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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第五章 古都・シティム
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なろうという意思

「せめて、進学か就職かだけでも決めておかないか。まあ、進学となると成績面で相当絞られてしまうが」

「学費に関しては、儂の方でどうとでもなるがのう」

 とこちらは爺ちゃん。

 アテにするのはどうかと思うけど、そっち方面に進む場合の頼りにはさせてもらおうと思う。

 もっとも、そもそも進学と就職、どちらにするかの時点でまだ全然考えていないのだけれど。

 小兵地上級私塾を卒業した者は、大体半分ずつに分かれる。塾としては、進学する者も多い方なのだろうが……。

「何か、就きたい仕事はないのか、相馬」

「う、うーん……」

 白戸先生の助け船に、僕は唸った。

 そう言われてパッと思いつく仕事は……一応ない事もないけれど。

「団剣のコーチやら、プロのゲーマーとかどうかの?」

 迷っていると、ケイがひょい、とお気軽に横から口を出してきた。

「またずいぶんと偏った進路だな」

 ただでさえ強面な白戸先生が、難しい顔をする。

「つか、向こうの話はもういいのか?」

 僕の問いに、ケイは頷いた。

「うむ、よいのじゃ。今は猶予期間じゃの。なお今のは、旅をしている間に抱いた、妾の推薦職じゃ。他に紀行文作家や探偵もあるのじゃぞ?」

「あと保父さんとかな」

 僕のケイへの皮肉に、白戸先生の表情が引き締まった。

「保父になるというのならば、資格が必要になるぞ」

「今のは売り言葉に買い言葉って奴ですよ!? 真に受けないで下さい!?」

「じゃあお前、繰り返しになるが、なりたい職業とかないのか」

「うーん……なりたい職業って言われても……」

 ()()に関してはついさっき、思いついたばかりであり、決心も覚悟もあったモンじゃない。

 どうにも照れが先行して、口に出すのが憚られた。

 ここで年の功、とばかりに口を挟んだのが爺ちゃんだった。

「そうじゃのう……本来ならば『なりたい職業』より『自分に向いている職業』がよいのじゃが」

「それ、同じじゃないの?」

「全然違うぞ、ススム。前者は自分がそうしたいと思っても不得手の場合があり苦労も増える。一方後者はいわゆる天職じゃ。よほど嫌いな仕事でなければ、将来も食うに困らん。理想を言えば両方一致しておる事じゃがの。若い内はなりたい職業をやってみて、己の分を測るのもよしかもしれん」

 更に白戸先生が後押ししてきた。

「重要なのはなろうという意思だ。それがあるなら、それを望めばいい。何、多少の失敗は意外に何とかなるもんだ」

「そんな無責任な!?」

「その責任を取ってくれる人間が同席しているから、言える話でもある」

 ふん、と白戸先生は爺ちゃんを見、半ば開き直っているようだった。

 言われた爺ちゃんも、軽く笑い返した。

「ま、そういう事じゃの」

「……まあ、なりたい職業ってのなら、ないでもないけど」

 しょうがない。

 照れはあるが、ここまで二人が言うのなら、とりあえず提案という形で言ってみよう。

「ほう、聞こうか。言ってみろ、相馬」


 という訳で言ってみた。


 僕の言に、先生と爺ちゃんは顔を見合わせた。

「……どう思いますか」

「儂は反対はせぬが……ふぅむ」

 爺ちゃんは笑わなかった。

 顎を撫でながら、考え込む仕草を見せる。

「興味深いのう。儂の孫と言うべき部分もあるが先生、お主に影響された部分も多々あるじゃろうて」

 爺ちゃんの視線を受け、白戸先生が怯んだ。

「わ、私ですか!?」

「心当たりがないとは言わせぬよ。さっきのアレが大きな要因じゃと思うがの」

「ううむ……まあ、本人がそれを望むなら、俺は特には反対はしない。向いているかどうかは正直分からんが、まあ本職も見込みがあるという話なら悪くないのかもしれん」


 話が一段落すると、早乙女さんが時計を確かめ、ケイに耳打ちした。

 ……いや、そこは普通、上司にするべきじゃないのかなあ。

 ケイは小さく頷くと、僕を見上げてきた。

「さて、となるとここで一旦お別れじゃの。お主に、テレビでの謝罪会見にまで付き合わせる訳にもいかぬ」

「水臭いっちゃー水臭いけど、ま、そうだな」

 一緒に帰国って言っても、どれだけ待てばいいやら分かったモンじゃない。

 なんて僕達が話していると、爺ちゃんが何だか残念そうな顔をしていた。

「二人とも、ドライな関係じゃのう」

 何を期待してたんだ。

「あいにくと、五日間一緒に旅したぐらいで甘ったるい関係になるような性格じゃないし」

「うむ。ま、そんな訳じゃ。先に帰っておるとよいぞ」

「まるで今後も絡んできそうな言い方じゃないか」

「ふふふふふ」

「不吉な笑い!?」


 なお、僕のパスポートやビザの類が入ったリュックは、白戸先生が持っていた。

 警察や大使館への届け出取り消しも、昼食が終わって僕達がブックメーカーで金を受け取っていた時に、手続きを終えていたらしい。

「思った以上に早く済んで、俺の方がビックリしたぐらいだ」

 と、白戸先生は呟いていた。


 そして最後に、ジョン・タイターさんらともお別れだった。

「そっちも話は終わったか」

「まあ、大体は」

「これからも大変だとは思うが、頑張れよ」

「大変なのは確定なんだ……」

「事件自体に非がないのは確かじゃが、その後の行動はお互い大問題じゃったからのう。妾は妾で務めを果たすが、ススムも帰国したら忙しくなるのじゃ」

 うむうむ、と頷きながらケイが、僕の腰を叩いた。

「はぁ……ま、飛行機乗ってる間に、腹括るよ」

 ああもう、自業自得とは言え今から胃が痛い気分だった。

 腹を撫でる僕の前に、スッと手が差し出されてきた。

「じゃ、お別れだ。世話になったな」

「僕の方こそ……ってまた随分な荷物ですね!?」

 ジョン・タイターの手を握り返しながら、僕は突っ込まざるを得なかった。

 いや、アヌビスとかやけに静かだなーって思ってたら、台車十数基レベルの荷物が並んでるんだもの。

 そりゃビックリもする。

「はっはぁ、あの程度まだまだ序の口だ。色々買い込んだからな」

 なお、荷物運搬の指揮を執っているのがソアラさん、積んでいるのがペンドラゴンさんとアヌビスだ。

 そして、それらをソルバース財団の人達がトラックへと運んでいく。

 その内の一つに、ケイが目を付けた。

「あの形は、書物の類かの?」

 大体三十冊ぐらいだろうか、分厚い書物が紐で束ねられている。……どこかで見覚えのある背表紙だった。

「ま、そんなトコだ。……達者で暮らせよ、二人とも」

 ジョン・タイターが手を離す。

「うむ、其方もな」

「ジョン・タイターさん達もお元気で」

 僕の声が聞こえたのか、作業をしていたソアラさん達も手を振ってくれた。

 それを親指で差し、ジョン・タイターは不敵に笑った。

「殺したって死なない面子だけどな」

「色んな意味で、シャレにならない台詞だと思います、それ」

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