六禍選に関しての紹介(後編)
最後の絵は物理的に輝いていた。
……多分これ、金箔か何か貼られてるんだろう。
中心にいるのは、黄金の青年だ。年齢は二十歳ぐらいだろうか。腰に剣を佩き、黄金色の鎧を装備している。
肩には鳥が足を休めている。……ツバメだろうか?
その自信に満ちた顔立ち、威風堂々とした佇まいは、さながら英雄譚に出て来る主人公のようだった。
が。
「……顔も手も金ピカじゃの」
「……何かの間違いじゃないのか、これ?」
瞳は宝石、おそらくルビーだろう。
身体のあちこちにも宝石が埋め込まれていて、絵画全体が煌びやかだ。
「いえ、間違いじゃないんです。彼は、本当に全身金色なんです。名前は黄金の皇子オスカルド。オーガストラ皇帝の実の息子です」
「父親も黄金だったりするんですか!?」
「いや、父親の方は普通でしたよ!?」
「なら、母親の方じゃ」
「彼女も普通でした! ……そういやなんであんな怪人だったのか、ボクも聞きそびれてたな」
額の汗を拭い、ペンドラゴンさんは疲れた様子で頭を振った。
「誰から聞いたのかの?」
「……え、えーと、その、オスカルドについて、教えてくれた人です」
ケイの問いに、どこか明後日の方角を見ながら答える。
「ふむ、それにしてもこれはすごいの。人と言うより怪人じゃ」
「言っちゃ何ですけど、頭が牛のハイドラよりもすごいと思う」
「さ、散々な言われようですが、否定出来ません……」
僕達は素直な感想を述べただけなのに、どこか彼女の顔は引きつっていた。
小さく咳をし、ペンドラゴンさんの話が続く。
何故か、絵の中のオスカルドが輝いたような気がした。まるで「さぁ、早く僕の説明をするのだ!」みたいな……多分気のせいだろうけど。
「気を取り直して、紹介の続きをします。六禍選の中では立場的にもリーダー格と言ってもいいでしょう。……まあ、あの集団ですから、あまりそれに意味はなさそうですけど」
それには僕も同意見だった。個性、強そうだし、上の言う事を聞きそうな奴なんて、ほとんどいそうにない。
「うーん……そうだなあ。器的には何だか実質のリーダーはハイドラっぽいなぁ」
前の六禍選、セキエンやプリニースを除けば、一番年長そうだし。
いや、牛の年齢とか、顔じゃよく分からないけど。
「このオスカルド、強いのかや?」
「強いというか、まずあらゆる攻撃が通じません。剣も魔法もです」
「それは紅き魔女と同じって事?」
ケイの質問に、僕も便乗してみた。
「ズッキーニは攻撃が透過してしまう類ですね。一方オスカルドは攻撃そのモノを受けても平気というか、この黄金の身体。これが厄介でした」
黄金の肉体が、無敵の源だったという事か。
「貴金属の中でも王様じゃからかのう」
うむうむ、とケイがしきりに頷く。
「そして攻撃ですがまずは、帝国式戦闘剣術を完全に修めていました。その太刀筋は光の如し。その中でも最大の威力を持つ攻撃は、秘剣『値千金』と呼ばれていました」
「こちらの攻撃が通用しないって事は……思い切りもよさそうだなあ」
ふと思いついた事を口にしたら、ペンドラゴンさんが理解者を得たかのように、瞳を輝かせた。
「そう、正にそれです! 人間ではありえない、防御を無視した攻撃法が地味に厄介だったんですよ!」
「まるで実際に戦ったかのような口調じゃの?」
「気のせいです!」
「身体が黄金じゃったから、動きも鈍かった、という事はないのかのう?」
「チルミーなどと比べると無意味ですが、戦士としては充分、非常識なレベルでしたよ。六禍選の中でも純粋な戦闘で彼と互角に戦りあえたのは、チルミー、ハイドラぐらいだったんじゃないでしょうか」
「……あの、ハイドラって、魔術師でしたよね?」
「魔術師でしたけど、戦士としても強かったんですって」
牛面の武将の絵を見ながら、僕はしみじみと思った。
……この絵面からは、魔術師ってのが、やっぱり信じられない。
「速さではチルミー、力ではハイドラに譲りますが、トータル見た戦士としての強さではやはり、このオスカルドが一番だったでしょう」
「純粋な剣士だったって事ですか?」
「そうですねえ、自分が認めた相手には剣を抜く、というか」
「それまでは、素手で戦っていたのかや?」
「いえ、剣を抜く前から不可視の攻撃を使っていたんです」
「不可視って……見えない攻撃?」
「はい。腕をこう組んで、相手が攻撃してくるのを待つ訳です」
ペンドラゴンさんは、実際に腕を組んで軽く胸を張って見せた。
「そうすると、彼に斬りかかろうとする人達が皆、バタバタバター……と、倒れていくんですよ、不思議な事に」
「それは、魔法か何かの?」
ケイの疑問に、ペンドラゴンさんはクスッと笑って絵の中、オスカルドの肩に乗っている鳥を指差した。
「その正体は現在ではバレているんですけど、種はこの子でした」
「ツバメ?」
「はい、いわゆる使い魔ですね。見破られるまで、無数の人々がこの子の超高速攻撃の餌食になっていたんです。頼りになる仲間がいなければ、ユフ王も危なかったでしょう」
「他の六禍選もそうだけど、よくこんなのに王様達は勝てたなぁ」
「それなりに弱点はあったんですよ。無尽蔵に強い攻撃を出せる訳でもなかったというか……ああでも、ここには書いていませんね。でも、シティムにいけばきっと分かりますよ」
「え、シティムって言っても広いですよ?」
もちろん、シティムは旅の最終目的地で行く予定だが、それにしたって手掛かり無しじゃきつい。
「オスカルド関連なら、金色城、セイスイバン大工房、皇帝城黄金の間。この三つのどれかを回れば、確実です」
「メモっときます」
実際、手帳とペンを取り出し、書いておく。
古物商で買っておいて、本当によかった。
「六禍選に関しては、ひとまずこんな所でしょうか。皇帝と皇妃は……まあ、最後の敵までここで語ると、旅の楽しみが減ると思うので出し惜しみしておきます」
「助かります」
廊下の展示品を眺めながら進む。
それは、かつて魔王城とも呼ばれていたオーガストラ皇帝城の紹介まで続いた。
そしてここで前帝国を討ち倒し、勇者のユフは新たな王となり国を興した……という所で展示は終了した。
遺言により、彼の遺骸はこの近くの寺院に埋葬され、いくつかの宝も収められた。
故郷であるこのラクストックの村は、今もこうして存続している。
……博物館の巡回もほぼ一周し、進む先には入り口ホールの受付が見えてきた。