相馬ススム失踪に関して、私塾側の反応 前編
――僕達がバスに乗っている頃、小兵地上級私塾の修学旅行一行では、大騒ぎになっていたという。
これから書くのは、その状況の再現だ。
主に白戸先生、塾長先生、保坂先生、飯田先生、K原らの協力とチェックを通過して出来たモノなので、再現性は高いと思う。
小兵地上級私塾修学旅行一行が宿泊する、アウトンホテルの空気は殺伐としていた。
ヒルマウントの郊外に位置するこのホテルには、屋外でのバーベキュー用施設も整っており、本来なら今頃、講師も塾生も全員でその準備に取りかかっているはずだった。
が、今はそれどころではない。
高い天井のエントランスホール、その一角にある来客用ソファに生徒指導主任の白戸サブローは待機していた。
走らない程度の急ぎ足で駆け寄ってきたのは、後輩講師の保坂女史だ。手にはリュックを持っている。
「主任」
「髪が乱れているぞ。講師が取り乱すな」
「え、あ、すみません」
保坂女史はほつれていた前髪を慌てて整え直し、ついでに眼鏡とスーツの乱れも確認した。
「生徒達の様子はどうだ」
「動揺が広がっているようです」
生徒達は現在、各部屋で待機状態にある。
このホールにも、彼らの姿は当然、見当たらない。
「それは分かっている。駆け落ち説まで出ているという話だな」
状況はこうだ。
このガストノーセンに到着して昼食後、しばらくの自由行動となった。
その後、点呼を取り、ヒルマウント市内をバスで観光、何度かのトイレ休憩を挟み、その後ホテルに到着した。
そして夕食時の点呼の段になって、二人の生徒がいなくなっている事が判明した。
一人は相馬ススム。白戸も知っている、追試や補習の常連だ。
もう一人は賀集ケイ。こちらは白戸も殆ど知らないが、女生徒だという話だった。
何故、今まで発覚しなかったのかというと、自由行動の時のグループが、その事実を隠していたからだ。
「むしろ、賀集さんって誰? っていう話も聞こえますけどね。そちらはよく知られていないので、むしろ戸惑いの方が大きいようですが」
「それはそうだろう。私達ですら、よく知らないのだから」
「一体、何者なんでしょうね」
「賀集技術って知ってるか?」
「え、知らないはずないでしょう? 最近ロケット飛ばした所ですよね……」
そこで、彼女は言葉を切った。
いくら何でも、こんな時に全然関係ない話題のはずがない。
行方不明になった賀集ケイと、賀集技術。その繋がりは容易に想像出来るはずだ。
「って、ええ!? ちょ、まさか……」
「そのまさかだ。そこのお嬢さんだよ」
「知ってるんじゃないですか!?」
「家は入学時点で聞いたから知っているだけで、本人を知らんのだ。彼女は引きこもりだが、籍は塾に置いている。ふざけた話だが、この塾の最大の出資者らしくてな。そういう無理筋も通せたのだろう」
「じゃあ、今回の失踪、相当ヤバイんじゃないですか?」
「それは、どうだろうな」
「え?」
確かにスポンサーのご令嬢が行方不明、というその事実のみならば、自分達にも責任はある。
……が、話の流れ次第では、そちらはどうにかなりそうな気がするのだ。
だから、賀集ケイに関しては、実は後回しでもいいと白戸は思っている。むしろ問題は、相馬の方だ。
「相馬の評判はどうだ」
「正直最悪です。恨み骨髄という感じで怒りが向けられているようですね。そりゃそうでしょう。自由時間中に勝手に単独行動を取った挙句に迷子、最悪このままだと修学旅行が中止になる可能性があるという事で」
「それも噂で流れているのか」
「はい……」
保坂女史は新任で生徒達と年齢も近く、しかもかなりの美人である。
相談相手としては、うってつけだろう。
つまり、情報収集には最も適しているのだ。
……一方、白戸はというと四十代も半ば、しかも体格こそ中肉中背だが、強面で知られている。おまけに生徒指導主任で、加えて柔術と剣術の段持ちなので、必要がなければほとんどの生徒は接触を持ちたがらないのは当然と言えるだろう。
白戸としてもそれはそれでいいと思う。恐れられる講師も、塾には必要だ。
「……でも、噂じゃなくなるかもしれないんですよね?」
「そうだな。今日中にでも相馬の方から連絡がなければ、その線は強いだろう。K原達はどうだ」
K原シュウ。
成績は優秀だが、どこか傲慢さを感じる生徒だ。
クラスでの発言力も大きく、言ってみれば『大きくなったガキ大将』といった所だろうか。
……もっとも、そんな個人的な評価を口に出したりはしないが。
「平静を振る舞っていますが、さすがにどこか焦っているというか、動揺しているようです。点呼の代返とか、相馬の片棒を担がされた訳ですから」
「…………」
一方、相馬ススムは大人しい性格の持ち主だ。趣味はゲームで、しょっちゅう携帯ゲーム機を没収されている。
おそらく自己主張が下手なのだろう、友達は少ない。ただ、一度気安くなると、警戒心は一気に薄くなる傾向がある。
……彼とK原との相性はどうか。
「主任?」
保坂女史の声で、思考の渦から我に返った。
「奴のリュックは回収したか」
「あ、はい。これです」
相馬と名札の貼られたリュックを、保坂女史が差し出した。
中を確認すると、まず真っ先に出て来たのは携帯ゲーム機だった。
しかも、二種類。
「……アイツはここに旅行しに来たのか、ゲームをしに来たのかどっちなんだ」
アイツには、足りない成績の分に、この修学旅行のレポートを出すように言っていたはずだが、この分では相当心許ない気がする。
……と思ったが、その下には真新しいノートがあった。表紙にはクラスと名前、そして『修学旅行レポート』の名があった。
ページを開くと、中身は真っ白だ。
他には携帯電話やゲーム機用のだろうバッテリー類にこちらの国用の変換アダプター、洗面用具、着替え、修学旅行のしおり、カメラ、折りたたみ傘、ガストノーセンのガイドブック、ポケット辞書。
「……やはり、腑に落ちんな」
「え、何がです?」
「生活指導権限で風紀委員を全員招集しろ。生徒達の荷物確認だ。音楽プレイヤーやゲーム機など多少は大目に見てやるが、避妊具など持っているアホがいたら報告書の提出をしてくれ」
白戸の指示に、保坂女史は目を丸くした。
「この状況で荷物チェックですか!?」
「抜き打ちでな。最優先はK原達の荷物だ。他は後回しでいい」
「……何か、気づいてるんですか?」
「ちょっとな」
そして時計を確かめた。
時間は現地時間で午後の十七時半。白戸は席を立った。
「そろそろ臨時会議の時間だ。行くぞ」
「はい」
続きます。