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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
閑話 私塾サイド(白戸サブロー)
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相馬ススム失踪に関して、私塾側の反応 後編

 臨時会議は、ホテルで借りた会議室で行なわれた。

 広い会議室、高価そうな大テーブルにクッションの効いた椅子は、塾舎での会議では、決して有り得ない。用意されたペットボトルの水が、妙に浮いているような気がする。

 などという感想を抱いている場合ではなかった。

「つまり、白戸先生は生徒の言葉を信じられないって言うんですか?」

「言葉が強いぞ、飯田先生」

「しかし……」

 白戸の疑問に対し、猛烈な抗議をしたのは熱血漢で有名な飯田講師だった。白戸と違い、三十代になったばかりで塾内での人気も高い。

 ただ勢いがありすぎ、今のように塾長に諫められる事も多い。

 白戸はため息を我慢して、飯田に反論した。

「誤解があるようなので言っておく。私は何も、飯田先生が言うように、生徒を疑っている訳じゃない。ただ、生徒の事を信じるというのなら、もう一人の当事者の話も聞かなければ納得がいかないと言っているだけだ」

 自分では間違いなく正論だと思うのだが、飯田は納得してくれなかったようだ。

「それを疑っていると言うんじゃないんですか!?」

「失踪した相馬ススムはK原達のグループから抜け、身勝手にも単独で行動をし、自由時間に戻って来なかった。K原はそう言っている。ならば、それに対して相馬の側の言い分もあるだろう。それを聞いてから判断しなければフェアじゃない、と言うのがそんなにおかしな事か?」

 そして、本来の議題に戻るべきだなと白戸は考えた。当事者の片方が不在である以上、この話は無駄としか言いようがない。

「そもそも、そんな話は後回しだ。重要なのは、今その彼が、行方不明になっているという事実だろう。まずは大使館と警察に連絡が必要でしょう、塾長」

「うむ」

 ざわ……と会議室の中がざわめく。

 分かりきった事で何故、そんなに驚くのかと、白戸は理解に苦しんでしまう。

「太照国内ならば、内々に処理する事も出来たかもしれない。しかし、ここは外国だ。いいか、相馬がいかに身勝手な行動で行方をくらませたとしても、今の時点でも連絡がないと言う事は、この異国の地で何らかのトラブルに巻き込まれた可能性もある訳だ。自業自得かもしれないが、我々はこの場では彼の保護者代わりでもある。ならば、然るべき手続きが必要だ。なお携帯が通じない以上、本人と連絡を取る手段もない。最悪の事態を想定して、動くべきだろう」

「さ、最悪の事態って……?」

 飯田が恐る恐る尋ねてきた。

「最悪から二番目ぐらいで、営利誘拐の線だろうな。犯人からの連絡はないが、考えられない事もないだろう?」

 一番の最悪は言うまでもない事なので、白戸は黙っていた。

 もちろん考えたくはないが、既に命を落としているケースだって、有り得るのだ。

 が、その場合はもうどうしようもないので、命は無事と考えて動く事にする。

 白戸は塾長に向き直った。

「一番いいのは、大使館か警察に保護されている事です。連絡がないのは、言葉が通じない。通訳が間に合っていないのなら、そういう事もあるでしょう。希望的観測ですが。どちらにしても、警察との連携は必要です」

 白戸の提案に、塾長は小さく息を吐き出した。

「そうだね。しかし、そうなるとこの旅行も中止と言う事になるか」

「塾長!?」

 飯田が悲鳴を上げる。

「当然だろう。生徒が行方不明なのだよ? 他の生徒達にも動揺は広がっている。今の時点でも、明日の予定は全てキャンセルでホテルに待機なんだ。大使館、警察に連絡が行けば、本国では確実に保護者達が騒ぎ出す。報道もされるだろう。そんな状況で、スケジュールをこなす事は不可能だ」

