四勇者と最後の戦い(後編)
「相打ち上等……!!」
いつの間にか背後に迫っていた狼頭将軍ケーナが、腕を灼きその対価としてノインティルに傷を負わせていた。
ケーナが姿を消した直後に攻撃に転じたのは、これが理由だ。
常人には捉える事の出来ない速度で動き、この高さまで跳躍する事で全ての力を使い果たしたのだろう。そのまま落下していく。
――考える時間すら与えない、光の速さで動くオーガストラ帝国製人造戦闘兵器。
かつては銀輪鉄騎のダービーと呼ばれ、そして今は二代目となった狼頭将軍、その名はケーナ・クルーガー。
光弾は残り一割。
いや、もはやたった一つ。
彼女はそれを針のように尖らせる。
宝玉と共に貫き砕いてしまえば、勇者ユフの不死身の力も無意味と化す。
ユフとその刃が間近に迫る。
龍を踏み台に跳んだその姿はあまりに無防備で、有翼人でもない勇者には回避出来ない――はずだった。
一瞬にして、ユフが間合いに入ってきた。
「あらゆる魔を絶つ――」
「っ!?」
思わず、ノインティルは最後の光弾を放っていた。
この距離ならば決して外す事のないそれは、ユフの肩を灼いただけだった。
彼女には何が起こったのか、分からなかった。
「――青き一閃!!」
勇者の放った青光を帯びた霊剣の一撃が、ノインティルの心臓を貫く。
――養父・青き鬼火のセキエンに育てられた勇者。
母親と同じ不滅の魂を有し、百の魔物を一度に斬り伏せる剣と魔術の使い手、その名をユフ・フィッツロン。
その時、ノインティルが見たのは勇者の顔ではなかった。
自分に向けて指を向ける、地上の魔術師ニワ・カイチ。
最後に残った黒の髪が、白く染まるのが鮮明に見えた。いや、鮮明すぎる。
そう、それは遠視の術。魔術の中でも基本中の基本、一年目の初期に教わる遠くのモノを見る、それだけの術だ。
もちろん、本来ならばいきなり距離感が狂ったりなどしない。
……どうしようもない、欠陥魔術師が使ったりでもしない限りは。
――深緑隠者クロニクル・ディーンに召喚された異世界の人間。
魔導学院至上、最も使えない欠陥魔術師、異才の奇術師、詐欺師、勇者達の雑用係、『無から有を生み出す』本物の魔法使い、様々な異名を持つ魔術師にして魔法使い、その名を丹羽加一。
「ぁ……」
「……おさらばです、母上」
勇者ユフ――娘の声は耳に届いていた。負け惜しみでも何でも最期に、声を掛けるべきなのは分かっていた。
だが、それでも彼女は叫ばざるを得なかった。
「魔術師……ぃ!!」
怨嗟の声を残し、彼女は光の粒子となって異界の地に散った……。
世界の修正はいよいよ終わりに近付き、修学旅行先だったイギリスの野原や環状列石群ストーンヘンジは薄れ、半ば瓦礫と化した皇帝の城へと戻りつつあった。
それでも、残った内装が絢爛豪華なのには変わりないのは、流石というべきか。
ポッカリと空いた天井からはやはり夜空が漏れるが、その配置も地球のそれとは異なるモノだ。
馬鹿馬鹿しいほど大きい謁見の間には、これまた巨大な魔獣……龍と化した皇帝レドラガン・オーガストラの骸が横たわっている。
戦いは、終わったのだ。
「……悪い。何か、魔女の最期の台詞、俺が取っちゃって」
一本の黒髪を残して総白髪になった魔術師――丹羽加一は、勇者ユフ・フィッツロンに声を掛けた。
ユフは少し沈んだ、だがそれでも笑顔で首を振った。
「いいです、気にしてません。あれはあれで、母上らしい気もします」
「で」
加一は、視線を横に逸らした。狼耳、尻尾を生やした銀髪の娘が大の字に倒れている。
「動けるか、ケーナ」
「動けないので、抱き起こしてくれると嬉しいんだが。いやついでに今ここで抱いてくれてもいいぞ。子供はひとまず二人欲しい」
「嘘ついちゃ駄目だよ。加一ですら歩けるんだから、ケーナが立てないはずがない」
「加一の愛が、何よりの栄養なんだがな」
ユフの苦笑に、狼耳の娘――ケーナ・クルーガーは身体を起こした。
「……あ、ちなみにボクも二人ほど欲しいです」
「……王の子が多いと、血で血を洗う後継者争いの種になるぞ?」
ひょいと手を挙げて宣言するユフに、加一はジト目を向けた。
「預言書には、そう書いてありました?」
「特にはなかったが」
