が何か、ようやく分かった。
倉庫じゃなかった。倉庫には門の左右に、剣を地面に差した大きな戦士の像なんてないと思う。
「城の中にも神殿があるとか」
「戦で籠もる事を想定しておるのじゃろ。小さな商店もあったそうじゃ」
「そして経理の人間が横流しを」
「打ち首並の不謹慎ぶりじゃの!?」
宿舎もあったらしい。ケイの言う通り、この城のみで生活出来る環境が整えられていたって事か。
そんな事を考えながら、オレンジ色の灯りに照らされた荘厳な神殿の奥へと進む。
左右には戦がテーマの壁画が刻まれている。
写真はオッケーらしく、観光客がパシャパシャとカメラを構えていた。
神殿の奥には、神像が祀られていた。
胡坐をかく狼頭将軍。その後ろで、立って剣を掲げる狼頭将軍。
ふむ……。
「この神殿、あとで出来たモノだな。少なくともユフ一行の旅路より後だ」
「そうじゃの。生きている間に祀られるケースは皆無とは言わぬが、珍しいじゃろ」
僕の推理はあっさりと看破されてしまった。
……でも、何で二つあるんだ?
そんな疑問が、頭をもたげる。
一方、ケイは神像足下にある泉に、コインを投げ込んでいた。そして手を合わせる。
「刻まれた文字には、戦神信仰とあるの。なむなむ」
「待て、それ何か違う」
「こういうのは気持ちの問題ではないかの?」
「せめて神殿の祈りにするべきじゃ……って、あった!」
神殿の太い柱と柱の間に、長いテーブルとパイプ椅子だけの売店があった。
うん、正直こう、神殿の雰囲気台無しだけど、抗議する筋合いでもない。
売店では、ラクストック村と同じく、御守りが売られている。
狼の横面が刻まれた、コインに似た銀円盤――タリスマンを購入する。
それをバッグにくくりつけた。
「よし、ここでの最大の目的達成」
「あっさり終わったの」
同じモノを、ケイも購入した。
「そりゃハードル高くする必然性がないからな。それでも、お前がいなきゃ相当きついミッションだぞこれ」
そもそも、今朝の教会からのスタート時点でまだ、どこかの駅で足止めを食らっていた可能性もあった。
「ふふふ、頼りにするがよい」
「なむなむ」
素直に僕は、手を合わせてケイを拝んだ。
「その祈りは違うと思うのじゃ!?」
「気持ちの問題だろ」
「ぐぬぬ」
神殿を出て、公園のような芝生の庭を歩く。
城内と言っても広大だ。
近くにあった小さな丘の上にあった円筒状の建物を見た。
何となくボードゲームの駒みたいな造りだ。塔にしてはやや背が低い。三階建てぐらいだろうか。
例によって石造りだ。
軒の部分に二本の剣が交差する鉄板レリーフがあったので、何となくこの建物が何なのか分かった。
「道場もあるんだな」
訓練用と思われる甲冑を被った案山子みたいなのが何本か、表に立てられているし、間違いないと思う。
「あっちにもあるのじゃ」
「え?」
ケイに言われてそちらに顔を向けるとなるほど、少し離れた場所にまるで双子のように同じような建物があった。
目を凝らしてみると、鉄板レリーフには三本の斜線。これは何なのか、よく分からない。
が、同じ造りならあれも道場だろう。
「……どうなってんだ?」
そしてピンと来た。
「ハッ、これは二つの流派でどちらが優れているか、競い合わせているシステムか」
「いや、単に二種類全然違う道場のようじゃぞ。そっちは剣術道場、こっちは牙爪術道場とあるの。牙爪術は獣人族向けのモノじゃの」
なるほど、剣用の道場と格闘用の道場だったという事か。
中を覗き込む……前に、立て札があった。
ケイに読んでもらう。
「見てみたかったけど、休業かぁ……」
驚く事に、現代も使用されている、という事が分かっただけでも収穫だったかもしれない。
「どちらにしても、平日のこの時間では開いておらんかったじゃろ。古代や中世ならばともかく、外国じゃろうが平日は皆仕事や学校じゃ」
「言われてみれば、そうか」
また、立て札には別の事も書かれていた。
曜日と時間だ。
「体験道場とか、ちょっと興味あったんだけどなあ」
「お主、運動はからきしであろうが」
「僕より鈍臭い奴に言われたくないよ!?」
庭から、再び城の中に戻る。
ケイの説明によれば、次はいよいよ僕的にメインである、狼頭将軍関連の展示場があるらしい。