フォレストスライン駅からグレイツロープ城公園を巡る
グレイツロープから円環線に乗り継いで十数分、僕達は目的地であるフォレストスライン駅に到着した。
ただ、若干の不満がないでもなかった。
いや、無駄はなかったんだけどさ……。
「あの駅名は絶対トラップだと思う。神父に教えてもらってなかったら、前の駅で降りてた」
「同感じゃ。……まあ、どこから入るか拘らぬならどちらでも、とは言うておったが、やはりここは堂々と正面から入るべきじゃの」
ちなみにこのフォレストスラインの一つ前、北にある駅の名前をズバリ、グレイツロープ城公園駅という。
ホント、そのまんまな名前な訳だが、実は正面から入りたかったらフォレストスライン駅の方が早いというトラップが仕掛けられているのである。
そしてケイの言う通り、入り口に拘らないならば、別に|グレイツロープ城公園駅《向こう》でもいいという……いやはや。
つまり、お城なので入り口は複数あるのだ。
更に言えばこのフォレストスラインとグレイツロープ城公園駅、実に近い。
この駅前から、向こうの駅が肉眼で余裕な距離だ。
神父曰く、どこかのテレビ番組ではこの二つの駅の間で、列車と人間、どっちが早く到着出来るか競争した事もあるらしい。……何というか、平和な国だなぁと思う。
「……それにしても、少々人が少ないと思わぬか」
ケイの指摘で、僕は駅の周囲を見渡した。
否、人自体は多い。
スクールバッグを肩に掛け、自転車で通り過ぎる僕達と同年代の少年。
または談笑しながら歩く、リュックを背負った女の子三人。
忙しそうに早足で駅の改札を潜るスーツの男性。
吸い終えた朝食らしき携帯ゼリーをゴミ箱に捨て、これまた早足で駆けていくキャリアウーマン風の女性。
つまり、僕達みたいな観光客は、あまり見られないって事だろう。
「そりゃそうだ。曜日が世界共通なら、今日は平日だからな。こんな時間にのんびりとお城見物に来る人なんて、地元の暇人ぐらいのもんだろ」
ジョギングをするジャージ服の人や、犬の散歩をしている老人ならチラホラと見受けられた。
「言われてみれば、忙しそうな人がチラホラと見えるの」
「時間的にはちょうど学生は登校時間、社会人は出勤時間ってトコだからな。さてま、観光客である僕達は、堂々と中に入るとしよう」
「うむ。……でっかいのう」
やや斜面になった入り口をのんびり歩きながら、ケイが正面の城を見渡した。
駅前はまだ外堀手前に過ぎず、王城自体はかなり遠くに見える。
結構歩く事になりそうだ。
「神父の話じゃ、これでも五百年前の大戦の後、相当外堀を埋められたって話なんだよなあ」
「ふむぅ。それでこれか。攻めるのは大変そうじゃ」
別に僕達は、この城を襲撃に来た訳じゃないんだが。
「ちなみに、城の開城時間までは実はまだ余裕があったりする」
時計を見ると現在、午前八時十分。
中央の王城が開くのは、午前九時。
あと、五十分もある。……ちなみに早く来すぎたって訳じゃなくて、大体予定通りの時間なのだ。
「むむ……ならばどうする。かくれんぼでもするのか」
「何でそこでかくれんぼ」
「では、鬼ごっこか」
「どっちも二人じゃ厳しいな! 城に入れないだけで、周囲の公園は散策出来るんだよ。イベント開催用のホールもあるらしいし、せっかくだから外観だけでも見物しよう」
僕は手帳を確かめながら、先を促した。地図がないのが悔やまれるが、その辺は標識でどうにかなる……や、読むのはケイなんだけど。
「よく調べておるのう」
「全部、神父からの情報だけどね。ホントすごくいい人だった」
「うむ」
という訳で、公園内の散策を開始した。
特に念入りに見て回ったという事はなく、単に歩きながら景色を楽しんだだけ……なのだが、まず噴水のある広場を通り、音楽堂(野外音楽堂らしかったけど門が閉まっていたので外観だけ見物)、やたら道の広い森の遊歩道を抜けるとまた広場に到着し……何だか気がつけばグレイツロープ城公園駅よりも更に北に進みそうになってて、慌てて引き返した。
それなりに冷えるとは言え、歩き続けると汗が出て来る。
あまり身体を冷やすのも具合が悪いので、歩きすぎるのもよくないのだ。
「……何というか、外を回るだけで一仕事になりそうなのじゃが」
「僕も思った。適当な所でやめよう」
「うむ。何か乗り物でもなければ、とてもではないが持たぬ」
「ひとまず内堀の中に入ろう。そろそろいい頃だと思う」
……何と、この城は中に神社や武道場もあるのだ。
いや、僕が驚いているだけで、これが普通なのだろうか?
そして王城の麓でしばし暇を潰す。
間近に見る石造りのグレイツロープ城は、荘厳の一言だ。
正確には僕のボキャブラリーが貧困なのが、問題なのだが。
近くで見ると白に近い灰色だが、遠くから見た時には真っ白だった。
形はというと、幾つもの四角いブロックや円塔が重ねられ、外から見ただけでもこりゃ内部は迷宮だなと感じさせられる。
これがゲームなら、中に絶対ワープゾーンが設定されてるに違いない。
「立派な城だなぁ」
「壊すのには骨が折れそうじゃ」
「だから、何で攻略前提なんだよ」
などと喋っていると、無事開城時間となった。
いくら観光客とはいえ、朝一の人間はやはり少ないらしく、待つこともなく中に入る事が出来た。
古い石造りの城内には、当たり前だが後で設置された受付や展示コーナーがあった。
順路通りにいけば、最後にはやはりここに戻ってくるらしい。
土産物コーナーは、その時に見ればいいのだろうが。
「……目を輝かせても、ダメだぞ。金がない」
ケイが興味を抱いたのは、受付でレンタル出来る、イヤホンで聴くタイプの案内機器だった。
「ぬぬぬ、金子に余裕があれば、妾が自ら作るモノを」
「いや、ホントに作れるかどうかはさておき、結局金掛けてんじゃん、それ」
高すぎる……という程じゃないけど、パンフレットでどうにかなるなら、我慢したい、という金額だった。
「まあ、太照語のガイドはちょっと惜しいけどね」
結局、諦めることになった。
「じゃのう。まあ、そこは妾が無料のパンフレットから通訳してやるのじゃ」
「よろしくお願いします」
素直に、僕は頭を下げた。……いやだって、実際ここはケイが頼りだし。
「よしよし殊勝な心がけじゃ! 任せるのじゃ!」
そして張り切るケイ。
僕達は、城の中を歩き始めた。