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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第一章 始まりの地・ヒルマウント
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ペンドラゴンさんとの別れとブックメーカー

 バスが市内に到着する頃には、もう空は完全に真っ暗になっていた。

 市の中央駅前広場で、僕とペンドラゴンさんは握手した。

「お世話になりました。でも、本当に何のお礼も……いいんですか?」

「いえいえ、お世話になったのはむしろこちらですから! カイチがあの村にしばらく残るように言ってた理由が分かりました」

「……はい? 丹羽加一ですか?」

 何かの予言の類か何かかと思った。

「あ、いや! 違います! 同名の太照の知人です! 名字はサトーさん!」

「はぁ……じゃあそのサトー・カイチさんに僕らは感謝かな」

「はい! それはもう! ボクにとっても恩人です!」

 ぶんぶんぶん、とペンドラゴンさんが手を振ると、僕の身体が振り回される。

「おおおおお」

 いくら僕がさほど大柄ではないとはいえ、この腕力はすごい。

 目を回していると、僕の腕にケイがしがみついてきた。

「楽しそうじゃのう! 妾もするのじゃ!」

「ちょ、遊んでるんじゃないんだぞ!?」

「す、すみません!」

 ペンドラゴンさんが落ち着き、僕も一息ついた。

「あと、あの青い羽根ですけど、大切にして下さいね」

「これ?」

 内ポケットに入れていた青い羽根を取り出す。

「はい」

「ふむぅ、ある意味で値段が付かぬモノではあるの」

「そういう事です。まあ、あまり人には見せない方がいいでしょう。じゃあ、ボクはこれで」

 そんな忠告を残して、ペンドラゴンさんは駅の方に行ってしまった。


 そして残った僕達二人である。

「何だか寂しくなったな」

「まずは宿を取らねばならぬのではないか?」

 空は星が瞬いているとは言え、広場の時計を確かめるとまだ、午後の六時だ。

 時間的には、飛び込みで宿をとる事は難しくないだろう。

「そうだなぁ……ただ、まだ余裕はあるけど結構、切り詰めとかないと後半が厳しくなりそうだ」

 問題は、財布の中身である。

 ……と、あんまりこんな広い所で財布を広げていると、スリのいいカモだ。

 急いで財布をしまい、ケイの方を向くと彼女はいなかった。

「ってケイどこ行った!?」

「こっちじゃ!」

 声のする方を向くと、少し離れた場所でブンブンと手を振っている、ケイがいた。

 赤いポンチョコートにしたのは、ホント正解だったと思う。暗くても、とても目立つ。

「だから、勝手に行動するとはぐれるって……」

 ケイが興味を抱いたのは、巨大な神殿を思わせる建物だった。

 看板は僕にも読める。ブックメーカーセンターだ。

 地上階がピロティ、いわゆる壁とか扉がない柱で支えられた風通しのいい造りになっていて、高さは五階建てぐらいだろうか。

 眩い灯りに誘われるように、背広や労働者風の男達が出入りを繰り返している。若いカップルや独り身の女性も見当たるので、特に入場に制限などはなさそうだ。

「でかい施設だなぁ」

「であろう」

「何でお前がいばるんだ」

「お前と言ったか」

「あ、ごめん」

 付き合いも半日程度だが、思わず素のツッコミをしてしまった。

「いや、構わぬが。妾もお前をお前と呼び返すだけじゃ」

 ……遠慮はいらない、と言う事でいいらしい。まあ正直、僕もコイツの事を君、と呼ぶのには何だか違和感を覚えつつあったので、助かる話だった。

「それはともかくブックメーカーとは何かの? 本屋さんにしては、賑やかすぎではないか?」

「あー、賭博場かな。何でも賭けの対象にするらしい。そういえばガストノーセン名物でもあるんだな」

 ブックメーカーは今僕が語った通り、ガストノーセンではごく当たり前に存在する施設だ。

 太照では賭博は違法だが、この国では合法となっており、当然大々的に行なわれる。

 市内だからこんな大きな建物であり、地方だとビルの一角とかそんな規模で存在するんじゃないだろうか。

「うむ」

「だから、スタスタと何平然と入り込もうとするかな!?」

 人の流れに任せスタスタと進むケイに、慌ててついていく。

「せっかくなので観光じゃ!」

「お前、ラクストック村の時より生き生きしてないか!?」

「それは違うのじゃ。単に別種のワクワク感に突き動かされているだけにすぎぬのじゃ!」

「ええい、どれだけパワフルなんだよ!」