 ちなみに提案した白戸も、猛烈に恨まれる事になるだろうが、これはもうしょうがない。

 今更、生徒の好感度を上げようなどとは思わない、白戸であった。

 塾長の話は続く。

「中止の場合、生徒達は帰国させる。講師の何人かはこちらに残り待機、もしくは生徒の捜索をしてもらう事になる。この中で蒸語を使える者だ」

 そこで、塾長は講師達を見渡した。

 手を挙げたのは、白戸だけだった。

「……何故、蒸語講師達が手を挙げないのか」

「その……日常会話とかは、苦手でして……」

 蒸語講師の一人が、気まずげに目を逸らした。

 ちなみに白戸は歴史科の講師である。

「……塾長」

「うむ。今度から採用条件を考えねばならんな」

 うんざりとした顔をしながらも、何人かの講師が選ばれた。

「私は当然、この地に待機だ。白戸君はどうするかね」

「私は捜索の方を担当させてもらいます。まずはもう一度、ロータリーと警察署に向かいますよ。携帯は衛星電話なので、普通に掛ける事が出来ますから、ご安心下さい」

「分かった。私はまず大使館に連絡しよう」

「お願いします。まずは塾生達を集めて、決定事項の報告ですな。これは、提案した私がやりましょう」

「分かった。よろしく頼む」

「はい」

 そして会議は解散となった。


 エントランスホールで開かれた、臨時の集会で修学旅行の中断を伝えると、塾生達が悲鳴や怒号が飛び交った。

 当然のようにその怨嗟は発表した白戸に集中したが、そんなモノを気にするようでは生徒指導主任は務まらない。

 冷静にそれを鎮め、彼らを部屋に戻したのがついさっきの事だった。

 ホールに残ったのは、外に向かう白戸と最後の指示の確認をする保坂女史だけだ。

 白戸の耳にはまだ、怨嗟の声が残っていた。

「阿鼻叫喚といった有様だったな」

「無理もないと思います。楽しみにしていた旅行が、とんぼ返りになっちゃったんですから。主任は今から出られるんですか? もう夜ですよ?」

 ガラス張りの自動ドアの向こうの景色はもう真っ暗だ。

 と言ってもまだ宵の口だ。

 大の大人が出るには、さして問題はないだろうというのが、白戸の判断だった。

「一応、警察署には直接伺おうと思っている。こういう話は、電話ではなかなか伝わらないだろう」

 それに、とホールの共用スペースにある液晶テレビに視線をやった。

 ちょうどニュースの時間でもあり、地元の事件をちょうど報道していた。それに、保坂女史も気づいたようだ。

「あ……そういえば、何かカルト教団の幹部がどうとか、ニュースになっていましたね」

「それに加えて、今回のパレードの警備やらで、警察はおそらく人手が足りていない。自分達で動ける分は、早い目に自分達でやっておいた方がいい」

「分かりました。こちらはお任せ下さい」

「ああ。K原達への再事情聴取の段取りは、先程伝えた通りだ」

「はい。全員同時にそれぞれ別の場所ですね」

「そうだ。辻褄が合わない箇所がないか、チェックしろ。それとアイツらも、こちらに残る可能性があるぞ。当事者だからな。警察も事情を聞きたがるかもしれない」

「言われてみれば、そうですね」

「……だから向こうの手間を省くために、こっちでやってしまおうって話なんだがな」

 生徒を残すと、その見張りにまた人手が必要になる。

 可能な限り情報を引き出して、警察と自分達の手間を省きたい所だった。

 と、胸元で低い音が響いた。

「ん」

 携帯電話のバイブが振動したようだ。

 電話を取ると、久しぶりに連絡を取った相手だった。

「賀集か。すまんな」

 白戸の言葉に、目の前の保坂女史が目を見開いた。

 それを制し、知人である賀集セックウと短いやり取りを終え、電話を切った。

「い、今のって……」

「賀集技術の社長、賀集セックウだ。こっちからの連絡で、向こうも娘の不在にようやく気づいたらしい」

「今まで気づいていなかったんですか!?」

「賀集ケイは、一ヶ月ほど徹底的に部屋に引きこもる事も珍しくないという話だ。彼女の部屋は、冷蔵庫は元よりトイレやバスルームも完備されているんだと」

「そ、それにしたって、今の電話は……やけに気安すぎませんか?」

「ああ、アイツは剣術道場での私の後輩なんだ。久しぶりにもほどがあるがな」

「ど、どれぐらい、会っていないんですか?」

「奴の結婚式以来、ほとんどやり取りしていなかったな」

 何せ賀集セックウという男は忙しい。

 賀集技術はロケットや衛星への部品提供は元より、情報通信システムやらの精密機器関連。列車や自動車の内部機器、家電製品、銀行システムにも手を伸ばしている、国際的な企業だ。

 本人も優れた発明家であり、作業用パワードスーツや鞄に変形する携帯用自動二輪車などで、国際的な評価をもらっている。

 そんな人物なので私用で会うような事などもう、十数年も機会がなかった。賀集ケイの入学にしたって話は聞いていたが、一介の教師として支援者と会うような事もなかった。そういうのは塾長の仕事である。

「立場上、本来はアポイントメントは必須だが、緊急だし娘というプライベート絡みでもある。無理を通してもらった。アイツも、ジェット機を飛ばして明日にはこちらに到着するという話だ。会社の保安部を捜索に割いてくれるらしいから、当てにさせてもらおうと思ってる」

 とはいえ、具体的に動くのは明日になるだろう。

「とにかく今は警察へ連絡だな。それとロータリーを再確認。もしかすると、戻って来ているかもしれない」

 時計を確認し、出口に向かう。

 どちらかだけでも、保護されていればいいのだが……。

「お、お気をつけて」

「ありがとう」

 見送りの保坂女史の声に、白戸は肩を竦めた。

「希望的観測だが、目撃情報は結構当てになるかもしれん。何しろ黒髪黒目に制服姿だ。かなり目立つからな」


 ――こうして、小兵地上級私塾の修学旅行は一日目にして、終了となった。

 白戸先生の追跡が僕達の知らない所で始まったのだが、先生が自分の見通しの甘さを思い知るのには、もう少し時間が掛かる事になる。

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