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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
1500年前 勇者ユフ一行の冒険・最終章
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四勇者と最後の戦い(後編)

「相打ち上等……!!」

 いつの間にか背後に迫っていた狼頭将軍ケーナが、腕を灼きその対価としてノインティルに傷を負わせていた。

 ケーナが姿を消した直後に攻撃に転じたのは、これが理由だ。

 常人には捉える事の出来ない速度で動き、この高さまで跳躍する事で全ての力を使い果たしたのだろう。そのまま落下していく。


 ――考える時間すら与えない、光の速さで動くオーガストラ帝国製人造戦闘兵器。

 かつては銀輪鉄騎のダービーと呼ばれ、そして今は二代目となった狼頭将軍、その名はケーナ・クルーガー。


 光弾は残り一割。

 いや、もはやたった一つ。

 彼女はそれを針のように尖らせる。

 宝玉と共に貫き砕いてしまえば、勇者ユフの不死身の力も無意味と化す。

 ユフとその刃が間近に迫る。

 龍を踏み台に跳んだその姿はあまりに無防備で、有翼人でもない勇者には回避出来ない――はずだった。


 一瞬にして、ユフが間合いに入ってきた。

あらゆる魔を絶つ(キリ)――」


「っ!?」

 思わず、ノインティルは最後の光弾を放っていた。

 この距離ならば決して外す事のないそれは、ユフの肩を灼いただけだった。

 彼女には何が起こったのか、分からなかった。

「――青き一閃(フセル)!!」

 勇者の放った青光を帯びた霊剣の一撃が、ノインティルの心臓を貫く。


 ――養父・青き鬼火のセキエンに育てられた勇者。

 母親と同じ不滅の魂を有し、百の魔物を一度に斬り伏せる剣と魔術の使い手、その名をユフ・フィッツロン。


 その時、ノインティルが見たのは勇者の顔ではなかった。

 自分に向けて指を向ける、地上の魔術師ニワ・カイチ。

 最後に残った黒の髪が、白く染まるのが鮮明に見えた。いや、鮮明すぎる。

 そう、それは遠視の術。魔術の中でも基本中の基本、一年目の初期に教わる遠くのモノを見る、それだけの術だ。

 もちろん、本来ならばいきなり距離感が狂ったりなどしない。

 ……どうしようもない、欠陥魔術師が使ったりでもしない限りは。


 ――深緑隠者クロニクル・ディーンに召喚された異世界の人間。

 魔導学院至上、最も使えない欠陥魔術師、異才の奇術師、詐欺師、勇者達の雑用係、『無から有を生み出す』本物の魔法使い、様々な異名を持つ魔術師にして魔法使い、その名を丹羽加一。


