もう一人の主人公のエピローグ
今日の更新は三つあり、未読の方は『青い羽根にまつわる収録されなかった短文(7)』からどうぞです。
丹羽加一がこちらの世界に戻ってくると、一年と少しが経過していた。
というか、加一が向こうの世界、主にガストノーセンで過ごしてきた時間、いやもはや年月は一年どころではない。
場所はイギリス、ソールズベリー郊外にあるストーンヘンジ。
これは、加一が失踪した(筈の)場所であり、それ自体には問題はない。
外見も、ユフから借りた宝玉の力で若返り、消えた時期と大差はない筈だ。……いや、ちょっと当時よりも若返っているかもしれない。
とまれ、記憶を失ったふりをして近くの街で保護を受け、その後大使館での世話を経て、無事に帰国することは出来た。
消えた一年については「憶えていない」で貫き通した。
一方、一緒にこちらの世界に来たユフ・フィッツロン、アヌビス・クルーガー、龍のレパートは『銀卵』と名付けたタイムマシンで、日本に転移した。事実上の密入国である。
タイムマシンに並行世界転移と空間転移を与えたのは、倒したチルミーから回収した青い羽根と、小さな科学者の助力によるモノだ。
『銀卵』は丹羽加一の住む天河市の西にある山の奥に隠してある。
余談ではあるがこの霧の深い山は通称神隠しの山と言われ、年に何人かの失踪者が出ると言われている。
もしかするとここも異世界に通じる門の一つなのかもしれないが、それは加一の知った事ではない。
ただ、あまり人が寄りつかないのは確かなので、隠し場所としてはうってつけではあった。
ユフ・フィッツロンは、風杜神社という小さな神社で世話になる事となった。ここは件の山から逆に迷い込んできた異形の類の保護を受け持つ施設の一つであり、他二名の住民票などの手配も担当している。
……これを知った時、加一の頭の中には「リアル伝奇の世界か」と感想が浮かんでいた。ただ、自分自身が神隠しに遭った事もあり、そういう場所の存在は割とあっさり受け入れる事が出来た。
神社には剣道場が併設されており、ユフは子供達の時間を手伝ったりしている。
アヌビス・クルーガーは、その耳と尻尾をその気になれば魔術で隠すことも可能なのだが、いちいち面倒というのでならば逆に大っぴらでも問題がなさそうな電気街のメイド喫茶勤務を選んだ。
それなりに、常連も付きつつあるという話である。
レパートは、繁華街の雑居ビルの片隅に占いの館を構えた。
なお外見はソアラの姿ではなく、婆さんである。
男避けの意味と、何気に年寄りというのはそれだけで箔が付く、というのが理由だとか。こちらもOLや女子高生などがよく並ぶようになってきているらしい。
そして加一だが、不可抗力とは言え一年の行方不明であり、通っていた春星高校としては留年という判断を下さざるを得なかった。
が、加一はすんなり了承した。
むしろ退学でなかっただけ御の字だ、という気持ちだった。
計算で行けば、加一が失踪する前一年生だった生徒達と、再び三年生をする事になる。
こちらの世界に戻ってこれたのは、二月の半ば頃であり、再び高校に通うのは春から、という事になった。
それまでは、精神的な療養という意味で、近くの病院に通院することになっていた。
家族は当然心配した。
……が、さすがに本当の事を言う訳にはいかない。
言えば別の意味で、病院の世話になることだろう。それも、通院ではなく入院という形で。
なので、心苦しいが向こうの世界であった事などに関しては、やはり「よく憶えていない」と黙秘を貫いた。
両親は最初こそ気遣う風だったが、すぐに元の関係に戻る事が出来た。
ただ、「ちょっと大人っぽくなったか?」という父の問いには、何とも言えない気分になった。いや実際、精神年齢でいえば父を越えているのである。
また、外国人の少女達を連れてきて、母親は大いに浮かれた。どれが本命か、と問われ、実は一人は既に子供を二人産んでるわ、もう一人は前世でやはり出産経験済み、もう一人はそもそも人間ですらないと知ればどうなる事やら、と加一は思いながら、適当に誤魔化した。
強いて言うなら全員本命だ。
部屋には、物が増えた。
ガストノーセンから持ち帰った道具類だが、この世界には基本的に魔力が少ない。
その可能性はあると踏んでいたので、魔導学院時代に魔力の自己生成の鍛錬を重視したのは正解だった。
結局、これが皇妃を倒す切り札ともなり得たのだ。
道具の類は、自分の魔力を用いる事で、ある程度使用することが出来る。
また、この天河市はそれでも他の場所と比べれば、魔力の要素が濃いのか、場所次第では普通に魔術を行使することが出来るようでもあった。
神隠しの山や神社の存在はそれとも関わりがあるのかも、と加一は本棚に本を並べながら考える。
ガストノーセンから持ち帰った書物は、その一冊一冊が太く、本棚に元々あった漫画類をあらかたダンボールに詰める羽目になった。
並んだ本はザッと三十冊。
向こうの世界では、加一の名字を冠する文庫である。
が、その第25巻の場所はポッカリと空いたままだ。
加一は勉強机の上に置いてあった本を手に取ると、それを空いている場所に入れた。
他の書とは明らかに違うハードカバーの造りだが、加一は腰に手を当て満足げにそれを眺めた。
ニワ・カイチとチルミーの戦いを描き、また帰還後の皇帝城への二度目の侵入や皇帝・皇妃との戦いにも大いに貢献した預言書。
ニワ文庫第25巻の名前は『ガストノーセン五日間の旅』と言い、相馬ススムという太照国の青年が書いたモノである。
これにて、本作は終了となります。
色々反省点は多いですが、まあ、その辺りは気が向いた時に修正出来ればな、と思っています。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。