ユフ王記念博物館へ
「そしてここで、プリニースの弟子、次期六禍選候補でもある銀輪鉄騎のダービーと戦った、とあるのじゃ」
壁に掛けられた絵画には、霊剣キリフセルを構えた少女と二輪車に乗った甲冑騎士の戦うシーンが描かれていた。
「…………」
二輪車?
目を擦って、もう一回確かめる。
騎士と同じ、甲冑を着けた馬、ではない。
「どうしたのかや?」
「……いや、この絵の馬が、バイクに見えるんだけど」
「オートバイです」
「ん?」
「ですから、バイクなんですよ。二輪車です。銀輪鉄騎というのは、そのままの意味です。グレイツロープの博物館に、もしかしたら実機が残ってるかもしれません」
「時代考証とかどうなってんだ、千五百年前!?」
その時代に、燃焼機関があったって言うのかそれとも何か別の動力源があったのか知らないが、とにかく非常識なのは間違いない。
「プリニース氏がすごかったんですよ。そもそも、ダービー自体、改造人間なんていうジャンルですからね」
「何てこった。千五百年前は、リアル特撮の世界だったのか」
仮面ナイターは、太陽の日八時から!
まさか、太照から遠く離れたこの地で、あっちの文化っぽいモノに触れるとは思いもしなかった。
「おお、ベルトで変身するヒーローモノじゃな! 対するユフ王は、霊剣キリフセルに加えて宝玉の不老不死の力で倍率ドンさらに倍、なのじゃ!」
「こっちはこっちでチートだよなぁ。主人公が不老不死って、スリルも何もあったモンじゃない」
「ぬ? そうでもないぞ。不老不死というのはつまり、死ねないという事じゃ」
「だから、死なないんだろ?」
「死なないではなく、死ねないじゃ。この差は大きいのじゃ。つまり宝玉の力を失わない限り、何をしても死なぬという事じゃ」
「もうちょっと、具体的に」
それがどう問題なのか、僕はケイを促した。
「これ、痛みを感じないとは書いておらぬぞ? 大体不老不死だからって、傷の治りが早くなるのかや? これは想像じゃが、脳や心臓を破壊されるような致命傷の方がむしろ、普通の傷よりも治りが早い類の呪いじゃ」
ふと見ると、ケイの後ろでペンドラゴンさんが、驚いた表情をしていた。
しかしケイはそれに気づかず、自分の仮説を続ける。
「……つまり、刀傷よりも、腕をぶった切られてそれをくっつける方が治りが早いというべきかの」
「それは、ちょっと嫌だな」
「しかも、その切断された腕を遠くに持って行かれたら、腕は失われたままじゃ。妾が敵なら、彼女を拉致し、四肢を奪い、それを四方の山の奥辺りにでも埋めてしまうの。そうすればユフ王はもはや何も出来ぬ」
パチパチパチ、とペンドラゴンさんは本気で感動したように、手を叩いた。
「素晴らしい。千五百年前に、ケイさんがいなくてよかった」
「えへへ、照れるのじゃ」
「……ものすごい猟奇的な仮定を褒められて、嬉しいのか?」
顔を赤らめ頭を掻くケイに、僕は突っ込まざるをえない。
それにしてもそうか、不老不死というのは別に、無敵の力って訳じゃないんだな。
そして、ペンドラゴンさんのガイドが続く。
「結局ここでは、ダービーとの戦いの決着はつきませんでした」
「それはそうじゃろ。話の流れからして、敵はユフ王が霊剣もしくは宝玉を手に入れるのを、防ぐのが目的だったはずじゃ。それが叶わなかった時点で、任務は失敗であろう」
ホントコイツ、頭の巡りが早いなあ、と僕は感心する。
同じ結論に達するのに、僕は言われるまで気づかなかった。
「そういう事ですね。プリニースの声により、途中で撤退したというお話です」
ペンドラゴンさんは少し寂しそうな顔を、広い洞窟の出口に顔を向けた。
「そして、洞窟を出たユフ王は広場に戻り、セキエン氏の亡骸と遭遇しました……」
元来た道を引き返し、生家手前の分かれ道を左へ……やがて、博物館が見えてきた。
時代がかった、白く立派な建物だ。
レトロな鉄製の看板には、ラクストック……博物館とあった。これぐらいは、僕でも読める。
間にあった複雑な文章はケイによれば、『ユフ王記念』と読むらしい。
つまり正式名称はラクストック・ユフ王記念博物館だ。
大きさはそれほどでもなさそうだが、これはむしろいい意味で慎ましさを感じられた。
それを見上げ、改めて感想を述べる。
「……こう言っちゃ何だけど、こんな田舎の博物館だから、もうちょっとチープなモノだと思ってた」
「仮にも記念博物館ですねぇ」
同じように見上げていたペンドラゴンさんが、頷く。
「ここには、入った事ないんですか」
「はい、初めてです。うわぁ……こんなのまで飾っちゃってるんだ」
建物の手前には、銅像が建てられている。
村の広場にあったのが旅立つ時のユフ・フィッツロンだったのに対し、こちらは剣を地面に突き立て、マントに甲冑姿と見事な国王陛下ぶりだった。
「ここ自体は近年になって、ソルバース財団によって設立されたモノらしいの。……ええい、博物館では静かにするのじゃ」
僕達の後ろを、慌ただしく博物館の職員が何人か、通り過ぎていった。
「何かあったのかな。そういえば、山に入る前にもパトカー見たけど」
「むー……何らかの盗難事件のようじゃのう。ここが本命ではなく……寺院の方が、大変……なのかの? 盗まれた? 盗掘? 罰当たり? ……小声で、よく分からぬ」
「な、な、ななな、何があったんでしょうねえ」
首を捻り難しそうな顔をするケイに、ペンドラゴンさんは表情を引きつらせていた。
……なお、これに関して旅の当時は分からなかったが、ユフ・フィッツロンにまつわる二つの盗難事件が起こっていたという。
一つは、寺院の蔵に厳重に納められていた霊剣キリフセルの盗難。
もう一つは、ユフ・フィッツロンの遺骸そのモノの盗掘である。
当時、このガストノーセンで怪盗が活躍していたのを記憶している人はいると思う。
後に四勇者にまつわる聖遺物を次々と盗んでのけたと判明する、かの怪盗ソンゴクウ一派である。
怪盗ソンゴクウ達は、盗みの証拠としてカードを残したという。
すなわち霊剣キリフセルを盗んだのは、彼もしくは彼女で間違いない。
一方、王様の亡骸はいまだに謎が残っている。
まるで、内側から棺が開けられたかのような、盗掘だったという。
その墳墓に関しては、この後も記述するが、棺へ到るまでは迷宮になっており、幾人もの盗掘家の血を吸ってきたという曰く付きモノだ。
だが、内側には何故か罠を解除する仕掛けが施してあり、盗人はそれを使った痕跡があったという話だ。
だとすれば、それは中にいた王様本人が使ったという事になるが、まさかそんな話はないだろう。……本当に、ユフ王が不老不死なら有り得ない話でもないけれど。
そう言ったまるで魔法のような非現実的な仮定を除くと、やはりこの盗難は不可解で、今でもその謎は解かれていない。
そして二つ付け加えるなら、まず盗まれたものは二年経った今でもいまだに、取り戻せていない。オークションにも出ていないという話だ。
もう一つ、怪盗ソンゴクウ一派の最後の活躍は、僕達の旅の二日目、すなわちちょうど翌日の事となる。
僕達の宿泊先から、ほんの少し離れたビッグサークル百貨店での出来事だった。