寺院へ
日は沈みつつあり、薄暗い道を歩く。
採石場から寺院に到る道の左右には、細い石柱が街灯として立てられ、その頂点が輝いている。
お陰で、足下は特におぼつかない。
そして到着した寺院は、大きくはない……が、それでもこんな山の中にあるにしては立派な石造り建築だった。
三階建ての長方形の建物に、鐘楼が高く突き立っている。
完成当時はかなり煌びやかだったのかもしれないが、さすがに歳月が過ぎ、その眩さはない。
が、その分歴史を重ねた重みのようなモノが感じられた。
……ただ、近付くにつれ、その足下に青色のランプが点灯しているのが残念だった。
パトカーのランプだ。
「無粋じゃのう……」
「そうは言っても、あっちも仕事だろ。どういう内容か知らないけど」
麓の広場でも警戒したけど、僕達関連じゃないよな……。
この村に来て、結構な時間が過ぎているのだ。
そろそろ塾の方も僕やケイの不在に気づいてもおかしくない。
なんて警戒していたが、それはペンドラゴンさんの独り言に否定された。
「少なくとも人捜し……ではないようですね」
「何で、分かるんですか?」
すい、とペンドラゴンさんの指が、警察官に向けられた。
「それならもっと、行き来する観光客に注意を向けます。目指しているのは奥の墓地ですね」
……よく見てるなあ、と感心する。
言われてみれば確かに、人には関心を払う様子がない。
これはつまり、現在進行形で誰かを追っているのではなく、奥の方で何かが起こっていてその対処に当たっている、という事だ。
――前にも記述したが、この時点での僕達は、墓地が暴かれた事を知らない。
「ゾンビ映画じゃ!」
「……まだ日は暮れてないし、だとしてもそれ死亡フラグじゃないか。大体死んだ人間が甦るとか、現実にあってたまるか」
「そ、そうですよねぇ」
オバケの類が苦手なのか、顔を引きつらせたペンドラゴンさんと共に、寺院に入る事にした。
幸いな事に、寺院の方は立ち入りを禁止とかはされていなかった。
左右に長椅子があり、正面の通路を進んだ先には祭壇がある。ごくスタンダードな礼拝堂だ。
人の入りは……十数人、といった所か。
壁や天井の燭台の灯りが、内部をオレンジ色に照らしている。
「僧侶達も、何だか落ち着きがないのう」
キョロキョロと礼拝堂を見回していたケイが、壁に沿って早足で裏手に向かう、僧侶に気づいていた。多分警察に呼ばれているのだろう。
「………………」
何か小声で、ペンドラゴンさんが繰り返していた。蒸語だったけど、単語一つだったので、僕にも分かる。
「……何で、ペンドラゴンさんが、お坊さん達に謝ってるんですか」
「え、あ、その……聞こえてました?」
「割と、耳はいい方なんで」
何て話していると、僕達の手をケイが引っ張った。
「ま、それはともかく見て回るのじゃ。それが目的であろ?」
「ああ、そうだった」
通路を進み、祭壇の前に立つ。
当然だが、手で触れるのは禁止だ。
左手に剣を地面に刺した狼頭将軍の彫刻、右手に杖を持った魔術師の彫刻、天井付近に龍の彫刻、そして正面には剣を掲げるユフ王の彫刻があった。
「ふむ……当たり前と言えば、当たり前じゃが、やはり主役はユフ王じゃの」
ここに納められた時には彼女は王様なので、ケイも名前の後ろに再び王をつけた。
「ここに納める為に、造られたようなモノらしいからな。普段の礼拝やら説法やらは広場近くにあったあっちを使うんだろ」
「こういうのは、どう拝むのじゃろ」
周囲の観光客を見ると、何やら印を切っているようだが……。
「……別に僕ら、ザナドゥ教徒じゃないし、こっち流で拝む必要ないだろ」
とりあえず手を合わせて、拝んでおいた。
こういうのは、気持ちだと思う。
何て太照流に拝んでいると、後ろでペンドラゴンさんが戸惑ったような声を上げていた。
「あ、あの、困ります……!」
振り返ると、ペンドラゴンさんに、お婆さんが印を切っていた。それを焦った様子で、僕達と同じぐらいの年齢らしい孫娘が止めている。
「お婆ちゃん、しっかりして! 違うから! 国王陛下は千五百年前に死んじゃってるから! す、すみません、本当に!」
「い、いえ……って何か増えてるーっ!?」
見ると老人達が次々とペンドラゴンさんの周囲に集まり、何か呟きながら印を切っていた。
ああ、言葉が分からなくても、魂で理解出来る。
あれ、絶対「ありがたやありがたや」って言ってる。
「……大変じゃのう、ペンドラゴン氏」
「……ああ、まったくだ」
せっかくなので、僕達も拝む事にした。
「って二人も拝んでないで、助けて下さいよ!?」
なんて騒動もあったが、ひとまず脱出する事が出来た僕達は、出入り口の脇に作られた売店に立ち寄った。
といっても、長机に御守りと寄付箱を並べただけの、簡素なモノだが。
御守りの種類はペンダント型やブレスレット型など、様々な形があった。
「ま、ここでの一番の目的は御守りの回収なんだけどさ」
「ふむ、何の御利益を求めておるのじゃ」
「へ?」
「色々ありますよ? 出世成功とか旅行安全とか厄除けとか武運向上とか安産祈願とか」
御守りの下にある注意書きが、その種類に当たるらしい。
「待て待て待て……え、そ、そんなにあるの?」
てっきり何か一種類だけだと思ってたので、僕は焦った。
「ユフ王にまつわる御守りならば、それぐらい当然であろう」
確かに村娘から王様に出世しているし、厳しい旅路だったようだし、他もまあ分からないでもないけど。
「……安産祈願は、関係なくないか?」
「……あー、いや、その……五人ほど、産んでますよ、王様?」
やけに顔を赤らめながら、ペンドラゴンさんが教えてくれた。
「五人産みながら王の仕事もしてたの!?」
いや、例がないわけじゃないけどさ。
どっかの女帝は十人越える数産んだとか、どっかで聞いたような気もするし。
ただ、安産祈願は僕には必要ないと思う。
「まあ、ここは王様っぽく出世成功、かなぁ。これから先を考えると、旅行安全だとも思わないでもないけど」
「ならばそっちは妾が買っておくのじゃ!」
という訳で、僕達は二つ、御守りを手に入れた。
どちらもネックレスタイプだ。
「じゃあボクも、旅の無事をお祈りしておきますね」
言って、ペンドラゴンさんが印を切り、何やら呪文を唱えだした。
「どうか、私達にも……」
すると、僕達の後ろでお婆さんが印を切っていた。
「って、まだいたんですかお婆ちゃん!?」
「すみませんすみません!!」
そして謝る孫らしい少女。
国王陛下の墓所も見たかったのだが、それは警察に拒否されてしまった。
事情は教えてくれなかったが、それが残念だった。
ひとまず、墓碑だけは確認出来たので、それで納得する事にした。
こうして、ラクストックでの観光は無事(?)終了した。
山を下り、幸いちょうどバスが来たので、ペンドラゴンさんとそれに乗り込む。
市内に戻れば、お世話になった彼女とのお別れが待っていた。