 ついさっきまで山を行き来していたのに、本当に「それはそれ、これはこれ」なのかケイは楽しげに建物の中を進んでいく。

 やがて、カウンターが並ぶホールに到着した。

 カウンターには人々が並び、天井近くのディスプレイにはオッズ表やら競馬やカーレースの中継が表示されている。石造りの床には無数の賭博票が散らばっていた。

 壁の一面は記入台となっており、賭けに参加する人達が賭博票に書き込みを行なっている。

 また別の一角では、胴元らしき人物がガナリ声を上げていた。

 とにかくやたら、騒々しい……が、こういう雰囲気は僕も嫌いじゃない。何だか、普段行き来しているゲームセンターを思い出させてくれていたからだ。

「ほほう、色んな賭博があるのぅ」

「……競馬とかは分かるけど、他は何だか単語だけじゃ分からないな」

 簡単な蒸語なら分かるけど、やはりその大半は僕には理解する事が出来なかった。

「あれは今日の団剣の中継じゃの。どっちかに少額賭けてみぬか?」

 ケイがコインを出しながら指差したディスプレイでは、プロテクターを装備した二人の戦士が剣と盾でぶつかり合っていた。

 太照では一番メジャーなスポーツだが、こっちにもリーグか何かがあるらしい。

「うーん」

 確かに余裕はないが、ワンコインもないのかと問われればそんな事もない。

 ドリンク一回我慢するレベルなら……と、僕も思わないでもなかった。

「損が怖いのならば、妾が逆を張ればよいのじゃ。少なくとも、幾分かは戻ってくるぞ?」

「ああ、なるほど……って、何か今、見覚えのある制服が出てなかったか!?」

 視界の端によぎった薄緑に、僕は思わず振り向いた。

 気のせいじゃなく、薄緑色のブレザーを着た男女の塾生の絵だった。失踪者探しなんかに使われる、特徴の解説がされたフリップだ。

 かなり乱暴な手書きのイラストだが、僕やケイの特徴はよく掴めている。

「ぬ、塾の制服じゃの」

 大きなボードの傍らで、胴元らしきオッチャンが張りのある声を上げていた。ただ、言葉は蒸語でよく分からない。

「ケイ、あれが何て言ってるのか教えてくれ」

「うむ。警察から報道前の取れたてホレホレ情報じゃ。間抜けな太照の学生が二人、こっちで迷子になっているらしい。無事に見つかるかどうか賭けのスタートだ! ……じゃと」

 胴元の声に、周りで聞いていた連中も盛り上がり、騒々しくなる。

 何時間後、はたまた何日後に発見されるかで、賭けが始まっていた。ちなみに生死も賭けの対象だ。

「まだ報道もされてない情報で、よく博打が出来るな!?」

「成立しなければ払い戻しなのじゃろう。しかし今の話が真ならば、近い内にニュースにもなるの。大ごとじゃ」

「…………」

 自分がニュースになる、というのは何だか心臓の辺りに重りを乗せられたような気分にさせられる。多分これがプレッシャーというモノなのだろう。

「ここが分水嶺じゃの。しこたま叱られるじゃろうが、まだ戻っても取り返しが付くぞ?」

 見下ろすと、ケイが真剣な目で僕を満ちた。

 が、僕は首を振った。

「惑わすな。もう決めたんだ。戻らないって」

「そうか。話によるとお主、身勝手にも班行動から抜け出し、一人で動いた挙句に迷った間抜けとなっておる」

 僕が悪者にされるのは予想通りだったので、今更怒りも沸かない。

 というかむしろ、だからこそ戻るつもりにもなれないのだ。

「やっぱりなぁ。ケイ、賭けるならむしろこれだろ。ちゃんと戻る方に賭けるぞ。ただし、今日も含めて五日後だ」

「うむ、よいの。妾もそれに賭けるのじゃ」

 という訳で、僕達は賭博票に記入し、カウンターに持っていった。

 写しを持っていれば、結果が出た時、換金が出来るというシステムだ。


 写しを財布にしまいながら、ブックメーカーセンターを出た。

「……しかし、深読みしすぎかの」

 並んで歩きながら、ケイが呟く。

「何がさ」

「本当に警察から漏れたのかという話じゃ。今日は、警察が忙しすぎる」

「確かに何か、色々事件があるみたいだな。おまけにパレードの警備とか……」

 そこで、僕も気づいた。

 つまり、私塾側からすれば、地元警察を頼りにはするがアテにするには心細い。

「……おい、まさか人手が足りないからって」

「警察も承知の上でのリークという可能性があるの。これは妾達、事実上の賞金首ではないのか? 妾達の早めに発見に賭けた者は、同じ歳背の者へ注意を向けるじゃろう。私塾の講師に、こんな機転の利かせる者がいたりするのかや?」

「まあ、いないでもないかな」

 ……僕の脳裏に、白戸先生の厳つい顔が浮かんでいた。

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