タイムマシン
「確かに集団拉致事件なぞ大ごとじゃが、今の話の流れでは、おおよそ終わった話じゃからのう」
「うんうん。追っ手が来なければまあ、大丈夫なんじゃないかな」
ケイも教授も、ずいぶんと楽観的だった。
……まあ、僕もそんな危険には出会った事がないし、どこか現実味が薄く感じたのも確かだったけど。
「その追っ手とかが来る危険性があるから、ここに避難してるんですよね?」
一応、念を押してみた。
「そうだよ。でも、何か明日にでも迎えが来てくれるらしいから。リラックスリラックス」
髭を揺らしながら、教授が笑う。
「……当事者が一番、緊張してないとか」
ただ、拉致されていたというのは、何だか冗談にしては質が悪いし……本当だとしてもあんまり深く、踏み込まない方がいいのかなぁ。
何て考えていると。
「して、教授らは拉致されて何をしておったのじゃ?」
「って心配してる傍から思いっきり踏み込んでるし!?」
相変わらず、ケイの辞書は遠慮という単語がないらしい。
「ススムは、気にはならぬのかや? 妾は気になる話があると、夜眠れなくなるのじゃ!」
「なるけど! ああ、でも何か聞いちゃいけないような気もする! 余計な厄介事に巻き込まれるフラグというか!」
「問題ないのじゃ。そんなモノはフィクションのキャラクターにしか通じぬ。もしくは迷信に過ぎぬ。黙っておれば、何事も起こらずに済むのじゃ。して話の続きじゃ。教授は、何をしておったのじゃ?」
「ああうん、タイムマシン造ってた」
サラッと、何かすごい事を教授は言った。
「ほう」
「……へ?」
普通に感心するケイに、阿呆みたいな声を出してしまった僕である。
たいむましんとな?
「ほら、青羽教の教えって、主に神を迎える事と、その力の再現でしょ? で、チルミーって時空を操るって言う話じゃない。それで、僕達にタイムマシンを造らせたって話。あ、もちろん通常空間での瞬間移動も含まれるよ? 移動ってのも、ある意味時間が関わるからね?」
後でケイに聞いた話によると、例えば列車で二時間掛かって移動しなければならないのを、一瞬で移動出来たとそれは、それは二時間分の時間移動なのだとかかんとか。
「苦労したんだよ、あの大きさにデザイン。注文も多かったからねえ。確かに鳥の宗教だから、あの形は正しいんだとは思うけど……」
大きさ、と言いながら、教授は何となく月面探査機ぐらいの大きさをイメージさせるように腕を広げた。
それにしても、鳥に相応しいデザインって何だろう? 鳥籠?
まあ、タイムマシンというからには、有人機なんだろうと思う。SFでも無人機ってあまり聞かない気がするし。
「で、出来ちゃったんですか、タイムマシン?」
うーん、と教授は腕を組んで唸った。
「いやぁ、それがよく分からないんだよ」
「は?」
「時間遡行の無人稼働実験したら、消えちゃったんだ。僕達としてはね、その検証も行いたかったんだけど、その前に何か信者達がお迎えが来たとか、祈りに神が応えてくれたとかで大はしゃぎ。僕達また軟禁されちゃったんだよね。集められた学者達はそうそうたる面子だったけど、みんな一回で成功するとは思ってなかったし、こう、やるならやるでトライアンドエラーの精神が大切だと……」
……僕は思った。
大変失礼だが、やっぱ天才ってどっか頭のネジが緩んでるのか配線がおかしいのかもしれない。
そんな状況で、大真面目に実験結果に気を揉むとか、すごい神経だ。
「教授の言い方だと、まるでチルミーが降臨したかのようだのぅ」
「そうだねえ。ああうん、君の対処は実に正しいと思うよ?」
眉に唾をつけている僕に、教授は気づいたが特に気を悪くした様子もなかった。
「あのチルミーという青い有翼人が、本当に時空を操れる存在だったというのなら、興味深いね。青羽教の聖書も読ませてもらったけど、翼というか羽にその秘密があるのだとか」
「タイムマシンのう……そういえばずいぶんと昔、妾もその理論を検証した事があったのう」
何か、ケイまでとんでもない事を言い出した。
しかも、別に教授に対抗しているわけでもない風なので、これはガチと見ていいのだろうか。
「へー、青羽教に知られなくてよかったね。あの連中、自分達以外がその分野に手を出すの許さないからねぇ」
「うむ。せっかく書いたレポートは、どこかに行ってしまった。残念なのじゃ」
「とにかくね、お迎えが来るまでは僕はここで待機。お祈りしてたのは、まだ神様が許してない領域に手を伸ばしちゃったから、ごめんなさいって謝ってたんだよ」
確かに、時間制御なんて、現代の科学じゃまだ不可能な分野だ。
例えば無から有を生み出したり、不老不死だったり、そう言った神の領域と言えばその通りだろう。
「ふむ。それは信者としては感心じゃが、掃除をさぼるのはどうかと思うのじゃ」
「退屈退屈ってブツブツ言ってた人間の台詞とは、思えないんだけど」
僕の冷たい声に、ケイは慌ててボロ布を持った手を動かし始めた。
「わ、妾はちゃんと、仕事はしておったではないか!」
奉仕の時間も終わり、晩ごはんとなった。
食堂には、僕達以外に、クレイルス神父様、シスター、それに孤児院の子ら、数人の浮浪者らしき人々が集まった。
白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルには、大きな器に盛られたマッシュポテト。
そしてそれぞれの前には香ばしい匂いのするガーリックトーストと、湯気を立てているトマトシチューと、水の入ったコップが並べられている。
神父の声で、神と救世の娘ユトーバンへの感謝の祈りが終わると食べていいと言う事になった。
「思った以上に、豪勢なのじゃ!」
特に、マッシュポテト食べ放題が気に入ったらしい。
早速山を崩し、自分の皿に盛っている。
「いただきます」
お祈りとは別に手を合わせると、教授が興味をもったようだった。
「うん? それは、太照の習慣かい? なら僕も真似させてもらおう」
そして、僕も食べ始める。
思った以上に空腹だったらしく、一度スープを啜ると止まらなかった。暖かいモノを食べたのはいつぶりだろうか。
……っていうほど、昔じゃないんだけどさ。
ただ、パンはあっという間になくなり、スープは皿を逆さにしても一滴もこぼれないレベルで飲み干し、最終的に僕らの前にあった大盛りのマッシュポテトも全て食べきった。
ごちそうさまでした。