「なら、問題ないです」
ユフはあっさりしたモノだ。
「充分問題あると思うんだがなぁ。……さて、今後の話だが」
のそり、と近づいた龍・レパートの長い首が、加一の腰を擦る。
そして彼女は加一を見上げた。
「わたし、同族を探しに旅に出ます。方向は、加一兄ちゃんの教えの通りに……えーと、第四軸、だっけ?」
「ああ、この世界にいないんだったら四次元を探した方が、消えた龍達を見つけられる可能性が高いからな。あと、まあこれからもお前には色々世話になると思う」
「うん」
「私は……まずは子作りか」
大真面目に、ケーナが頷く。
「自分トコの領地の再建だろ!? 半分狼のくせに万年発情すんなよ!?」
「そうだった、それもあったな。環境を整えねば、子育てもままならない」
「そういう問題じゃないんだが……」
「それからはユフに仕える事になるだろう。よろしく頼むぞ」
ケーナの毛深い拳が、ユフの小さな拳と軽くぶつかり合う。
「うん。ボクはまあ……まずは、お義父さんの墓参りを済ませないと」
「……ケーナとは大違いだな」
加一は、ケーナの再び白い目を向けた。
「当然の事は省いただけだぞ。故郷に戻るのだから、墓参りぐらいするとも」
「真っ先に出したのは子作りじゃねーか!?」
「それが一番大事だからな!」
「胸を張るな!」
「それなりに大きいだろう。お前のモノだから、好きなだけ揉んでいいんだぞ」
「話続けていいかなぁ」
「頼む、ユフ! このままじゃ、終わらねえ!」
「うん。それからケーナの後の勤め先にもなる訳だけど、ここの後始末だね。国治めるとかスケール大きいけど、ボクがやるのが一番収拾付けやすそうだし」
これで三人の方向性は、決まった。
残るは加一自身だ。
「俺は、まだまだやる事いっぱい残ってるからなぁ。ま、まずは学院跡に戻る事になる訳だが」
「あ、わたし送る」
ピン、とレパートが尻尾を張った。
「元から、そのつもりでいるぞ」
「えへへ」
ゴロゴロとレパートは、加一にじゃれつく。
成獣になった虎とほぼ同じレベルの大きさの龍にまとわりつかれ、加一は引っ繰り返りそうになっていた。
「そういえば聞きそびれていたんだが……」
ふと、思い出したようにケーナが呟く。
「うん?」
「チルミーは、ちゃんと倒したんだろうな?」
「あー……」
加一は、目を逸らした。
慌てたのは、ユフだ。
「え!? 嘘、まだなの?」
「いや、倒した事は倒したんだが……その後始末というか準備というか……」
「準備!?」
嘘は言っていない。ちゃんと加一はチルミーを倒した。
青き翼のチルミー。時間と空間を操る、オーガストラ六禍選の中でも白々しきワルスと並ぶ、異端の存在。
そして彼は、消えたまま生死は分からない……事になっている。というか現状、知っているのは加一だけだ。倒す準備、というのも嘘じゃない。
「ま、とにかくこれから長い時間が必要な作業が、俺には待ってる訳だ。ユフの宝玉の力も借りなきゃならないレベルのな。詳しい事は言えないんだが」
「また秘密主義か」
ケーナが唇を尖らせる。
「言えない事が多いんだよ。……未来にどんな影響があるか、分からねーし」
加一はボリボリと、白髪頭を掻いた。
この髪も、元の黒髪に戻るには相当時間が必要になるだろう。
「とにかく、自分の世界に帰るのは、こっちの世界の落とし前を全部付けてからだ。まだまだ、これからだ」
「どれぐらい、時間が掛かるんですか?」
ユフの問いに、加一は力なく笑った。
「……それはなぁ」
今言っても、まず信じてはもらえないだろうな、と思いながら。
――これが、千五百年前の物語。
日本からイギリスへの修学旅行中に、この異世界に飛ばされ魔術師となった丹羽加一という少年のエピソードの一旦の終幕。
この物語が伝説へと昇華されるほどの時を経て、オーガストラ帝国がガストノーセンと名を変えた地に、太照と呼ばれる日本によく似た極東の島国からもう一人の主人公・相馬ススムという少年がこの地を訪れ、勇者達の軌跡を追い始める。
丹羽加一の言う”こっちの世界の落とし前”の決着が着くのもちょうどこの時なのだが、それはまた別のお話。
もう一話やるつもりでしたが今回で締められたので、次から本編に入ります。