「ぁ……」

「……おさらばです、母上」

 勇者ユフ――娘の声は耳に届いていた。負け惜しみでも何でも最期に、声を掛けるべきなのは分かっていた。

 だが、それでも彼女は叫ばざるを得なかった。

「魔術師……ぃ!!」

 怨嗟の声を残し、彼女は光の粒子となって異界の地に散った……。


 世界の修正はいよいよ終わりに近付き、修学旅行先だったイギリスの野原や環状列石群ストーンヘンジは薄れ、半ば瓦礫と化した皇帝の城へと戻りつつあった。

 それでも、残った内装が絢爛豪華なのには変わりないのは、流石というべきか。

 ポッカリと空いた天井からはやはり夜空が漏れるが、その配置も地球のそれとは異なるモノだ。

 馬鹿馬鹿しいほど大きい謁見の間には、これまた巨大な魔獣……龍と化した皇帝レドラガン・オーガストラの骸が横たわっている。

 戦いは、終わったのだ。

「……悪い。何か、魔女の最期の台詞、俺が取っちゃって」

 一本の黒髪を残して総白髪になった魔術師――丹羽加一は、勇者ユフ・フィッツロンに声を掛けた。

 ユフは少し沈んだ、だがそれでも笑顔で首を振った。

「いいです、気にしてません。あれはあれで、母上らしい気もします」

「で」

 加一は、視線を横に逸らした。狼耳、尻尾を生やした銀髪の娘が大の字に倒れている。

「動けるか、ケーナ」

「動けないので、抱き起こしてくれると嬉しいんだが。いやついでに今ここで抱いてくれてもいいぞ。子供はひとまず二人欲しい」

「嘘ついちゃ駄目だよ。加一ですら歩けるんだから、ケーナが立てないはずがない」

「加一の愛が、何よりの栄養なんだがな」

 ユフの苦笑に、狼耳の娘――ケーナ・クルーガーは身体を起こした。

「……あ、ちなみにボクも二人ほど欲しいです」

「……王の子が多いと、血で血を洗う後継者争いの種になるぞ?」

 ひょいと手を挙げて宣言するユフに、加一はジト目を向けた。

「預言書には、そう書いてありました?」

「特にはなかったが」

「なら、問題ないです」

 ユフはあっさりしたモノだ。

「充分問題あると思うんだがなぁ。……さて、今後の話だが」

 のそり、と近づいた龍・レパートの長い首が、加一の腰を擦る。

 そして彼女は加一を見上げた。

「わたし、同族を探しに旅に出ます。方向は、加一兄ちゃんの教えの通りに……えーと、第四軸、だっけ?」

「ああ、この世界にいないんだったら四次元を探した方が、消えた龍達を見つけられる可能性が高いからな。あと、まあこれからもお前には色々世話になると思う」

「うん」

「私は……まずは子作りか」

 大真面目に、ケーナが頷く。

「自分トコの領地の再建だろ!? 半分狼のくせに万年発情すんなよ!?」

「そうだった、それもあったな。環境を整えねば、子育てもままならない」

「そういう問題じゃないんだが……」

「それからはユフに仕える事になるだろう。よろしく頼むぞ」

 ケーナの毛深い拳が、ユフの小さな拳と軽くぶつかり合う。

「うん。ボクはまあ……まずは、お義父さんの墓参りを済ませないと」

「……ケーナとは大違いだな」

 加一は、ケーナの再び白い目を向けた。

「当然の事は省いただけだぞ。故郷に戻るのだから、墓参りぐらいするとも」

「真っ先に出したのは子作りじゃねーか!?」

「それが一番大事だからな!」

「胸を張るな!」

「それなりに大きいだろう。お前のモノだから、好きなだけ揉んでいいんだぞ」

「話続けていいかなぁ」

「頼む、ユフ! このままじゃ、終わらねえ!」

「うん。それからケーナの後の勤め先にもなる訳だけど、ここの後始末だね。国治めるとかスケール大きいけど、ボクがやるのが一番収拾付けやすそうだし」

 これで三人の方向性は、決まった。

 残るは加一自身だ。

「俺は、まだまだやる事いっぱい残ってるからなぁ。ま、まずは学院跡に戻る事になる訳だが」

「あ、わたし送る」

 ピン、とレパートが尻尾を張った。

「元から、そのつもりでいるぞ」

「えへへ」

 ゴロゴロとレパートは、加一にじゃれつく。

 成獣になった虎とほぼ同じレベルの大きさの龍にまとわりつかれ、加一は引っ繰り返りそうになっていた。

「そういえば聞きそびれていたんだが……」

 ふと、思い出したようにケーナが呟く。

「うん?」

「チルミーは、ちゃんと倒したんだろうな?」

「あー……」

 加一は、目を逸らした。

 慌てたのは、ユフだ。

「え!? 嘘、まだなの?」

「いや、倒した事は倒したんだが……その後始末というか準備というか……」

「準備!?」

 嘘は言っていない。ちゃんと加一はチルミーを倒した。

 青き翼のチルミー。時間と空間を操る、オーガストラ六禍選の中でも白々しきワルスと並ぶ、異端の存在。

 そして彼は、消えたまま生死は分からない……事になっている。というか現状、知っているのは加一だけだ。倒す準備、というのも嘘じゃない。

「ま、とにかくこれから長い時間が必要な作業が、俺には待ってる訳だ。ユフの宝玉の力も借りなきゃならないレベルのな。詳しい事は言えないんだが」

「また秘密主義か」

 ケーナが唇を尖らせる。

「言えない事が多いんだよ。……未来にどんな影響があるか、分からねーし」

 加一はボリボリと、白髪頭を掻いた。

 この髪も、元の黒髪に戻るには相当時間が必要になるだろう。

「とにかく、自分の世界に帰るのは、こっちの世界の落とし前を全部付けてからだ。まだまだ、これからだ」

「どれぐらい、時間が掛かるんですか?」

 ユフの問いに、加一は力なく笑った。

「……それはなぁ」

 今言っても、まず信じてはもらえないだろうな、と思いながら。


 ――これが、千五百年前の物語。

 日本からイギリスへの修学旅行中に、この異世界に飛ばされ魔術師となった丹羽(にわ)加一(かいち)という少年のエピソードの一旦の終幕。

 この物語が伝説へと昇華されるほどの時を経て、オーガストラ帝国がガストノーセンと名を変えた地に、太照(たいしょう)と呼ばれる日本によく似た極東の島国からもう一人の主人公・相馬(そうま)ススムという少年がこの地を訪れ、勇者達の軌跡を追い始める。

 丹羽加一の言う”こっちの世界の落とし前”の決着が着くのもちょうどこの時なのだが、それはまた別のお話。

もう一話やるつもりでしたが今回で締められたので、次から本編に入ります。

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