教会でのお勤め
「そういう事でしたら、ウチに泊まって行かれてはどうですか? ……と言っておるぞ?」
「マジか」
「マジじゃ」
僕達はまだ、市中央駅広場にいた。
仕事帰りに飲みに行くビジネスマンとかが多い時間帯らしく、何人もの人が僕達の脇を通り過ぎていく。
そして、正面にはニコニコ顔の小太り中年神父。
……いや、安いホテルを知りたかっただけなんだけど、これはちょっと予想外だった。
そして考え、結論を出した。大体一秒ぐらい。
「なら、世話になろう」
「お主も躊躇ないの」
「経済的に厳しいのは事実だからな。それに教会なら、ボッタクリとかないだろ多分。という訳で、よろしくお願いしますと伝えてくれ」
「うむ」
ケイと神父さんがやりとりし、最後にケイは「いや、それはいらぬ」という風に首を振った。
「何だって?」
「ついでに結婚式もしていきますかと言われたのじゃ」
「そんなアイスのトッピングみたいに式を開かれても困るだろ!?」
ともあれ、こうして僕達は一夜、近くのザナドゥ教会のお世話になる事になった。
後にこの人、クレイルス神父が親切を申し出てくれたのは、僕達が困っていたのもあるが、何より首につけていた御守り、先刻ラクストック寺院で購入したアレを見たからだそうな。
しかし、タダではあるが、無料ではなかったというか……。
十五分後。
教会の空き部屋に荷物を置いて、すぐに仕事が始まった。
いわゆる教会での奉仕である。もしくはお勤め。
鍋がグラグラと湯気を立てている厨房で、僕達はジャガイモの皮むきをしていた。
もちろんケイはポンチョコートを脱いでいるし、僕もジャンパーを脱いでシャツの袖を捲っての作業である。
さすがに、暑い。
僕達の他にはシスターやおそらく孤児院でもあるのだろう、やや年長の子供達が忙しげに料理の準備を行なっていた。
「お腹が空いたのじゃー……」
「我慢しろ。この程度の奉仕で一宿一飯なんだぞ。真面目にやれ」
僕は普通に包丁を使っているが、ケイは扱った事がないというので皮むき器を使用している。
今日の献立は、トマトシチューだそうな。
オーブントースターから香るのは、ガーリックトーストだろうか。
そりゃ、ケイの食欲も刺激されるよなあ。
何て考えながら、むき終えたジャガイモをザルに落とした。
「それにしてもお主、包丁の扱い上手いの?」
「爺ちゃんと二人暮らしだったからな。家事は交代制だったから、自然にね」
「ご両親は、どうしたのじゃ」
「一応健在」
「ふむ」
そういえば、ウチの親はともかく、爺ちゃんには連絡しといてもよかったかなと思わないでもない。
何となく笑って了承されてたような気もする。
料理の支度が終わると、次はお祈りの時間。
蝋燭を灯した礼拝堂に集まり、僕達はシスター達や近所の人達と共に、合掌しながらお祈りをする事となった。
その際のお祈りお言葉は僕にはサッパリなので口パクだったが、ここはザナドゥ教の祖である救世の娘ユトーバンもちょっと大目に見て欲しい。
少なくとも、隣のケイよりはそれっぽいはずだ。
「……お、お主適応しておるの」
そしてケイはというと、こういう大人しい場が極端に苦手というのが、よく分かった。
「こういう真新しい事は、嫌いじゃないんだ」
横目で見ながら、小声で返事をする。
「妾は退屈でならぬ」
「お祈りって、どれぐらいするんだ?」
「この後片付けと掃除があると言うておったので、そんなに長くないと信じたいのじゃ……」
「それより何か説法されてるんだけど、何言ってるのか分からないぞ。いいのかな、これ?」
壇上では、やはり合掌しながら神父が何か、聖句か何かを口にしている。
「……要約すると、この祈祷は理想郷であるザナドゥへの祈りと共に己の心の迷いを制する為のモノじゃが、楽になれるかどうかは人それぞれと言うておるのじゃ」
