六禍選に関しての紹介(前編)
廊下には、六枚の縦に細長い絵画が飾られていた。
肖像画だ。
「これが、六禍選ですね。まずはこちらが紅き魔女ズッキーニです」
緑の森を背景にした、赤い頭巾を被った少女だ。緑と赤の対照で、鮮やかな絵という印象を受ける。
手にはパンとワインが入った籠を下げている。その素顔は頭巾に隠されていて、口元しか見えないが……多分、可愛いのだろうと想像させる絵だった。
「グレイツロープの深き森を根城にしていた魔女で、その名の由来となる赤い頭巾がトレードマークですね。あらゆる攻撃が効かなかったという言い伝えがあります」
「そりゃまた無敵じゃのう」
「剣も槍も矢も効かなかったそうですよ。伝承では、狼頭将軍クルーガーの故郷を滅ぼした仇の一人ですね。彼女ともう一人によって、将軍は領地と主と妻子を失いました。実際クルーガーとの因縁の戦いとなります」
「将軍、全部失ってんじゃん……」
そりゃ恨みに思って当然だと思った。
しかしそんな奴に、ユフ王らはどうやって勝ったのだろう。
そんな僕の心境を見抜いたように、ペンドラゴンさんはクスクスと笑った。
「どうやって倒したのかは、ここで離すのは野暮じゃないかと思いますよ」
「……すげえ、気になるんだけど」
「知らないなら、後のお楽しみの方がいいですよ。次は、白々しきワルスです」
描かれているのは、白いタキシード姿の少年だった。
背後に描かれているのも真っ白な宮殿めいた邸宅で、左右にはこれまた真っ白な女神像が並んでいる。
ただ、癖っ毛のある茶髪にそばかす……何だか、顔つきはあまり貴族らしくないというか……。
「子供ではないか」
「…………」
「何か言いたげじゃのう! 何か言いたげじゃのう!」
ケイに、ジャンパーの裾を思いっきり引っ張られた。
それもスルーして、素直な感想を口にした。
「およそ、戦いには向きそうにないっぽい幹部ですね。まあそれ言えば、さっきの魔女もそうだけど」
「白々しきワルスは、言った事が現実になる力を持っていました。つまり、相手に死ねといえば死にます」
「さっきの魔女より酷ぇ!?」
サラッと説明するペンドラゴンさんだが、それはハッキリ言ってマジで敵無しではないのだろうか。
と僕は思ったのだが、ケイはどうやら意見が違うようだ。
「はー……」
何やら納得したように腕組みをし、しきりに頷いている。
「おや、何か気がつきましたか?」
ペンドラゴンさんの問いに、ケイは顔を上げる。
「いや、うむ。そんな無敵の力があるなら、幹部になど甘んじぬよのと。大体の弱点も想像が付く」
「マジで?」
「うむ。でもまあ、正直会いたい相手ではないの。妾の推測とて百パーセントではないのじゃから」
「ですよねぇ。性格は貴族趣味の、やな子供です」
ずいぶんと辛辣な、ペンドラゴンさんの評価だった。
「ああ、顔のまんまなんだ」
ペンドラゴンさんの紹介が、次の絵画に移る。
「次がこちら、玄牛魔神ハイドラです」
漆黒の甲冑に身を包んだ武将だった。兜の左右に大きな角がある……というか、顔そのモノが牛だった。牛獣人か。屈強そうな体つきといい、いかにも豪快で強そうだ。
背景は……何故か幾つもの巻物が積まれた、高級書斎らしき場所だった。
「やっと、本格的な武将タイプが出て来た」
「魔術師です。あ、気をつけて下さい。この床滑りやすいですよね」
「ま、魔術師!? これで!?」
思わずずっこけてしまったのを、何とか立て直す。
どう見ても、これは戦士系だと思うんだが。
いやだからこそ、この背景なのか。
「はい。魔導学院の筆頭で、ニワ・カイチの兄弟子に当たります。彼とは比べモノにならないほど優秀だったそうですね。ちなみに外見を裏切らず、武術も相当な力量があったそうですよ」
「ふむ、文武両道という奴じゃの」
「はい。六禍選の中では比較的常識人だったようで、部下の中でも慕う人は多かったようです。……というか、うん」
「何じゃ?」
「……いや、考えてみれば他の六禍選の性格がかなり破綻していたというか、そりゃ誰かの部下になれと言われたら、ボクでもこの人を選ぶというか」
「どれだけ酷いんだ、六禍選」
選択の余地が、よほど狭いらしい。
「うーん、さっき紹介したズッキーニは徹底した秘密主義だし、ワルスは子供の残虐性をそのまま投影したような性格な上に気まぐれでしたしねえ。ほら、機嫌損ねちゃって邪魔だ消えろって言われちゃうと本当にこの世から消滅させられちゃうとか、部下としてなりたくないでしょう?」
「絶対嫌だな、それ……」
何だか残りの紹介が不安になってきた。
一方、ケイは何気に違う部分に反応していた。
「あ、やっぱりワルスの力は言ってしまった事も、現実になってしまうのじゃな?」
「その通りです」
ペンドラゴンさんが肯定する。
「そりゃ、迂闊には使えぬわなぁ」
「どういう事だよ」
「だから、ワルスは力は強いが制御出来ておらぬ、という事じゃよ。厄介ではあるが、流れ次第では決して無敵の能力ではないのじゃ」
なんて僕達がやり合っているのを見守り、ペンドラゴンさんの紹介が次に移動した。
「こちらが草隠れのドルトンボル。巨大な二振りの鋏が武器です」
足の長い草原が背景で、そこに薄緑の鎧なモノだから、一瞬本人が描かれていないのかと、目を凝らしてしまった。
ハイドラの甲冑に比べて、相当スマートというかほとんどボディアーマーに近い。全身を覆っているモノの、動きやすさは比較にならないだろう。
頭には角……というよりむしろ蟹の目のような、細い触覚がある。
というかこれは……。
「ここにも仮面ナイターじゃ!? 強化外骨格じゃ!」
やっぱりケイも、それを連想するか。
「甲冑姿ですが、素顔を見た人が誰もいないんですね。六禍選の中では主に、諜報や暗殺を得意としていたそうです」
「ニンジャか」
「はい。この甲冑も色を変えられるというか、迷彩の効果があったそうです。性格は六禍選の中ではハイドラと並ぶ理性派ですが、任務の時は苛烈で容赦がなかった、というお話です。そこからついた別名が、首切りドルトンボルです」
「……何か一気にサイコキラーっぽいイメージが出来て来たんだけど」
僕の評価に、ペンドラゴンさんも苦く笑いを浮かべていた。
「彼も、仕事ですからね。また、他の幹部達と異なる点があるとすれば、直属の部下と組んだ、コンビネーションを活かした攻撃が得意だったという事ですね。他はよくも悪くも個人プレイが得意な方達ばかりですよね」
「ワルスなんぞ、他と絶対組めぬではないか」
「だよなぁ……」
前編とある通り、続きます。