「確かに迷いなんて人それぞれだしな」
「お主は何か迷いがあるのかの」
「結構あるぞ。目先の事なら今日の行動がベストだったかとか」
……対応自体は確実に間違えているという、自覚はある。
が、悔やむならここで祈るよりも懺悔室の方が相応しいかもしれない。
「遠くならば?」
「進路かねえ。何になりたいか、まだ進路調査票に書いてない」
「ふむ、塾にはそういうのもあるのか。……そんな事より、お腹が空いたのじゃ」
キュウ……と本当にケイの腹が鳴った。
が、あちこちで聞こえるので、どうやらそれは彼女だけのモノではないようだ。
晩飯は確か、八時からだったと聞く。
「もうちょっとの我慢だ。しばらくすれば胃が縮んで楽になれる」
「そんな我慢の仕方は嫌なのじゃー……」
信者達が去り、礼拝堂の片付けと清掃。
僕達の他にも、何人かの少年少女、もしくは老人が清掃の担当だ。
「残るはこれだけか。ほら、もうちょっとの辛抱だ」
床を箒で掃きながら、僕はケイを促した。
「……お主あれじゃろ。私塾の掃除当番、押しつけられた経験あるじゃろ。しかも全部やりきるタイプじゃ」
長椅子を乾拭きしながら、ケイが唇を尖らせた。
「ぐっ……な、何故それを」
過去の苦い思い出がよみがえる。
「分からいでか」
「お前の方こそ、我慢が足りなさすぎるぞ。たかだか一時間半の奉仕で音をあげるとか、どれだけ飽きっぽいんだよ」
「妾はこう、くりえいちぶな仕事が得意なのじゃ。こういうのは家政婦に任せればよい」
「どんだけお嬢様なんだよ、おい」
箒での掃き掃除はほぼ終わった。
ケイの方の作業もまずまずだろう。口では文句を言いながらも、手を休めなかった点は評価する。
「っていうかしょうがないな」
ただこのままキレて、暴れられても困る。
なので軽くネタを振る事にした。
「何ぞ、面白い話でもしてくれるのかや?」
「面白いかどうかは分からないぞ。ただ、新しい発見はあるかも知れない。そういうのはお前次第だ」
「それでもよい。話すのじゃ」
僕は祭壇を指差した。
「この教会で祀っているモノについてだ。宗派はザナドゥ教会。知ってるな?」
「うむ、世界最大の宗教じゃ。異界から訪れ、不思議なチカラで人々を導いた救世主ユトーバンの伝説じゃな」
「うん。ユトーバンは神の子と呼ばれ、各地で様々な奇跡を起こしたけど、最終的には当時の強大国であるアロンガシアとその民であるアロゲン族に迫害され、何人かの使徒を伴い異界に帰ったっていう話だ」
それが大体二千年ほど前。
つまりユフ王の治政よりも、五百年ほど前の事になる。
ところで僕の口舌に、何故キョトンとしているのかな、ケイ?
「……お主、頭悪いというのに妙に詳しいの?」
「一般知識レベルならあるよ!?」
「いや、そもそも頭悪いというのは自己申告じゃったろう!?」
「どんだけ頭悪くても、やたらアニメやらゲームに出て来るんだから、嫌でもその程度、理解するって」
「あー……まあ、そうかもしれぬの」
おざなりに乾拭きの手を動かしながら、ケイが頷く。失礼な。
「でまあ、ユトーバンの血を引くモノとか異界からの新たな来訪者と言われる者は、ザナドゥ教から聖人認定を受けるわけだけど、その中にはユフ・フィッツロンもいる」
「おお、妾達の旅に繋がったのじゃ」
ポンと手を打ったケイが、ふと視線を逸らせた。
「ん?」
視線を追うと、長椅子の最前列で手を合わせている老人がいた。
僕達と同じ掃除当番の人だ。
「む、ずるいのじゃ。サボっておる」
「……お祈り真面目にしてるんだから、そこは見逃してやろうよ。って、どうした?」
「いや、あれ、よく見たら知り合いかもしれぬのだ」
トコトコと、ケイはその老人に近付いていった。